第25話 vsファブルの蟲(名前は知らない)

 ファブルは来て早々気絶をしたアリスに目を見張っていたが、


「ヒッヒッヒ……気絶しましたか……まぁ苗床にするには都合がいい」


 笑みを浮かべ、ガラガラと部屋の奥から車輪付きの椅子を———馬を模した四足の脚が付いた〝それ〟を押してくる。〝それ〟は特徴的な形状をしており、背中の部分、人が座る部分は三角屋根の形状をしていた。


 三角木馬だ。


 中世に実際に使われたことがある拷問器具。エロゲでもエロ同人でもハードなジャンルであれば御用達の現代のSM道具だ。

 ここは「スレイブキングダム」というハードな凌辱ゲーの世界であるからして会って当然だろう。何ならエロに特化している。股間を乗せる頂点の真ん中部分には棒状のものを着脱するための穴が空いている。


「それは?」

「そのメイドを固定しておくための椅子ですわ。そのメイドも我が蟲の苗床にする。そのために連れてきてくれたのでしょうクライス様? レン姫と共に触手に襲わせるために……ヒッヒッヒ」


 レンの隣に三角木馬を並べるファブル。


 やっぱりまだファブルは俺を敵と思っていない。


 ならばこの状況は好機だ。ファブルは油断しきっている。アリスはポンコツであったのが、それが逆にいい方向に働いている———。


 アリスを三角木馬に乗せようと、ゆっくりとした足取りでアリスに歩み寄ってくるファブル。


「さて……破壊王女ブレイクプリンセスレベルではないでしょうが……ダークエルフも素材としては中々最高で御座ございいます……ヒッヒッヒ……あなたもフェロモンテッカテカで無様な状態に仕上げてやりますよ……」


 手を掴みアリスを立ち上がらせようとした瞬間だった。


 ———支配ドミネート


「え———」


 ゴッ————‼


 ファブルの体が吹き飛ばされた。


「———ガッハ‼」


 壁に叩きつけられて、肺の中の息が全部吐き出されたのではないかと思う、汚い声を上げて気絶した。


 吹き飛ばしたのは———アリスだ。


 ———いや、正確に言うと俺か。


 目を閉じ、気絶したままのアリスは腰を落として両の掌を前に突き出している。

そして、その手にはまだ魔力のオーラが宿り、上へと立ち上っていた。


 魔気武闘術オーラアーツ


 この世界にある魔法とは違う、肉体の魔力をオーラのように纏い、打撃の威力を爆破的に上げる武術だ。アリスはそのエキスパートであり、今の吹き飛ばし技はそのうちの一つ———なんという名前なのかは知らないが……多分、設定されてない。

 「スレイブキングダム」は剣と魔法のファンタジーの〝戦い〟がメインのゲームではなく、そういった世界に生きる女の子たちを〝凌辱調教〟するのがメインのゲームだ。なので、そういったバトル漫画的な設定は詳細に設定したところでプレイヤーは求めていないし、覚えようともしない。

 むしろ、アリスの使う武術が魔気武闘術オーラアーツという名前だったとおぼえていた自分を褒めてやりたい気分だ。


「———さて、まぁ、何とかなったな」


 気絶したままのアリスを「人体支配」スキルで操り、ファブルの撃退に成功した。


 結果として俺が「人体支配」スキルを持っていることがバレるような状況が全くない中で、レンの救出に成功したのだから、気絶してもらってかえって良かった。

 パンパンと手に着いた埃を払いながら、レンを拘束具から解放しようと思い、一歩前に踏み出した。


 ウヨウヨウヨウヨッ————!


「ん?」


 ファブルのむしが震えている。


 触手を激しく震わせて———何だか危ない様子だ。


「まさか———!」


 ぶわっ! と一気に触手が部屋中に広がった。


 暴走している———。

 制御していた主人ファブルが意識を失ったことによる、暴走。


 むしの触手は空中を縦横無尽に這いまわり、無軌道にうごめいていた。〝それら〟はやがて、狙うべきターゲットを見つけ———、


「レンッ!」


 一気にレンへと襲い掛かった。


 ———魔力支配エネドミネート


 立ったまま気絶しているアリスの、貯蔵魔力を全開放する。


 全身に魔力のオーラ———魔気を纏ったアリスがレンを救出しようと突撃する。


 だが、アリスの敵意に気が付いたむしが触手をアリスへ向けて伸ばす。


 何十本ともある触手がアリスへ向かって襲い掛かってくる———。

 それをアリスはひらりと交わした上に、手刀で次々と叩き斬っていく、一本二本三本四本…………と…………。


 ウヨウヨウヨウヨッ————‼


 触手多過ぎね?

