第21話 秘密の地下室はどこ?

 ナグサラン王城には地下に捕虜を拷問するための秘密の監禁部屋がある。


 「スレイブキングダム」のゲーム上ではヒロインたちは基本的にそこで凌辱される。

 拷問といっても痛みを伴うモノだけでなく、快楽を伴うモノあるという、抜きゲーでよく言われる理屈。その理屈通りの拷問を行うための———それ用の道具大人のおもちゃが用意されている部屋だ。


「もしかしたら、そこにレン様が連れていかれているかもしれない……」

「お姉さまが……まさか……」

「クライス殿はレン様が誘拐されたと、そうおっしゃっているのですか?」


 目線を落として考え込むルリリに対して、アリスは信じられないと軽く首を横に振りながら尋ねる。


「ええ」

「それはありえません。この国で最強の騎士———破壊王女ブレイクプリンセスなんですよ? 最強の魔法力で、たった一人で一つの軍隊を全滅することができるレン様です。あの方が誘拐されるなど、ありえない話です。何者であっても不可能です」


 それが可能にできる都合のいい虫が存在するんだよなぁ……所詮、この世界は抜きゲーの世界なのだから。


魔吸蟲まきゅうちゅうという虫を知っていますか? その名前の通り魔力を吸収するむしです。その蟲に魔力を吸いつくされたら、いくらレン様と言えど、弱体化し、不覚をとるかもしれません」

「そんな……でも、そんな蟲がいるなんて聞いたことが……」

「私も詳しくは知りませんが……おそらくこの近辺には生息してない、かなり遠い国に存在している虫なんでしょう」


 抜きゲーが蟲姦むしかんで使用する虫にそこまで細かい設定はない。あったとしても絶対にゲームのテキストには書かない。抜くためにエロゲーを買っているユーザーにとってそんな情報は邪魔にしかならないのだ。

 蟲姦むしかん担当のファブルなら、そういった細かい設定を知っているかもしれないが……この状況を作り出している犯人こそが彼に違いない。俺はそう確信している。

 だって、「スレイブキングダム」でのレン単独のHシーンの6割は蟲姦むしかんだから。

 プレイヤーの選択肢によっては、レンの凌辱担当はファブルになってしまうほど、実は彼女とファブルは因縁が深い。


「では……つまり、レン様を誘拐する目的で誰かが、その魔吸蟲まきゅうちゅうを持ち込んだ、と?」

「ええ」

「では誰が……?」

「……それは」

 アリスに問い詰められて口ごもる。


 ファブルがやったのは間違いない。だが、一応ファブルは俺の……クライスの従者なのだ。


 従者が王女誘拐事件を起こしているとなれば、その主人である俺のことも怪しむだろう。そもそも、元々はクライスがこの国の国家転覆の首謀者なのだから、うまく説明をしないと信用を損ねてしまう。せっかく信頼を築いたのに……。

 何と説明したものか……。


「えぇっと……」


「クロシエ様かもしれません……」


 俺が考え込んでいると、ルリリが口を挟んだ。


「王妃様が? 姫様、どうしてそんなことがわかるのです?」

 

 アリスの意識がルリリに向いた。


「何となく……なんですが……私は手で相手の顔を触ると、心を、感情がわかるというのは知ってますよね?」

「ええ、知っていますが……それがどうして王妃様が魔吸蟲まきゅうちゅうを持ち込んだ人間だと?」


「クロシエ様が、凄く悪いことを企んでいるというのが先ほどの食事の時に見えたんです……なんというか、あの方の顔というか……その周りが、そう言っていました。顔にそう書いてあると言うんでしょうか……」


 うまく言葉にできないとルリリは首をひねる。


「ルリリ、君は今日は誰の顔にも触っていないだろう?」

「ええ、確かにそうですが……私は今まで、目が見えない故に、触れて相手の顔のしわや肉付きの感触を確かめて、その人の心を察していたんです。そして……こうして目が見えるようになってしまって……」

