8-3 ホップ・ステップで踊ろうか
翌日、土曜日の放課後になった。予告通り同室の皆で男子寮の台所に集まる。他に人はいない。たまたま今日は専科一年生が全員実習で出払っていたり、上の学年は10月末にある芸術祭の話し合いで帰りが遅かったりしていた。
土曜日でも忙しい人は多い。坂本も補習に捕まりそうになったり(「これから青春の大事な一場面に向かわなあかんのです」と言って逃れた)。瑛梨には養育院へ行く予定について聞かれたり(「男同士の大事な話があるんや」と言って坂本が断った。瑛梨は「ガンバ」と親指を立てて見送った)した。晶燿が同席しているが、とりあえずこれで始めよう。
「いやなんでおるんじゃ」
「いやなんでおんねん」
岩槻と坂本が同時にツッコむ。
晶燿はニコッと愛嬌たっぷり笑って受け流す。この殿下、里見たち同室が机一つに固まっていたらひょっこり現れたのだ。殻付きの
「たくさん頂いたから、学校の皆にお裾分けしようと思って」
「もしやこれって献上品、とかいうやつですか?」
「あ〜、そうではない。良い品だけど」
田島のゆるゆるの敬語を不敬だと言わない、気位ゆるゆるの晶燿様。
「里見のことを知りたくて、こうして一席設けたのいいと思う。彼ってばこっちから聞きにいかないと自分から語らないからね。僕のことは通訳みたいなものだと思ってくれ」
「えっ、俺ちゃんと日本語喋ってるよ?」
誰もそれ以上晶燿の同席にツッコまない。
既に晶燿は自分と里見の関係を明かし、「僕が初等科のころにできた友達でさ。それまで同世代の子と遊んだことがあまりなかった引っ込み思案の自分にとって特別な友達になってくれたんだ。庶民の里見と同じ学校に通えるなんて、夢が叶ってとても嬉しいよ」と、周囲を言いくるめている。里見との間に割って入ることは、お身体が丈夫でなく床に就くことも多い晶燿様が、楽しく過ごす時間の邪魔をすることにもつながるのでは、とほのめかしたのである。晶燿の懐っこい性格と里見が皇族の威光を利用する人間じゃないことで、2人の仲は『邪魔する奴は野暮』ということに落ち着いた。
「じゃあ先ずは…、若松さんとの付き合いはいつから?」
伊井田が手を動かしながら質問する。
里見はくるみ割り器に挟んで一息に力を込める。が、かすかにパキッと音がしたような気がするだけで割れない。うそ、めちゃくちゃ硬い。
「… … … …。俺の母親って元々は良家のお嬢さんだったらしくて、英語が堪能だったんだよね」
「あ、この世に誕生する前から話が始まるの?」
「ある意味そう。瑛梨のお母さんの通訳兼日本語教師兼親友になったうちの母は、同時期に妊娠したことで瑛梨の乳母候補にもなったんだ。だから、生まれる前から乳兄弟になる予定ではあった」
「異母兄弟説惜しかった!」
「え??」
伊井田の言うことに、何のことか不思議に思った里見だったが、その他からいいからいいから、と促される。
「実際は、1人目も2人目も普通にお乳が出てたからって油断してたうちの母が出が悪くて、初産だったけどバンバン母乳がつくられ過ぎてて、詰まる前に飲んでくれ! って感じだった瑛梨のお母さんが俺にお乳を飲ませてくれた、っていう結果になるんだよね。予定と逆に。
家族ぐるみで付き合いがずーっと続いてるんだよ。恩返しとお金稼ぎのつもりで若松家の事業のお手伝いをしたり。娘も妻も兄も当主も、気が強い人間が多くて、家の中で相対的に立場が低めの瑛梨のお父さんがうちの家に避難してきたり。
ところで、この胡桃硬くない?」
里見以外も悪戦苦闘中でまだ1、2個しか割れていない。晶燿など両手で握って胡桃割り器が1mmも動いていない。殻付きの胡桃は一度水に漬けることになった。
さて、これを言わねば。
「俺たちの仲が家族や周りの人たちに容認されている理由が知りたいんだったよね? これが大きな理由なんだけど、…俺と瑛梨の間には『魂の結びつき』というのがある。幸運なことに、親戚の中に腕の良い国家術師の人がいて、その人の助言に従って今の関係に落ち着いている」
首から下げている黒い勾玉を取り出して里見は『魂の結びつき』とは何か説明する。きっかけとなった、池に落ちた事故のことから。
「… …本当に、これでも精一杯距離感保ってる方なんだよ? この呪具が『魂の結びつき』を保ちつつ、混ざり過ぎないようにしてくれているんだ」
「確かに。初等科の頃の2人って、どこに行くにも何をするにも一緒にいたから。自分は関係がない用事でも相方のそばを離れなかったり。あの頃に比べたら、かなり変化してる。
