90 隊商に迫る危険

 午後4時半。隊商との約束の時間が近づいたので占いを切り上げることになった。

 結局、あのあとお客さんは一人も来ず、二人でずっと他愛も無い雑談をして過ごした。

 私とサーシャさんは館に売上の3割――9エイダを支払うと、サウスホーヘンの占いの館を出た。


「それでは隊商に合流しましょう」

「はい! あっ……!」


 サーシャさんが小さく嗚咽を漏らして瞳を閉じた。


「サーシャさん。もしや神託が……?」

「はい。『隊商待て、危険』と出ました」


 サーシャさんは頭を振ると、「大丈夫……」と呟き、私の方を見た。


「行きましょう。セーヌさん」

「大丈夫なのですか?」

「はい。隊商の帰投を少し遅らせられないか交渉してみます」


 私達は隊商のもとへと向かった。


「なに? 占いで危険と出たからセーフガルドへの帰還を待って欲しいだって?」


 隊商主の男は露骨に嫌そうに私とサーシャさんを見た。


「その占いと言う奴は本当に信用できるのかい?」


 サーシャさんが太陽神の神託スキルを持っていることを告げていいのか悩んでいると、サーシャさんが「いえ、良いんです……」と言葉を発する。


「サーシャさん良いのですか?」

「はい。特級冒険者のセーヌさんがついているのですから、多少の危険など大したことがないでしょう?」


 そう私に微笑みかけるサーシャさん。


「そうだな……特級冒険者がいるんだから……!」


 隊商主の男も自分を安心させるように言い張る。

 私は「それは確かにそうですが……」と言葉を濁した。


「とにかく、遅くとも午後9時頃までにはセーフガルドへ戻れる予定なんだ。

 あんた達にはしっかり隊商を守って貰うぞ……! さぁ出発だ!!」


 隊商主の男がそう言い切り、私達は海産物がぎっしり詰まった馬車に乗り込むとサウスホーヘンを出た。


 馬車に揺られること30分ほど経った時のことだった。

 急に隊商の馬車が停止する。

 私は何事かと御者の隊商主の男に確認する。


「どうしましたか?」

「さぁな……おーいどうしたー?」


 隊商主の男が叫ぶと、すぐに「目の前に人がいて通れません!」という返事が先頭の馬車の御者から発せられた。


「なんだって?」

「どういう事でしょうか。私確認してきます」

「あぁ……」


 そうして馬車を降りると、サーシャさんが「セーヌさん気をつけて……!」と私の後を追ってくるようだ。

 太陽神の神託が言う危険が今この隊商に迫っているのかもしれない。

 私は大剣を手に持つと、先頭の馬車へ急いだ。


「どうしましたか?」


 先頭の馬車の御者に声をかける。


「ほら……あそこで集団でうろついている人達がいて……」


 見ると複数の人がうろうろと街道を塞ぐように彷徨いていた。


「なるほど……あれでは通れませんね……私が確認してきます」


 私は駆け足で彷徨いている人に背後から近づくと、声をかけた。


「もし、どうしたのでしょうか?」


 その次の瞬間だった。サーシャさんが雄叫びを上げる。


「セーヌさん! 気をつけてください!!

 その人達、なにかおかしい!」


 サーシャさんの雄叫びが届くと、私が声をかけていた人が振り返った。

 その顔は明らかに損壊し、到底生きている者の顔ではない。


「グール……!!」


 即座にバックステップで後退あとずさる私。

 そして同時に鑑定索敵を前方へ飛ばした。


 【グール】。

 【アンデッド族、男性】。

 【毒噛みつきB】、【ひっかきC】、【不死者B】、etc……。


 複数体のグールが私の鑑定索敵に引っかかる。


「皆さんグールの群れです! 決して馬車を降りないでください!!」


 私がそう叫び声を上げると、私と一緒に馬車を降りていた隊商主が「ひぃぃいぃ!」とうめき声を漏らして下がっていく。


 サーシャさんが私の隣に来て槍を構える。


「グール相手ですから攻撃を受けないように……。できますか? サーシャさん」

「はい……。頑張ってみます!」

「では、行きます!」


 私がそう言って先手を打つように切り込む。

 身体強化して放った大剣で豪快に頭を斬り飛ばすと、グールは倒れそれ以上は動かないようだった。


「サーシャさん頭を胴体から切り離しましょう!」

「はい……! でも私の膂力では……斬り飛ばすまで行かないかも知れません!」

「では馬車にこれ以上近づけないように牽制をお願いします」

「はい……!」


 幸いグールの動きは鈍かった。

 きっと発生して間もない低級アンデッドだからだろう。

 サーシャさんでも十分牽制の役目をこなせていた。

 これが即帝領のアンデッドであればこうは行かなかったに違いない。


 私が次々にグールの頭を斬り飛ばしていき、13体ほどのグールを蹴散らしたところで敵は打ち止めとなった。念のため周囲に鑑定索敵を飛ばすが、特別問題はない。


「どうやらグールの群れを討滅できたようです……」


 私がそうサーシャさんに言うと、「これが太陽神さまの言っていた危険……」とサーシャさんが唸った。


「確かにセーフガルドでグールの群れの調査依頼が出ていました……討伐の証としてグールの歯を集めましょう」

「うぇ……歯をですか?」


 サーシャさんが気持ち悪そうに顔を歪ませる。


「はい。確かそのように記載されていました。

 出来れば残ってさえいれば奥歯を……」


 私は切り飛ばした首を辿り、大剣で抉るようにして奥歯を回収していく。

 サーシャさんも私に習い、槍先で奥歯を抉り取る。

 そうして10分ほどすると、討伐の証として13本の奥歯を得ることが出来た。


 それから皆で馬車が通れるようにグールの遺体をどけると、ようやく馬車はセーフガルドへ向けて走り始めた。合計で1時間ほど時間を食ったことになる。


 そうしてセーフガルドへ無事私達の隊商は到着した。

 セーフガルドの中央広場に着いた頃には、中央広場の大時計が午後10時を示していた。


「今回はあんた達がいて助かったよ……これ依頼達成証だ」


 隊商主の男から依頼達成証を受け取り、私とサーシャさんは冒険者ギルドへと向かった。

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