「能力がなくなった?」


 目が見えないからこそ研ぎ澄まされた読心の能力だ。

 だったら、普通に考えると、目が見えるようになって必要がなくなり、その超人的な能力は鈍っていくんじゃないか。

 そう思う俺の心の中の疑問を読み取ったかのようにルリリは首を振った。

「違います、逆でした」

「逆?」


「クライスさんの顔、アリスさんの顔、お父様の顔……そして、クロシエ様の顔……全て私が思った通りのかおでした。想像通りの顔で、想像通りの感情が理解できたんです。アリスさん。先ほどの食事の場では、私の快復を喜びつつも、クロシエ様と同席されているのでずっとハラハラしていましたね?」

「え、ええ……」

「そして、今は———私の言葉を半分信じて半分信じられない」


 アリスの顔をまっすぐと見据えて、ルリリは心を読んでいるかのように指摘する。


「まぁ……確かにそうではありますが」


 アリスが俺を見る。まるで助けを求めているかのように。


「……ルリリ。はっきり言うが、目が見えるようになってすこし興奮して自分を過信しているようにしか聞こえない。それに、君はまだはっきりとは見えていないはずだ。目が見えるようになったばかりでまだ光になれていない。ぼんやりとしか見えていないのに、そんなはっきりと相手の顔を見えているわけじゃないだろう?」


 ルリリは目が見えるようになったばかりだ。

 そんなまだ一日も経っていないのに、視力が常人並みになっているとは考えにくい。

 それに今ルリリが言ったことは心を読んだと言うよりも、ただ単に空気を読んだというのが近いだろう。普段、身内同然に接しているアリスが、ルリリのことをどう思っているかは、目で見えずとも手で触れずとも———手に取るようにわかるだろう。


「そう……ですね……」


 指摘されて、シュン……と一気に落ち込んでしまうルリリ。


 言い過ぎてしまったか……俺とアリスは顔を見合わせる。

 何とか元気を出してもらおうとフォローを入れたほうがいいのか……だけど、今はレンの行方を探すほうが優先だろう……。


 ———ん、そうだ! レンだ‼ 


「違う———そんなことよりも! 今は秘密の地下室だ! この城のどこかに昔使われた拷問部屋があるはずなんだ。そこに案内してくれ!」


 至急、レンの行方を探さなければいけないはずだったのだ。話がいつの間にか逸れていた。


「秘密の地下室? 拷問部屋? そんなものがこの城にあるなんてきいたことがないですよ。ねぇアリスさん?」


 ルリリは首を横に振り、同意を求めるようにアリスを見る。

 だが、アリスは真剣な表情をして、俺を見据えていた。


「……………」

「アリスさん?」

「姫様。少し部屋で待っていてもらえますか? 私は少しクライス殿と行動を共にしなければいけない理由ができました」


 そう言って車いすをくるっと回転させて、ルリリを俺たちに背を向けた状態に変えさせた。


「クライス殿———」


 と、アリスがアリスに聞こえないように俺の耳に口元を近づけた。


「———レン様はそこに本当に捕らえられているんですね?」

「恐らく……まだ確定ではありませんが、確実ではあるでしょう」

「そうですか———わかりました。ではその秘密の地下室という場所にご案内します」


 良かった

 アリスは知っていた!

 もしも知らなかったら、何処をどう探せばいいのか途方に暮れるところだった。

 「スレイブキングダム」はエロゲー、いわゆるノベルゲーム。テキストとキャラと背景の絵があれば成立するゲームだから、マップなんて存在しない。だから、ゲーム上で使われている部屋にどこをどう行けばたどり着けるなどというのは、俺にわかりはしないのだ。

 アリスは体を離す。


「クライス殿。それで先ほどの『誰が魔吸蟲まきゅうちゅうを持ち込んだのか』という問いかけなのですが———」


 また、そっちの話題か……完全に俺を怪しんでいるな。


 そりゃ昨日入城した俺が一番怪しいに決まっているし、元々ルリリには「邪悪なかお」を持っている危険人物と断言された男だ。


 誰が持ち込んだとなれば、一番の候補者は俺だろう。


「———私に一人、その持ち込んだ人間に心当たりがあります」


 …………………え? 


 アリスは俺の眼をまっすぐ見据みすえて、頷いた。

 完全に俺を信頼してるまなざした。


 俺を———疑っているわけじゃないのか?

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