第22話 地下室へのカギとエロ大臣

 念のため、俺は客間を確認に来た。


「やっぱりいない……」


 俺とファブルに割り振られた部屋。

 そこにファブルの姿はなく、昨日の夜は部屋中に蔓延はびこっていたむしたちもいなくなっている。


「……ス殿ぉ~~~~!」


 廊下の奥からアリスの声が聞こえる。

 十メートル近く離れた場所から手を振っているアリス。


「アリス殿。ルリリは部屋に届け終わったんですね?」

「……ええ~~~~~! ちゃんと届けましたぁ~~~~!」


 その場から一切動かずに声を張り上げるアリス。

 俺はまだアリスから『魔吸蟲まきゅうちゅうを連れ込んだ心当たりがある人間』が誰なのか聞いていないし、地下室もどこにあるのか聞いてもいない。恐らくアリスがいる方向にそれがあるのだろう。

 俺はアリスに走り寄り、彼女に追いつくと二人で並んで歩く。


「ルリリに護衛の人間は?」

「大丈夫です。私の部下の二人を付けています。私には劣りますが格闘術も魔法も多少は心得がある者です。蟲が襲い掛かってきたとてそうそう姫様に危害を加えることはないでしょう」

「そうですか。それで、この城に魔吸蟲まきゅうちゅうを持ち込んだ候補というのは?」

「二人います」


 と、アリスは指を二本立てた。


「二人?」

「ええ、一人は当たりでした。王妃様です。姫様を部屋に届ける前に王妃様の部屋に寄って問い詰めました。すると街にいる薬師から睡眠薬を貰い、こっそりとレン様に服薬させたと告白しました」

「クロシエ……王妃様が? よく話しましたね?」

「? 何を言っているんです? クライス殿が〝光堕ちの呪い〟というおまじないをかけて〝良いこと〟しかできなくなっているんでしょう? 王妃様は素直に話してくれましたし、念のために姫様と一緒に王妃様に会いに行きましたが、姫様は「クロシエ様は嘘をついていない」とちゃんと言葉を保証していましたよ?」

「あぁ……そうではありますけど……」

「王妃様は「もうあんな目にあうのはこりごり……どうせ逆らえないのだから最初から言ってやるわよ……」と疲れたご様子でした」

「……なるほど」


 食堂のアレは「人体支配」のスキルを使っただけで、無理やり操り人形のように動かしただけだ。

 だが、それがよほどのトラウマになったようだ。

 下手に〝悪いこと〟をしようとした故に、使用人の前で土下座までさせられ、大声で謝罪させられたと思っているのだろう。だったら、素直に最初から〝良いこと〟をした方が体を操作させられずに、被害が最小限で済む。

恐らく王妃は今、そう考えている。 

 「人体支配」というトリックがわからなければ、何がどうやって自分の体が操られるのかわからず、その唯一の情報源は俺の言葉しかない。

 なら、〝光堕ちの呪い〟という情報を信じるしかない。信じておく方が、被害が少なくて済むと思うのが当然だ。


「思ったより、素直だったな……」


 俺は精神や心には全く影響を及ぼすことができない。なので、逐一俺の視界にいるときに「人体支配」を使ってねちっこく悪いことをするたびに操り、クロシエの心を折ろうと思ったが、一度で済んだようだ。


「クライス殿? 素直……とは?」

「いえ……それでもう一人の候補者というのは?」

「あ、ええ……王妃様の協力者で、この国の大臣———エドガーです」


 そうして、ある部屋の前で立ち止まった。


「この部屋です。ここに、大臣がいます」

「大臣……か」

 アリスはエドガーに敬称を付けなかった。


 それもそのはず、エドガーはわいろで私腹を肥やし、酒池肉林のハーレムを築こうとしている典型的な悪臣あくしん。時代劇で言うところの悪代官だ。結婚しているのかどうかは知らないが、見かけは60にもなりそうなオッサンなのに、性欲が全く衰えず、女を抱くことしか考えていない。


「秘密の地下室のカギは、大臣が持っています。そこに連れていかれて、泣いた使用人が何人もいますから……」


 悔しそうに扉を見つめてギリリと歯を鳴らす。

 よほど憎々しく思っているのだろう……・


「ですが、いいのですか? 私を信用して。ファブルは私の従者なんですよ?」


 突入する前に確認する。


 俺は結局———ルリリとアリスにファブルのことを話した。


 言い方としては、「自分の従者であるファブルは、常々最強の蟲を作り出したいと言っていた。最強の魔法力を持つレン様と蟲を配合させて最高の蟲を作りたいともボソッと呟いていた。その時は冗談だと思ったが、こうして実際にレン様が行方不明になっていると、あの言葉は本心だったのかもしれない」と流石に嘘を混ぜ込んだ。 


