第24話 いざ、秘密の地下室へ!

 結局、ルリリの同行は拒否した。


 アリスが虫が苦手でどうしても心配だと言い張っていたが、それでも何の力もないルリリが同行しても足手まといになるだけだ。

 どんなに言い含めてもしつこく駄々をこねていた彼女だったが、最終的に諦める決定打になったのが、「階段の上り下りがキツい」だ。

 地下室へ向かう長い階段を車いすで降りるわけにはいかず、人一人を抱えていくのはちょっと厳しい。お荷物になり、普通に迷惑になるとわかり、シュンとしてルリリは諦めた。

 そして、俺とアリスは城の庭にある草むらに隠された入り口から暗い階段に侵入した。

 ランタンを手に長い長い階段を下る。クライスはデブだ。だから、長い階段を降りるだけでも膝に負担がかかりきつい。今でも帰りのことを考えるとうんざりするぐらいだ。

 本当にルリリの同行を断って良かったと胸をなでおろすのだが、


「アリス殿、大丈夫ですか?」

「……え⁉」


 暗い階段を降りていくにつれ、アリスの体の震えが大きくなる。

 振り返ると本当に真っ青な顔をしていた。


「ダ、ダ、ダ、ダ、ダダダダ、大丈夫ですよ⁉」

「全然そんな風に見えないんですが……ここからは一本道です。もう案内はいらないので私一人で何とかしましょうか?」


 ファブルはまだ俺を敵だと認識してはいない。なら、アリスがいない方がスムーズに進む可能性がある。もしかしたら説得ができてレンをあっさり開放するかもしれないし、いざとなったら「人体支配」スキルを使ってファブルを無力化してしまえばいい。


「そんなことできません!」


 アリスを置いて先へ進みかけた俺の袖を掴む。


「仮にも私はナグサラン王家に仕える。ルリリ様専属の筆頭メイドです! そんな私がルリリ様の姉君であるレン様を、虫が苦手という理由だけで見捨てて逃げ帰って客人に全てを任せるなんてメイドとしての沽券こけんにかかわります! それに、そんなことをしたらとんだダメメイドじゃないですか!」

「そうは言いますけど、むし相手に戦えるのですか?」

「いざとなったら……何とかなります! レン様を助ける為ですから! 苦手なんて言ってられません! 人間、非常事態になれば未知の力が働いて……その、何とかなるものです!」


 グッとサムズアップをする。


 ダメそう。


 どうしようか……「人体支配」スキルを使って帰らせるか? でも、ここで帰らせたらアリスの心配通り、メイドとしての立場に悪影響を及ぼすのは間違いないだろう。他のメイドから後ろ指を指されるかもしれないし、ルイマス王の耳に入ったら最悪クビを言い渡されるかもしれない。後者に関しては、そういう話になったとたん、ルリリとレンが必死になって説得するだろうから実際に彼女が王城を去ることはないとは思うが、真面目なアリスの性格からして、自分自身を許せなくはなるだろう。


 まぁ……大丈夫か。


 大切な主人が蟲に犯されそうになっている(もしかしたら手遅れかもしれないが……)。そんな非常時に、「虫嫌い!」何てこと言ってられないだろう。大切な人間を守るためなら、自分の感情を抑えて、やるべきことをやる。人間にはそういう底力があるものだ。

 それにこういう苦手なものと対峙するストーリーの鉄板として、あまりにもその苦手の感情が高まりピークに達したら、プツンと頭の中の何かが切れて、そのキャラクターが暴走すると言うパターンがある。「アハハ」と笑いながら目がグルグル状態になり、敵味方関係なく無差別に攻撃して、「もう○○に××を見せるのはこりごりだよ~」と他の登場人物が「トホホ」と言ってしめる平成の子供アニメよくあったオチ。

 もしかしたらそいういうギャグ展開でアリスが暴走して状況を解決してくれるかもしれない……何て冗談めいた事を考えていたら、いつのまにか目的の秘密の部屋の前に辿り着いた。

 善は急げだ。

 俺は急いでカギを扉のカギ穴に突っ込み、


「この奥にレン様が……急ぎましょう、手遅れになるかもしれない!」

「……………」


 かぎを開けた。

 ………アリス……返事、しなかったな。


「……行きますよ? アリス殿」

「……はい」


 いやなにその返事……。

 お化け屋敷に来てんじゃねえんだぞこっちは……レンの貞操ていそうの危機なんだぞ?

 本当に大丈夫かよ———と、不安になりながら扉を開ける。


「誰だ⁉ あぁ……なんだ、アニキじゃねぇですかい……」


 ———いた。


 ファブルはバッと振り返り、一瞬だけ眼光を鋭くしたが、入ってきたのが俺だとわかるとすぐに表情を緩めた。


「レンッ!」


 そして———レンもいた。

 彼女は……まだ、大丈夫だった。衣服に乱れはない。

 意識は失っているようで目を閉じてグッタリとしているが、貞操は明らかに無事だ———だが、


「それは……何をやっているんだ?」


 彼女はX字の拘束具に貼り付けにされていた。そしてこれは……衣服の乱れとやはり言うべきなのか……とりあえず服に破けているところはなく、乳房や性器も露出はしていないし、口に何かを突っ込まれてもいない。

 だが———、


「何って、むしが好むフェロモン液を塗りたくっているんですが?」


 ヌルヌルの状態だった。服を着たまま薄い黄色のヌメリけのある液体を全身に塗りたくられていた。

 そして、ファブルの足元には刷毛はけが入ったバケツが置いてある。


「本来であれば全く違う種族が交配するんですからねぇ……下準備をしねえと……なんもしねえとむしさんが興奮しねぇでやがりますから……」

「いやそれはそうだろうけど……」


 レンの体は黄金色にテッカテカに輝いていた。

 AVでよくあるローションまみれのヌルヌルプレイだと思えば、エロく感じないこともないが……それよりも夏休みにカブトムシをおびき寄せるために樹液を塗った木を感じる。


「二度塗り三度塗り……何度も重ねねぇと、むしさんは人間を交尾の対象とみなさないですからねぇ……やっぱり強い個体の卵を産むためには、交尾の時にむしさんが気持ちよくイッてもらわねぇと……」

「そうなんだ」


 どうでもいい、まぁいいや、とにかく間に合った。


 ———レンの後ろには巨大なイソギンチャクのようなむしがいた。


 エロゲやエロ同人によく出てくる、触手を女性の性器に挿して卵を産みつけてくるやつだ。

 全身をぶるぶると震わせて、興奮している様子だ。先端からヌメリけのある液体を出して自らの触手に擦り付けている。あと数分遅かったら、あの触手がレンに襲い掛かって穴という穴に突っ込まれていたかもしれない。

 だが、これなら、大丈夫だろう———‼

 ヌルヌルとした触手は確かに気持ち悪いが、あれは虫とは呼べないと思う。確かに〝触手〟という漢字には〝虫〟という字が入ってはいる。入ってはいるが、アリスはあくまで〝虫嫌い〟。ゴキブリや蠅のような……ああいう形状の虫が嫌いなのであって、触手はまた気持ち悪いのジャンルが違うだろう。


「アリス殿! あの触手の化け物を」



「いやあああああああああああああああああああああああぁ~~~~~~~~~~気持ち悪いぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼ ヌルヌルヌメヌメもダメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ‼」



 と———アリスはバターンと後ろに倒れて気絶した。


 気絶を————した。


「…………………何しに来たんだ、この人」


 泡を吹いて倒れているダメメイドを見下ろし、俺は呆れるほかなかった。

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