第27話 解放される力

 この場に、手駒はまだいるにはいる。

 大臣に洗脳されているモブメイドだ。アリスの部下だけあって身体能力と魔力は申し分ないはず……だが、任される任務が要人の身の回りの世話と警護なのはアリスと変わらない。それはつまりあのモブメイドもアリスと同系統の技、能力しか持っていない可能性が高い。

 試しに支配して確認をしてみるか。


 ———ドミ……。


 もしかしたら、強力な魔法を持っているかも。まるでガチャを回すような気分でモブメイドの肉体を支配しようとした時だった。


「エドガー様ァ!」


 モブメイドは悲痛な声を上げて、大臣へ向けて駆け出した。


「え———」


 ルリリを投げ捨てて———。


 正気か⁉


 抱えていた主の身を、邪魔な荷物かのようにポイッと投げ捨てやがった。


「いやあああああ、エドガー様ァ! 偉大なおチ〇ポ様ァ! 折れちゃ嫌ァ! 勃たなくなっちゃ嫌ァァァ‼」


 モブメイドはルリリのことなど全く目に入っていない。涙を流しながら、空中に浮遊している大臣へと駆けよっていく。


 そして、投げ捨てられたルリリの頭部が———石畳へ近づいていく。


 ゆっくりと。


 全てがスローモーションに感じられた。


 ————支配ドミネート


 ルリリの体が、ビクンと跳ねた。


「———え?」


 そして———彼女は空中でくるりと回転した。

 ———空中で、体制を整えると、その場に〝着地〟した。

 二本の足を地面にしっかりと踏みしめて。


「立……った……?」


 ルリリが立った。


 彼女の顔はきょとんとしている。

 病弱で車いすを押してもらわないと移動できなかった彼女が、全く物理法則を無視した動きで空中で体制を立て直し、着地した。そりゃ何が何だかわからんだろう。


「どういう……こと……ですか?」


 ルリリは俺を見た。

 俺が何をしているのか、気が付いているようだった。

 どう言い繕うものか……。

 理屈はいくらでも考えつく。


 ルリリの脚は決して元々悪かったわけではない。盲目故に危険だから車いす生活をルイマスに強要されていた。最初は仕方なく車いすに乗っていたが、やがて使わない筋肉は衰えていき、今は数歩しか歩けないほどに筋肉が衰えてしまっていた。

 その筋肉を実は目の治療をしていた時に、一緒に治していたと言えば、理屈が通るような気がしないでもない。が、おそらく賢く本質を見抜くルリリには通用しないだろう。


「クライスさんの……おかげなんですか?」


 ルリリは、俺に「人体支配」の能力があると気が付いているんじゃないか?


 彼女の前では「人体支配」のスキルを使いまくっている。


 もう言い訳が効かないほどに……、


「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 突然———野太い矯正が響く。

 声のした方を見るとモブメイドがむしの触手に捕らえられ、全身を犯されていた。彼女は大臣の元へはたどり着けず、その前に触手に拘束されてしまったらしい。


「らめぇぇぇぇ‼ そんなところにヌルヌル突っ込まないでぇ‼」


 片方の乳房ちぶさが露出し、触手に締め付けられている。その上、下着の中に何本もの触手が突っ込まれ、手足にも何重にも触手が絡みついてうごめいている。。


「妊娠しちゃううぅ‼ 虫かも植物かもわからない変な生き物の子供をはらんじゃううぅぅぅぅぅ‼ 新人類誕生させちゃうのぉぉぉぉぉぉ⁉」


 紅潮した頬で、若干楽しそうな顔を浮かべて意味不明な嬌声きょうせいを叫んでいる。


「フルーさん……! なんてひどい姿に……」


 ルリリが口元に手を当て、悲しむ。


 ああ、ひどい……本当にひどいのは姿じゃなくて彼女の頭だけどな!


「おっほぉぉぉぉぉぉぉ‼ 気持ちい……ガボッ⁉」


 むしも流石にうるさいと感じたのか、モブメイドの口を触手で塞ぎ、喉の奥までそれを突っ込まれた。

 モゴモゴとしか発せなくなっているモブメイドだが両目を上に向け、口角は上がっている———アへ顔に近い表情だ。


 ウネウネウネウネ————ッ!