 アリスの身体能力は爆発的に向上し、少年バトル漫画の登場人物並みに高くなっている。だが、触手の数が多すぎる上に———ガチだ。一切の手加減容赦なくアリスに絡みつこうと襲いかかっている。


「あ」


 アリスの右足を一本の触手が捕え、左足も次の触手に捕らえられる。


 そして十数本の触手が次から次へと絡みつき、アリスの体を持ち上げ、宙吊りの状態にする。


「アリス……! クソッ……! 「人体支配」を使ってるけど……武術しか習得してないアリスだと……地上から離されると踏ん張りがきかない!」


 何とか触手から逃れさせようとアリスの体を動かそうとして見るが、全くアリスの体は動かない。

 アニメだったら、こういう場面、ひょいひょいと触手をかわしてレンを助け出せたのだろうが、そうは上手くいかなかった。普通に数の暴力に負けた。アリスの二本の手、足を含めても四本。それだけだと四方八方から襲い掛かるむしの触手に対処できなかった。

 これがアリスじゃなくて、レンであったのなら、光皇剣こうおうけんの雑なエネルギー波で一気に敵を触手を薙ぎ払えたのに……。


「………いや、いるじゃん! レン!」


 気づくのが遅すぎた。


 レンを助けに来たのだから、レンを使えばいいんだよ!


 ———魔力支配エネドミネート


 レンの魔力を支配し、彼女の魔力を感じる……。

 よし。かなり魔力を奪われているが、俺の「人体支配」スキルは人間が無意識にかけてしまうリミッターを開放し、限界を突破した魔法力を発動することができる。

それでレンに光皇剣こうおうけんを発動してもらって……、


「あ、やっぱダメだわ」


 ———死ぬな。それやっちゃったら。

 ファブルは万が一にでもレンに抵抗されないように、限界ギリギリまで魔力を奪っている。俺が更にレンの魔力を限界えで酷使してしまうと———彼女が死ぬ。

 多分、過労死みたいな感じで真っ白に燃え尽きて死ぬ。

 脳のリミッターは、命の危険があるから、制限リミットするのだ。


「なら———あのイソギンチャクを!」


 ———支配ドミネート


 ファブルのむしに向けて「人体支配」を放った……が、


 ウヨウヨウヨウヨ。


 触手は元気に動き回り、レンとアリスの体を這いまわっている。


 効いてんのか、コレ?


 全くわからない。


 なんか蟲の魔力を感じるような気がしないでもない。俺の支配が効いているかもしれないが、奴の体を動かそうにも、イソギンチャクのような形状をしている生命体をどう動かせばいいのかわからない。


 俺のスキルは「人体支配」であって、「軟体支配」じゃないのだ。


 試しに頭の中で「動くな」とか、「死ね」とかそういう雑な命令をファブルの蟲に飛ばしてみたが、全く動きに変化はない。


「やっぱり……全然効いていないんじゃねえか?」


 っていうことは———。


「この状況……滅茶苦茶メチャクチャピンチ?」


 戦力になる姫騎士たちは触手に掴まり身動きが取れない。なら、俺一人の「人体支配」スキルだけじゃどうしようもない。


 更に———、


「入るぞ」


 ガチャッと音がして、禿げ頭のおっさんが入ってきた。


「大臣⁉」

「おーおー、もう好き勝手おっぱじめてなさる……!」


 いやらしい目で触手に絡まれいている二人の女性を見つめる大臣———エドガー。


「こんなところへ何しに?」

「ご挨拶だな……いやさ、レン姫とダークエルフのメイドの調教の具合を、私も楽しみたくなっただけだ……」


 ジュルリ、と舌なめずりをする大臣に対して思わず眉をひそめてしまう。


「それに……クライス。君に忘れ物を届けに来た」

「忘れ物?」


 大臣の後に続いて、一人のメイドさんが入ってきた。


 モブのメイドさんだ。名前も知らない。だが、その顔は……どこか見覚えがあった。


 あ———思い出した。


 そのメイドさんは、〝何か〟を、〝何か大きなもの〟を両手に抱えている。


「姉さま‼ アリスさん‼」


 ルリリだ。


 彼女はお姫様抱っこの形で、アリスの部下の———護衛に付けられたメイドさんの腕の中に抱えられていた。


「———どうせヤるのなら、姫姉妹とその従者。三名さんめいはなを一気に散らせた方が楽しかろう」


 大臣は、ハゲ頭を撫でながら、笑みを浮かべてそう言った。


 ———状況が、さいあくに混乱してきた。

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