第18話 おまじない
「レン姫、ルリリ姫と仲良くしていただきたい。それが私が毒のことを告げ口しない条件です」
にっこりと笑ったまま、そんなことをいう俺はさも不気味に見えるだろう。
脅迫できる取引材料を握っておきながら、要求はただ、娘たちと仲良くして欲しいというものなのだから、
「……その程度で良いのですか?」
「その程度? 仲が悪い家族というのは、はたから見ていて不快ですよ。それに医者としてせっかくルリリ姫を治療したのにストレスを与えられて症状がぶり返してしまえば元も子もありません。ですので、娘たちには思いやりを持って接してください。それが、私の望みです」
「…………」
ヒクヒクとクロシエの頬が動いた。
最初は俺の言葉が嘘か
「私が……なんであの女の娘たちと仲良くしきゃいけないのよ……そんなことをしたって何の得にもならないじゃない……」
「得ならありますよ。もしもレン姫が王位を継いだ場合、あなたを優遇するかもしれない。ルイマス王の二人だけの娘と懇意であることに損は全くないと思いますが?」
「…………聞こえてました?」
「? はい、ばっちりと」
チッと舌打ちするクロシエ。
心の中で言っていたつもりなのか、俺に聞こえないように小さくつぶやいていたつもりなのか。思いっきり聞こえるぐらいの音量で彼女はブツブツと言っていた。
それどころかクロシエは「でも、この場をしのぐくらいなら構わないか……この男はいずれこの国を出る。そうなれば王も娘も殺す機会はいくらでもある……」と結構な音量で呟き続ける。
ばっちり、聞こえてますよ。
「いいでしょう……! そのご提案を受け入れさせていただきます。これからは心を入れ替えて、二人の娘のあの娘に対しては、私が腹を痛めて産んだと思って接しさせていただきます」
と、クロシエは笑顔を作った。
わざとらしいなぁ……まぁどうでもいい、ここからが本題だ。
「良かった。では、〝おまじない〟をかけさせていただきましょう」
「おま……? なんですかそれは?」
「まぁ願掛けみたいなものです。言葉通り〝
「ジュジュツ……?」
クロシエは首をひねる。
俺が何を言っているのか、全くわかっていないようだ。
「知りませんか? 呪術って?」
「聞いたこともありません」
「……まぁ東洋の神秘です。とりあえず、実際にかかってもらった方が早いでしょう」
そうか、この世界では魔法があるから、呪いという概念がないのか。
今度から気を付けよう。
内心反省しつつ、俺は〝おまじない〟を進める。人差し指を立てて、クロシエの額を指さす。
「あなたはこれから———
彼女の額の上でくるりと指を回して一応それっぽい雰囲気を出しておく。
「終わりました。これでクロシエ様は全ての人間に対して優しい態度でしか接することしかできなくなりました。ゴミを見つけたら拾いたくなりますし、ものすごく寄付をしたくなる。そんな———〝光堕ちの呪い〟というおまじないをかけさせていただきました」
「……そうなんですか?」
特に変わったところはないとクロシエは全身を見渡す。
まぁ、変わったところなんてないだろう。今は俺は何にもやってないからな。
「ええ、そのつもりはないとは思いますが、ルリリ姫やアリス殿をまたいじめようとしても絶対にできないよう———おまじないをかけさせていただきました。もう二度とあなたはそのお二人……だけでなくどんな人間も虐めることができなくなりました」
「……フフ、オホホ、何をおっしゃっているのやら、私は生まれてこの方、人を虐めたことなんて一度もありませんよ」
「そうですか」
「フフフ……アハハハハハハ……!」
高笑いするクロシエが最後に、「ば~か、何も起きてないっつーの」と呟いたのを聞き逃さなかった。
安心しろ。
何かが起きるのはこれからだ。
ゴォ~ン……ゴォ~ン……‼
部屋にあった大時計が鳴り始める。
時間は十二時を指していた。
「今の音は?」
とクロシエに尋ねる俺だったが、返答はクロシエではなく、
一人の若い執事が扉を開けて、一礼する。
「王妃様、お食事の時間です」
大時計のあの音は。どうやら昼食の時間を知らせるチャイムだったようだ。
クロシエは「フンッ」と不愉快そうに鼻を鳴らして立ち上がり、
「……クライス先生。せっかくですから、一緒にどうですか? ルリリの眼が治ったのだから、ルイマス王はたいそうお喜びになるはずです。きっと豪華なごちそうが振舞われますよ」
「そうですか、それはありがたい。ではいただきましょう」
クロシエは張り付いたような笑顔を浮かべて、部屋の外へ向かう。
やってきた若い執事に
若い執事もそれが当たり前のように
———
「いつもご
すれ違った瞬間、王妃が執事に声をかけた。
———かけさせた。
「え?」
そんなねぎらいの言葉を言われるとは夢にも思っていなかったか、執事は顔を上げる。
「……うそ⁉ 何を言ったの、私……?」
そして、戸惑っているのは王妃も同じだった。
自分が何を言ったか信じられないかのように口元を手で押さえている。
「王妃? 今なんと……」
「フ、フンッ! 何も言って……ガッ、ギッ!」
王妃の口元が奇妙に歪んだ。言いたいことがあるのに、口が思ったように動かない。そんな様子だ。
「…………いつもご苦労様と言ったんです。真面目で忠実なあなたには感謝をしていますよ……ハッ⁉」
また、口元を抑える。
クロシエの瞳は驚愕に染まっていた。
「あ、ありがとうございます王妃様……そんな言葉をかけていただけるなんて……」
感激する執事を置いて、クロシエは速足で廊下を進んでいく。
口元を手で強く押さえつけながら。
混乱して、自分に何が起きているのか全く分かっていないのだろう。
まだだ、まだまだ———これからだ。
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