蒼雷のゲノム

白亜皐月

プロローグ・ニュートラルの青年

第1話

 爆発音。泣き喚く人々の喧騒。崩れていく天井。燃え上がる小綺麗な建物。逃げ惑う人々は我先にと広いショッピングセンターを走っていく。俺は父に手を引かれ、逃げ惑う民衆の一人だった。


「早く走りなさい!」

「でもお母さんが!!」


 振り返った先。次々と崩れる天井の先には、まだ取り残された人々の叫び声が聞こえていた。家族全員でショッピングセンターに買い物に来ていたある日の事過去の出来事だった。母が俺と父とは別の場所に商品を見に行っていた時に起こった違法能力者達の襲撃。一瞬でショッピングセンターは火の手が回り、崩落し、人々は無意味に殺されていく。

 父は襲撃があったと同時に、俺を連れてコーナーを出た。ただ、ここにいない母がどうなっているのか分からない事に、幼い俺は泣いて父を引き留めていた。そんな俺を見て、父はしゃがんで俺の方を掴む。


「いいかい?お前は外を目指して走るんだ。お父さんはお母さんを探して来るから」

「でも………!」

「大丈夫。お父さんは強いからね。絶対にお前を迎えに行く。だから行くんだ」

「っ………約束だよ………!」

「あぁ、約束だ」


 父が頷いたのを見て、俺は涙を拭って走り出した。父は俺と違って遺伝子操作に適合した能力者だった。ただ、適合しなかった俺の事を考えてか、一度も俺の前で能力を使ったことは無かったし、どんな能力かも教えてくれなかったが。

 父ならば大丈夫。そう思って俺は走った。そうして群衆の流れに沿って走っていた時だ。後方で大きな爆発音と崩落音が響いた。目を見開いて振り返れば、そこには完全に倒壊した瓦礫の山が広がっていた。後ろから響いていた悲鳴は一斉に止まり、代わりに逃げていた人々の喧騒は増す。だが、その時の俺にはそれらの声が遠く聞こえていた。


「お父、さん………?」


 積み重なった瓦礫の上で、数人の人間が立っていた。ガスマスクのような物を被っていてその顔は伺い知れないが、一様に集まり何かを話している。俺がそれを立ち尽くして見ていた時だ。

 彼らは同時に俺を見た。全く表情の分からないその顔で。しかし、確かに俺はそいつらと目が合った。呼吸が徐々に荒くなり、視界がぼやけていた。


「………」


 そいつらの顔は見えないのに、何故だろうか。一斉に笑ったように思えたのは。暗くなっていく視界の中、俺の意識は途絶えた。













『これより、能力訓練シミュレーションを開始します。準備はよろしいですか』

「………あぁ」


 白髪の少年が機械音声に返事をし、目を開く。青いジャケットと黒いズボンを着た活動的な装いをした青い瞳の少年だった。暗いガレージのような部屋に電子音が響き、再び電子音声が少年に声を掛ける。


『仮想領域、演算終了。5秒後にゲートが開きます』

「………」


 電子音声がカウントダウンを開始する。そして、その声が0を告げた瞬間、彼の目の前にあった壁が消滅する。それと同時に少年は駆け出す。路地裏のような一直線の道。そこには明らかに人為的に設置された障害物が多く存在しており、少年はそれらをスムーズに飛び越えながら走っていく。見事なフォームを維持し、風のように狭い通路を駆け抜ける少年。

 一度も立ち止まることなく彼が進んでいた時、周囲に電子音と共に現れた複数のドローンが彼に射撃を開始する。


「ちっ………!」


 舌打ちした彼は障害物の陰に隠れ銃弾を躱しながら進み、先にあるパイプの壁の下にある隙間に滑り込む。その勢いを殺すことなく走り続けた少年は目の前の高い壁を横の壁を蹴って壁際を掴んだ彼はそのまま壁をよじ登る。その後も幾つもの障害物を飛び越え、躱しながら進んでいた。