 ファブルのむしが活性化する。

 三人目の新しい餌が飛び込んできて更に興奮したようだ。レンとアリスを拘束している触手も激しく動き出し、彼女たちの服の内側へと侵入していく。


「……う、うぅ……!」

「あっ…………!」


 意識を失っている二人が、ピクンと反応して声を漏らす。


「姉さん‼ アリスさぁん‼」


 ルリリが二人へ向かって駆け出そうと、前のめりになる。

 が———。


「うっ! うっ! ダメ……せっかく立てたのに……どうして動いてくれないの⁉」


 ルリリの脚はまだ俺の支配下にある。足をろくに動かしたことのないルリリではどちらにしろ動かすことはできないと思うが、今の彼女に自らの脚を動かす権限はない。


「動いて! 動いてよ!」


 彼女は悔し気に自分の脚を叩いた。


「————私だって! 誰かを守りたいのに!」


 その声に応えたモノがいた。

 ファブルの———むしだ。

 残酷にも、今まで気が付いていなかった、四人目の女の声に反応し、触手の先端をルリリに向ける。


「あ———」


 シュ———ッとルリリへ向けて何十本もの触手が伸びていく。

 その場に立ち尽くすルリリへ、向けて。


 逃がさなくては————‼


 俺は支配し続けている彼女の脚を———駆け出すように動かした。


 フ———ッ、とその場からルリリの姿が消えた。


「え————?」


 ルリリの姿を見失ってしまった。


 そんなはずはないのだ。だって彼女の体は俺が操作しているのだから。


 衰えている足を無理やり動かして、走らせたつもりだった。後々確実に後遺症が出ると思ってなるべくさせたくなかった、足の筋肉の酷使をした。

 彼女だけでも触手から逃がそうとそれだけのことをしたのに、現象としてはそれ以上のことが起こっている———彼女の姿が消えた。


「どこに———あ」


 いた。


 ルリリは会談へと続く、地下室の扉の横———壁に張り付いていた。


「これは……いったいどういう……」


 まるで蜘蛛のように壁に張り付いているルリリ。

 彼女自身も自分がどうなっているのか全く理解できていないようで驚愕の表情を浮かべている。


 ————いや、わかった。全てを感じて理解した。


 「人体支配」スキルを使ってほのかに共有しているルリリの感情、気分……そして魔力を感じ取った。無理をさせたせいで、それがものすごく強い形でようやく俺の元に届いた。

 良し。

 ———いけるかもしれない。

 彼女がこの状況を打破する切り札となるかもしれない!


「ルリリ‼」


「はい⁉」


 壁に張り付いているルリリに声をかける。


「ちょっと気持ち良くなるが、我慢してくれ!」


 一応、魔力酔いを心配してあらかじめ言っておく。


「……はい?」


「君の真の力を開放する! ルリリ、君は———最弱王女なんかじゃない!」


 ————魔力支配エネドミネート


 彼女の魔力を再び支配して確認する。

 先ほど把握して見た彼女の魔力と、全く違うモノに変質したルリリの真の魔力を———。


「え⁉ 何が⁉ あぁ……‼ これは……⁉ んぅ……⁉」


 頬を紅潮させて、身もだえている彼女の全身がパーッと光る。


 魔力が溢れまくっているのだ。〝阻害〟していたものがなくなり、体内に溜まっていた〝毒物〟を浄化するのに魔力を使う必要もなくなり、十全じゅうぜんに本来彼女が持っていた魔力を、魔法としてこの世界に顕現けんげんさせていく。


「———私の魔法⁉」


 ふわふわと壁からルリリの体が離れ、空中に〝立つ〟。

 二つの脚の裏を下に向けて、その場にとどまり、立っているようにしか見えない姿だ。


 そして———放出されていた彼女の光の魔力が収束していく。

 その両足首に———光は集まり、形を作っていく。


「それは———羽?」 


 翼だった。


 ルリリの魔力は———〝光の翼〟を両足首からはやし、彼女をちゅうに立たせていた。

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