第16話 お茶会への誘い
突然の侵入者———王妃クロシエにあっけに取られている俺たち。
「あぁ……姫様……目が見えるようになったのですね……」
と、最初に沈黙を破ったのはアリスだった。クロシエが侵入するとともに、彼女も王妃の腰につかまったまま部屋に入ってしまっていた。
主の症状が回復しているのを見て、メイドは目の端に涙を浮かべていた。
「アリスさん……これは一体……?」
本来だったら初めて見るアリスの顔にもう少し感慨にふけりたいところだったろう。だが、王妃のただごとではない様子にルリリは注意せざるをえない状態にある。
「わかりません……王妃様がクライス殿をお茶に招きたいとおっしゃり……治療中だと言うと……急にこのような……」
無理やり入ってきたというわけか。
王妃はずっと硬直していた。ルリリの眼が開いているのを見てから、ずっと……。
「王妃様?」
「ハ———ッ⁉」
俺の言葉で我に返ったようで、クロシエが全身を震わせる。。
キラッ……!
ん? 何か、彼女の手元で光るモノが見えた。
「王妃様? 何か……?」
と、俺が更に尋ねると、
「———ッ⁉ このダークエルフが‼ いつまでこの高貴な私の体に触れているのです!」
ドンッと、鬱陶しそうに腰にまとわりついていたアリスを突き飛ばした。
クロシエに引きはがされたアリスはよろめくが、
「王妃様? そんなに慌てた様子で、このクライスめに何か急ぎの
「オホホホッ、いえ、いい茶葉を手に入れたものですから……客人をもてなそうと思っただけでして……」
口元を手で隠し、逆の手を招くように振る———よく見かけるおばさんの仕草だ。
エロゲーのキャラだけあってクロシエは見かけがかなり若く美人だ。だが、いじわる王妃という設定のキャラなのでどうしても仕草だけは
「その割には随分と慌てていましたが……お茶会はそんなに急ぐものではないでしょう?」
「いえ、その……クライス先生が魅力的でありますから、どうしても今すぐお茶を飲みたかった次第でありまして……」
しどろもどろに言うクロシエ。そして、顔を逸らしボソッと「クソッ、遅かった……!」と呟いた。
彼女にしては誰にも聞こえないように呟いたつもりなのだろうが、おそらく部屋の中にいた誰もが彼女の言葉を聞いていた。
「そうですか……では今から一緒にお茶でも飲みますか?」
「え、いえ……もう結構です……興が、覚めましたから」
にっこりと笑うクロシエ。
笑顔だ。
彼女が浮かべている顔は確かに笑顔だが、その表情には圧を感じた。
あからさますぎる……。
何かやましいことがあると、全身から伝わってくる。
いい機会だ。
ここまで———証拠がそろっているんだ。
現状、俺の帝国侵略阻止活動において、この王妃は邪魔になってくる。
だから、ここでちょっとおとなしくしてもらおう。
「いえいえ、私も王妃様に話があったのです……例えばそう……お薬についてとか?」
「—————ッ⁉」
クロシエは非常にわかりやすいリアクションをした。
目をカッと見開いて、背筋をピンと伸ばし、全身をぶわっと震わせた。たぶん———全身の毛穴が開いたんじゃないか?
「お、おくする……⁉ 何の話でしゅか⁉」
動揺しすぎですよ王妃様。めちゃくちゃ噛んでます。
「いえ、私もこう見えて医者の端くれですから、多少は薬についても詳しいつもりです。聞くところによると、王妃様はルイマス王が長生きするようにと毎夜毎夜、〝長寿の薬〟という薬を飲ませているらしいではないですか?」
俺の言葉の途中で、ルリリが「えっ⁉」と動揺した声を上げる。知らなかったようだ。
そして、クロシエは体が前のめりになり、
「ど、どうしてそれを———⁉ 私と王だけしか知らないはずなのに———ハッ⁉」
失言をしたと、口元を抑える。
あ……やべ……俺も失言してるわ……。
そういえば……この情報はクライスは知らないはずの情報だ。
クライスがいない場面で描写された、「スレイブキングダム」の1シーン……王妃が‶長寿の薬〟と称した全く別の効果を発揮する薬を夜な夜な飲ませているシーン。それはプレイしたプレイヤーしかしらない情報だった。
ま、いっか。
なんか王妃様は「あの男やっぱり信用ならない……」と、どこかの誰かが告げ口したのだと思い込んでいる様子だし、俺がクライスではなく、この世界がゲームの世界ですでに一度プレイ済みなど、彼女にわかりようがないのだから。
だから、言葉を重ねる。
「いい王妃様ではないですか。〝長寿の薬〟を飲ませて王にいつまでも自分の夫でいてもらおうとするなんて……そんなに王との夫婦生活は満足ですか?」
「な———ッ‼」
皮肉だ。
王妃クロシエはルイマス王との生活に、特に夜の生活に満足していない。だから、薬を求めて———街に出た。闇の薬師に頼った。
段々と思い出してきた———このクロシエというキャラがどんなことをしていたか。
「すこし、お話ししたいことがあるんですが……いいですか?」
「……ええ、よくってよ」
クロシエの顔からすでに動揺は消え、怒りで真っ赤になっていた。
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