あ、もしかして、若松嬢の方は白い勾玉?」
「そうだよ。あき君アタリ」
晶燿が考えついたように、2つの勾玉で陰陽太極図を模している。太極図だと白が
普通なら他人に気や霊力を奪われたり注がれたりするのは生理的に嫌悪感を覚えるものだ。ところが『魂の結びつき』同士は逆に、そうしてくっつき合うのを心地よく感じてしまう。だから欲しいと言われるがままに与え過ぎて共倒れ、なんてことが起こる危険性がある。
うわあ、大変だぁ、という顔で聞いていた田島が質問する。
「『魂の結びつき』ってのは、完全に治らないものなのか?」
「今のところ、解決方法は見つかってない。国家術師のおじさんも対症療法しかないって」
「あ〜、まとめると『魂の結びつき』っていう体質? の関係で水嶋は若松さんと磁石のように引き合ってしまう。元々若松家と水嶋家の人たち、特に母親同士は仲が良い。その縁で水嶋は若松家公認で若松さんに近づける、と」
「… …? ちょっと待って。里見、お母上のこと話してない?」
急に晶燿が母のことを聞きだしたので、里見は母のことと言われても何のことか一瞬わからなかった。里見の様子を見て、察した晶燿の口から「まじか」とがさつな言葉がまろび出る。
「今、まじかって言いませんでした? あれ? 耳がおかしくなったのかな?」
「言ってない、ってことにして。
…あのねえ、里見のお母上は、亡くなってます。12歳のときに、レディ=グローリア号沈没事故で」
え? とか、は? とか、単音が複数飛び出る。
里見は思い返してみる。言われてみれば確かに、母はもう鬼籍の人だと明言したことはなかったかもしれない。でもわかるように言っていたような気がするけど?
岩槻がこめかみを揉みながら言い始める。
「前に、料理上手じゃなあ言うたら『小さい頃から姉たちに混ざって母親から教えてもらってて』って、お前は返した。これじゃあ現在進行形かと思うでぇ。他にも『母さんの蔵書の中に〜』『前に母さんから聞いた〜』とか言っとったし」
「そ、その表現だと…、勘違いされるよね…。ごめんなさい」
「ワザとやなかったんやな。ほんならええわ。紛らわしいことしおってからに、とは思うけど」
教えるか教えないかは自由だけど、親が亡くなってるってのはかなり重要な情報だって意識がなかったんか、と呆れられた。
再びごめん、と言いながら里見はバレないようにほっと息をついた。『魂の結びつき』について、とりあえず忌避感は抱かれなかったみたいだ。普通じゃないことはよくわかっているし、連鎖して瑛梨まで変な目で見られることになったら、という不安もあった。皆いいヤツらばかりで嬉しい。
というか別の部分で怒られたのが解せない。
「ところで身内に何人術師がいるんだ? 生きる伝説みたいなお姉さん2人とそのおじさんの、3人?」
「多いねえ!」
「あれ、上のお姉さんの夫君も国家術師だったはずでは?」
「そうだった。あき君ありがと」
「4人は多いって。やっぱ霊力の多さと血筋って関係あるのか?」
田島の疑問に、里見と坂本と晶燿の、入学前から術師について学んでいた組が順々に説明する。
「霊力が豊富な者が現れやすい血筋と貴種かどうかは関係ない、とされている。ただし、霊力の大小を決める因子は発見されてないんだよ」
「なのに明らかに術師向きの才能を持った人が多い家系というのがある」
「だから断定的に言ったら『じゃあ華族の○○家とか△△家とかは!?』難癖つけてくる人もいる。気をつけてね。
うちの場合は兄弟3人とおじさんだけ。家系、と言うほど続いていないよ」
「坂本家はその、血筋ゆうんに当てはまるな。俺、亡くなった両親、父方の祖父母、伯父伯母…。いーっぱいおるわ。ちなみに、おかんはそうやないトコロの出なんやけどな。…ん、そうやなあ。そういうんは家のハジマリになんかあったりするな」
坂本はそこでチラッと晶燿を見た。
「そうだねぇー。天皇家は天照大御神が祖にいて、僕らはその子孫という伝説がある。ふふっ、日本神話の最高神がご先祖さまだから、豪華だよね?」
くつくつ、と笑いながら晶燿が天孫降臨ついて語る。天照大御神の孫の瓊瓊杵尊が三種の神器を携えて、豊葦原瑞穂国を高天原のように素晴らしい国にするよう命じられて降ってきた、というこの国の神話だ。
「坂本家の由来についても、いつか教えてほしいな」
「そんなおもろいもんやないんで、また今度な」
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