かぐや姫の秘め事
白早夜船
作中作『かぐや姫の秘め事』
1
中秋の名月のころになると、よく思い出してしまうことがありましてね。
考えてみれば、ずいぶんと昔のできごとになるのですけれど。じつは皆さん、お話としては馴染みがあるのではないでしょうか。かぐや姫さまにまつわるお話なのです。
ええ、そうです。『竹取物語』として伝えられておるものです。
けれども、“物語”として伝わっているお話は、少々事実と違えてあるものですから、本当のことを知る者は、もはやいなくなってしまいました。
ですからこれからお話しすることは、語り継がれることのなかった、もっと正確に言いますと、語ることを憚られてきたエピソードだと言えるでしょう。
ご存じのように、かぐや姫さまは
竹取職人というのは、竹を加工したり細工したりして、道具を作ることを生業としています。野山に出かけて竹を取ってきては、自家用に用いたり、人に売ったりしておりました。
私がお仕えし始めたのは、おじいさんが新しくお屋敷を構えたころだったかと存じます。かぐや姫さまをご発見なさったのも竹藪の中だったと聞いておりますが、竹藪からはその後
おじいさん夫婦は、子どもがいなかったということもあってか、かぐや姫さまをたいへん大事にかしずいておりました。ただ、姫さまと年齢の近い人が周りにいなかったことを気がかりに感じていたようです。私がお呼ばれしたのは、同年代の女性だったということもあるのでしょう。姫さまの身の回りの世話をする側仕えは何人かおりましたが、姫さまとは私が最も親しくさせていただいたと思います。
姫さまのお美しさは、『竹取物語』でも語られているとおりです。
整った眉目、すらりとした鼻筋、きめ細かな肌に、長い黒髪。その麗しいお姿は他に比肩すべきものもないほどでした。美人の噂というのはいつの時代も
姫さまにご執心なさった殿方の中には、身分高き貴人も含まれておりました。五人の貴公子のほか、帝からもお見合いを申し込まれるほどだったことは、物語でも伝えられております。
殿方の気を引いただけでは済まなかったのは厄介でしたね。女性たちの嫉妬にも激しいものがありました。あの時代と言えば、高貴な男性と結ばれることが一つの身分的成功でしたから(シンデレラストーリーってやつですね)。おぼえを集める姫さまが、気に食わなかったのでしょう。おっと、口が過ぎてしまいましたね。脇道にそれてしまうので、この話はここらでやめておきましょう。
さて、かぐや姫さまは天の彼方からおいでになった方です。
正確にどことは存じあげません。「月の都」に住んでいたと言われることもございますが、姫さまは必ずしもそう断言なさったわけではありません。月を経由してこの地上の世界にやってきたということで、漠然と、「月のほうから」と語っておりました。それで、「月の都」と伝えられるようになったものなんですね。
姫さま自身は「あの国」「かの都」と言い表すことのほうが多かったように思います。
別の世界の住人ということで、この星で子どもを作ることは認められてはおりませんでした。過度な交遊をご法度としていたのは、そのためだそうです。
とはいえ、姫さまも心の底からそのご法度を受け入れていたわけではなかったのですね。年頃の乙女ですもの。青春を謳歌したいと考えることは、自然なことでございましょう。それを押しとどめるほうが心苦しいというものです(恋愛禁止のアイドルだって、タブーを破ってしまうことがあるじゃありませんか)。
姫さまは、私にだけはそうした胸の内を語ってくれることがありました。守らねばならぬ掟とはいえ、つらいところがあったのでしょう。
五人の貴公子に無理難題な要求をしたのには、こうした背景もあったのですね。姫さまは内心ではウキウキなさっていたのですよ。自分のことを強く思ってくれる殿方が何人も現れて、その中には世間で言われるようなイケメンや伊達男だっていたのですから。
姫さまとしては、お断りをしなければならない一方で、恋のトキメキも味わいたかったのです。はっきりと拒まなかったのはそのためなのですね。
五人の貴公子には、火ねずみの皮衣や龍の首の玉など、入手不可能な品を持ってくることをお見合いの条件といたしました。ちなみに、彼らが姫さまの要求にどう応えようとしているかについては、使いの者に調べさせるなどして、適宜耳に入れるようにしておりました。姫さまは珍奇な品物がほしかったわけではなく、彼らの頑張ってくれるさまを知りたかったのです。
残念ながらと言いますか、殿方たちの行動はだらしなかったですね。お眼鏡にかなう者はいらっしゃいませんでした。
部下に探しに行かせるだけの者もいれば、お金だけ出して解決しようとする者もおりました。ニセモノの蓬莱の玉の枝をこしらえて、もっともらしい冒険譚を騙る者もおりましたね。仕方ないのであのときは、姫さまの前でウソが発覚するように仕組ませていただきましたけど。
五人の貴公子たちの努力は叶いませんでしたが、これらのことは話題になり、とうとう帝の耳にも噂が入ることとなりました。帝もまたかぐや姫さまに興味をお示しになったのです。
これにはさすがに私も驚きましたね。考えうる相手のなかで、間違いなくトップ中のトップの貴人となりましょう。はじめは物珍しげな噂に興味を抱いているだけなのかと思って、面会の申出を遠ざけていたのですが。公務の行幸にかこつけて、家にまで押しかけてきたのですから困ったものです。
帝はかぐや姫さまをお認めになると、その見目麗しいお姿に、心を奪われてしまったようでした。
相手が相手ですから、本来なら無下に断ることなどできません。結局姫さまは、自分がこの星の人間ではないことをお話しして、帝にはお引き取りいただいたのでした。
ちなみに、『竹取物語』にも記されているように、姫さまと帝は、その後手紙を介したやりとりを継続なさっておりました。もちろんそれは、プライベートの文通です。検分などしていなかったので、手紙の内容がどんなものか、私は知らずにいたのでした。
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