 その時、彼の背後で爆発音が聞こえ、同時に再び背後から幾つもの銃弾が飛来する。少年は姿勢を低くして少しでも的を小さくするが、乱れていた銃弾は徐々に精度を増し、ついに彼の右足に一発の弾が命中した。


「っ………」


 しかし彼の足に傷跡は無く、銃弾を受けた彼も平然と走り続けている。だが彼は徐々にその速度を落とし、ゆっくりと立ち止まる。背後からの銃撃は既に止んでおり、彼の前に青いホログラムの画面が表示されると同時に、周辺の空間が揺らいで無機質な狭い通路に変わっていく。


『被弾を確認。シミュレーションを終了します。蒼生來斗あおい らいと、合計点数1283ポイント』

「………くそっ」











 シミュレーションが終わった後、俺は更衣室で制服に着替えて外に出る。その時、外で待ち構えていた1人の黒髪に赤い瞳の男が声を掛けてくる。


「よぉ、相変わらず情けねぇ結果だな」

「………」

「そろそろ分かっただろ。ニュートラルがこんなこと続けてても意味ねぇぜ?」

「………言ってろよ」


 嘲るような男の言葉に一言だけ返し、横を通り過ぎる。その時に視界の隅に見えたあいつの顔は、いつも通り不機嫌そうだった。

 このシミュレーションは、能力者向けに政府が義務付けた授業の一つだった。僅かな例を除けば受けることが強制されるが、ニュートラルは見学が推奨されている。

 だが、俺は全てのシミュレーション………いや、先生に無理を言って放課後もひたすら挑戦していた。だが、入学当初から既に2年生になった一度も完走を果たしたことが無いのが何より俺の限界を物語っていた。


「………ちっ」


 背後から聞こえた舌打ち。別に、あいつとも最初から険悪だった訳じゃない。入学した当初はあまり関わりのない相手だったはずだった。

 だが、2年もニュートラルの俺が訓練を続けるのは無駄だと言ったあいつと、それにムキになって言い返した俺とで大きな喧嘩に発展した。それこそ、今思えば能力者相手に無謀だったと反省はしている。結果として、俺は全治2週間の怪我を負うことになったのだから。

 嫌な事を思い出しながら廊下を進んでいた時、向かい側から一人の男性が歩いて来る。


「蒼生君お疲れ様。今日はどうだった?」


 穏やかに声を掛けてくる初老の男性。俺がいつも無理を言ってしまっている、2年1組の担任の向井先生だった。先生も俺と同じくニュートラルだが、誰よりも俺の味方でいてくれていた。放課後までシミュレーション室を使っている俺に、他の先生は辟易としているだろうから。


「………前より、ほんの少しは」

「それは良かった。今日の放課後は?」

「そう………ですね。今日はやめておきます」

「分かった。これからも怪我をしないように気を付けるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って歩いていく先生。あの人もニュートラルである以上、無能力者の限界は誰よりも分かっているはずだった。だからこそだろうか、俺のほんのわずかな成長ですら、いつも喜んでくれるのは。


「………こんなんじゃ、駄目なのにな」


 俺の目指す将来。能力者が増えたことで行われるようになったテロ行為や犯罪行為を取り締まる特殊保安員の免許を得る事だった。だが、そのためにはこのシミュレーションで十分な点数を出すことは前提であり、そうでなければまず話にすらならない。

 そもそも、満点を出したところでニュートラルの俺に免許が下りる可能性は限りなく低いのだが。それでも、俺は続ける理由があった。


「………」


 あの日、俺から家族を奪ったマスクの集団。その胸には、皆同じマークの刺繍があった。復讐と言われれば、間違いじゃないのかもしれない。けれど、そうでも思わなければ今まで生きてこられなかったのも事実だ。

 どうせ、既に失う物も無くなった身だ。無駄だと言われようが、既に今更な話だった。ため息を付いた俺は次の授業を受けるために教室に戻る道を歩き出した。

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