第17話 クロシエの本性

 王妃、クロシエの部屋に招かれる。

 ルリリの部屋とは対照的に金色の装飾が施された光る家具があちこちにある。


 悪趣味な部屋だった。


 獅子の首のはく製が壁にかかっていたと思えば、水晶のドクロがテーブルの真ん中に置かれている。

 恐らく高くて価値があると言われたものを、言われるがままに価値を考えずに買い集めたらのだろう。そんな部屋だった。


 トントントン……。


 俺の真正面に座っているクロシエは苛立たし気に指を鳴らしていた。

 一応、お茶会に招いたというていではあるが、空気は最悪、険悪状態だ。

 二人の目の前には紅茶が置かれているものの、淹れられてから全く減っていない。


「……フフッ、どうしたんですか、先生先ほどから一切、お茶に口をつけていないじゃないですか」


 にっこりと笑うクロシエ。

 内心、激しく動揺しているのだろうが、このまま待っているだけでは何も現状が変わらないと、俺にお茶を進める。


「王妃様こそ。お飲みになったらどうですか?」

「え、ええ……そうですね」


 小さく何度も頷き、紅茶をすする王妃。


「はぁ……おいしい。クライス先生もどうぞ」


 カップを置く王妃。

 その量は確かに減っている。

 そして、俺にも飲むように促す。


「———そっちのカップには毒は入っていないようですね」

「———ッ⁉」

「でしたら……そちらを頂きたいなぁ」

「毒……とは何の話ですか?」


 一瞬表情がこわばったが、また笑顔を取り繕い、小首をかしげる。


「もうとぼけずとも結構ですよ。ここには俺とあなたの二人だけしかいません」


 俺はポケットからあるものを取り出す。


「これは———アリスのメイド服のポケットに入っていたモノです。ルリリ姫の部屋を出る直前に拝借しました」


 中身が空の小瓶。


「それは———⁉」


 だが、完全な空ではなく一、二滴中身が入っていた。


 透明なドロッとした液体が。


「そして、これは元々クロシエ様、あなたが持っていたモノです。ルリリの部屋に入るまでは持っていました。ただ、あなたはこれを〝隠し〟ましたね?」


 ルリリの治療が終わった直後、部屋に飛び込んできた彼女の手にはこの小瓶が握られていた。

 そして、アリスを突き飛ばした後、忽然とその手に持っていた小瓶は消えてしまっていた。


「隠した先は———アリスのポケット。アリスに罪を擦り付ける目的もあったんでしょうが。一番の理由はその服に収納スペースがないからでしょう。王妃様のその綺麗なドレスには、ポケットなんて無粋なものはありませんからね。常に執事やメイドを控えさせている王妃様には、何か物をしまったり、取り出したりしたいときには、近くの人間に頼むのが普通ですからね」


「…………フッ」


「この小瓶に入っていたモノは毒です。そしてその中身は今、俺の目の前にあるカップに入っている。違いますか?」


「フフフフッ……」


 誤魔化しているのか、笑い続けている。

 なら、畳みかけよう。


「それだけじゃない。ルリリ姫の体内には毒物がたまっていました。恐らく投薬による摂取。自ら望んで毒物を摂取するようには見えませんから、おそらくシェフに頼んで食事に毒物を混ぜていたんでしょう。ルイマス王にしてもそうだ。この先のシナリオで王は急死する。その時点でレンとルリリは行方不明になっているルートのお話だから、都合よくあなたはこの国の実権を握る。それもあなたが〝長寿の薬〟と称して毒を少しずつルイマス王に盛っていった結果だ」

「……ア~ッハッハッハ!」 


 高笑いをするクロシエ。


 クロシエがこの国の実権を握るのはルリリルートの話だ。


 純真無垢なルリリを人質に取り、レンやアリスの力をそぎ、徐々にクライスが国内での権力を強めていく。

 そんな中、クロシエがクライスに接近、互いに利用できるとふんで国王を毒殺。

 一時はクロシエの夫として迎えられてクライスがナグサラン王国の王になる。

 だが、王になった時点でクロシエは用済みになり、「人体支配」のスキルで全裸パレードを行わせた後、全てに裏切られて悪落ちしたルリリに張形ディルドで犯され、彼女も精神を崩壊させる。

 最終的には「良かったなぁ! 親子仲良く抱きあえて!」とクライスが言いながらレンも含めた4Pという最悪の家族団欒だんらん(?)の光景で幕が閉じるのが印象的なルートだ。


 そんな自業自得の結末が待つシナリオの話をされたクロシエは———、


「後半は何を言っているか、さっぱりわかりませんでしたが……先生。あなたの言うことは非常に面白いですわ。ええ……非常に面白い話ですが……まぁまぁ……それで、何がお望みですか?」


 開き直った。


 いやらしい笑いを浮かべ、


「そのために呼び出したのでしょう? 私は毒なんて盛っていません。ですが、先生からそのような噂を流されては溜まったものではありませんから、黙っておいて欲しいのです……そのためには何でもしましょう」


 一応否定はするのか。

 そりゃ認めないよな。

 認めてしまっては———交渉にならない。


「何がお望みですか? お金ですか? お金ならばいくらでもあげましょう。今の私の王妃という立場で渡せない額でも……いずれは私なら渡せるようになるでしょう。あぁ……こういう手もあります」


 王妃が舌なめずりをした。


「先生をこの国の王様にする。という手も……♡」


 スススッと、机の下で音がする。


 ヤバい!


 ———支配ドミネート! 


「………あら?」


 王妃が眉間にしわを寄せ、体をわずかに左右にゆする。何か、体の一部が突然動かなくなって、それでも動かそうともがいているように。


「………どうしたんですか?」

「いえ、少し足がつったようでして……」


 見えてます。


 あなたの右足は———俺の太腿ふとももの間にあります。


 あと一センチだった。

 ほんの少し、彼女の脚を支配するのが遅かったら、俺の股間にクロシエのつま先が触れていた。

 そうしたら、この王妃のことだ、確実に足コキをしていた。


 あっぶねぇ……。


 美人に足コキをされるのはやぶさかではないが、このタイミングでそんなことをされたら負けな気がするし、やっぱり性格最悪な相手にされるのは御免被ごめんこうむるる。


 ふぅ……と俺は額の汗をぬぐい、


「王妃様。私の望みはお金でも|玉座《玉座)でもありません」

「では、私の体をごしょもうですか?」


 違うわ馬鹿ばか



「私の望み———それは、家族仲良くです」



「…………ハァ?」


 クロシエの顔が心底嫌そうに歪む。

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