 「クライスと共に国家転覆をしようとしていて、その第一段階としてレンを誘拐して無力化しようとしています」と正直に伝えてしまうと、状況が無駄に混乱するだけだからだ。


 それでも主人であるクライスが、誘拐事件に関わっているのではと疑って当然であるとは思うが……。


「クライス殿は信用できます。ルリリ姫様の眼を治していただいた恩人でもありますし、クロシエ様の蛮行ばんこうから度々私たちを守ってくれました。それに、クライス殿が言うまで、私たちはレン様が攫われているなんて想像もしていなかったのですから」


 と、アリスは俺に笑みを向ける。


 確かにそう言われてみればそうか。


 俺もファブルの誘拐に協力しているのなら、レンが誘拐されたなんて騒ぎださない。

 アリスの信用がありがたく、ほっと胸をなでおろしていると、


「それでは、作戦を伝えます」

「作戦?」


 真剣な表情で顔を近づけひそひそと話すアリス。


「ええ、地下室のカギを素直に大臣が渡すわけがありませんし、時間がありませんから強行突破で行きます。まず、扉をノックします。扉が開いたところでクライスさんは大臣と何でもいいので話して、注意を引いてください。その隙に私が大臣の背後に回り当て身を当てて、気絶させます。その間に鍵を盗み出します」

「作戦雑じゃないか?」

「ですが、それ以外に地下室のカギを手に入れるほうほうはありません。とりあえず———いきますよ!」

「ちょ!」

 ———っと待てと言う前に、アリスは大臣の部屋をノックした。


 コンコンコンッ。


 ノックするとすぐさま、扉がガチャッと開かれた。


 ハゲた頭の不機嫌そうな顔をした中年の男が出てきた。


 大臣のエドガー。エロの事しか考えていないセクハラ大臣だ。


 エドガーはじろりと視線を動かし、俺を見る。


 その瞬間、アリスは素早い動きで大臣の背後に回り、その首筋に当て身を食らわせようと———、


「ああ……君か」


 大臣が、そう言った。俺を見て。


「何の用だ? どうしてここにいる? あの蟲使いの男と一緒にいなくていいのか?」


 何か、わからないことを尋ねてくる。

 ここでさっぱりわからないといっても、状況が遅々として進まないだけだろう。

 ちょっと……話を合わせてみるか。


「……あ、あぁ、ちょっと、用事があって地下室から出たんだ。そうしたらファブルに締め出されてさ……」

「ああ、そういうことか。待っていろ。ちゃんとスペアもある」


 そう言って、くるっと振り返った。


 アリスがいるはずの背後———。


 だが———そこにはすでにアリスの姿はない。


 大臣の反応が予想と全く違ったことで、気絶させるのを中断し、凄まじい速度で移動し、俺の背後に回った。まるで瞬間移動をしているかのような速さだった。


「……どういうことですか?」


 背後からアリスが小さい声で俺に尋ねる。


「俺が聞きたいよ」

「大臣とクライス殿は知り合いなんですか?」

「……さぁ?」


 顔見知りだったのか?


 実は大臣はクライスをこの城に招いた人間だ。が、この中世ファンタジーの世界観だ。写真もないのに、来訪者の顔を最初から必ず知っているわけではない。


 すでに大臣とはクライスは対面済みだったかもしれないが……わからん……。


 「スレイブキングダム」での大臣の初登場シーンを何とか思い出そうとしてみるが、全く思い出せない。抜きゲーの竿役の中年男の初登場シーンなんて覚えているわけがない。そんなどうでもいいシーン、未読スキップするに決まっているだろう。


「ほら、これがスペアだ……ん?」 


 大臣が部屋の中から地下室のカギを見つけ、戻ってくる。

 そして、俺の後ろにアリスがいることに気が付き、


「……なるほどな。そいつを連れて行くためか。わかったわかった」


 ニヤリと笑い、俺に鍵を渡し、「しっかりな」と言うと扉を閉めた。


「……………」


 鍵は手に入った。

 だが、俺とアリスの間には気まずい沈黙が流れていた。

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