第10話 変化の兆し

 あのミーティングから2日経った。

 来週にはインターハイの予選が始まる、そんな時期だが、少しチームの雰囲気が変わったように思う。原因はやっぱりあのミーティングだけど、いい意味で意識が変わり始めたように感じる。


 特にフォワード陣。考えるところがあったらしく、模擬戦では自分でシュートまで行くことが増えた。また、ボールを受け取るための動きや、自分の得意な場所で戦うようなチャレンジも増えたのだ。

 当然そうすると俺にボールが回ってくる回数は減る。だが、確実にチームとしての得点力は上がっている。ただでさえ俺は離れた場所からでもシュートが撃てるのだ。

 前線からのバックパスが少なくなったぐらいでは得点力が下がるほどではない。


「水瀬、良いところにいた。少しシュート練習に付き合ってくれないか。」


 模擬戦が終わったときに三年のST風上先輩に声をかけられた。サイド攻撃などからボールを受け取って二段目からゴールを狙うスタイルのフィニッシャーだ。


「もちろんよろこんで。今日はゴールが一つ空くはずなので、そっちでやりましょう。先に日課だけこなしてきますね。」


俺はいつもの日課を終えたあとゴール前に向かう。すでにパイロンを立ててシュート練習を始めていた。


「おうやっときたか。見てたけどとんでもない強度の日課だな。あれが体の強さの秘訣か?」


「これは小学校からずっとやっていますからね。体のバランスを保つのと、持久力を上げるためのトレーニングなのであながち間違いではないですね。

 それよりどんなメニューでやります?」


日課を見ていたらしい。ランニングと軽い筋トレ、体幹トレーニングはもう何年も続けているためきついとも思わない。やらないのがありえないレベルで不安になるからな。


風上先輩はパワータイプではなく、どちらかというと一瞬の瞬発力でディフェンダーの前に入ってシュートを流し込むタイプ。その先輩がシュート練習をしたいと言うんだからどんな方針で行くべきか少し悩む。


「ああ、俺もミドルシュートを撃てるようになろうと考えてな。今はペナルティエリアの中でゴールに流し込むくらいしか出来ないから、カンの良いディフェンダーがいる時とか、クロスが甘かったりすると打つ手がないんだよ。

 であればペナルティアーク付近から撃てるサブウェポンがあればいい感じにバラけるんじゃないかと思ってね。」


先輩はエリア内が混んでいるときや、強敵がいるときに使うサブウェポンとしてのシュート力を身に着けたいらしい。それなら俺の方向性とも合うし好都合、距離を長く取ったシュート練習から始めるか。


「ではアークからもう少し離れた位置から両サイドと中央の三箇所でシュートを撃ちますか。俺も良くする練習なので、お互い気がついたことを伝えやすいと思います。」


 ゴールから25mくらいの位置。サイドラインから10mくらいの両サイドと中央。

 ミドルというよりロングシュートと言ったほうがいい距離から撃つ練習をする。

 ゴールが小さい分本番ではもっと撃ちやすく感じるため、俺も最初はここぐらいからずっと練習をしていた。


「少し遠いな。だがここから枠に飛ばせればこれより前はどこでもシュートレンジってわけか。やってみよう」


 先輩が左サイドからゴールに向かってシュートを放つ。ボールはディフェンダーがいたならその頭をゆうに越す高さまで上がり、左へカーブを描いてポストの外に外れた。

 先輩は力がそこまで強くないため、ボールを擦り上げるようにしてカーブを描くシュートを撃つみたいだ。


「やっぱりここからだと枠に入らんな。しかも割と全力で撃ってもこの高さか。

 水瀬はどう思う?今ので枠に行ってたら入ってたと思うか?」


「コースは良かったと思いますが、この助走は本番は取れないので、球が低くなって弾かれるかもしれませんね」


 そう、今はフリーキックと同じようにボールを置いてから助走を取り、撃っているのでこの威力だが、本番はもちろんそんなに楽に撃てる場面はそうない。

 先輩の場合は特にここよりもゴールに近いため、トリックプレーでもなければ助走は短くなるのだ。そうなると威力が出ずにカーブだけかかった低空シュートになってしまう可能性がある。


「そうなんだよな。やっぱりパワーの問題か。

 水瀬のシュートはさ、いかに体が大きいからってあんな距離を直線軌道で飛ばすだろ?普通無理だと思うんだけど、どうやって撃ってんだ?」


「俺の場合は足を振り上げたときから、振り下ろしたときまでの体全体の反動を蹴る足に乗せて撃ってるんですよ。だからシュートを撃ったあとは体全体が宙に浮いて前に飛ぶのと、すぐに二発目は撃てない体勢になるんです。

 足の力だけだとどうしても距離が出ないので、そこをどうにかするための体のバネですね。」


「うーん、わかったようなわからんような・・・ 言葉ではアレでも実際出来るかは別だからなぁ。 一回撃ってみてくれないか。」


 先輩に促され助走に入る。少し短めの助走で、実戦と同じようなシチュエーション。

 ボールを軽くこついたあとに右足を振り上げ、撃つ。

 直線軌道で飛んでいったボールはディフェンダーの頭のラインスレスレでゴールへと飛び、左上ぎりぎりに決まった。


「いや本当に撃ったあと飛んでんのな。球ばっかみててそっち見てなかったから驚きだわ。よくそんなバランスで撃てるな。

 ちょっと真似して威力上げられないか試してみるわ。」


 反動を使ったシュートの撃ち方を真似してみることにしたらしい。


 ずっと風上先輩と練習していたが、他の場所でもそれぞれが独自の練習メニューをこなしている。少し前まではこんなに人がいなかったんだが、これも意識が変わり始めた影響なんだろうか。


 場所を変えて撃ったりしながらシュートの練習を続ける。

 来週の試合に向けて少しの期待感を持ちながらそんな事を考えていた。

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