31 即帝領へ
「つかぬことをお伺いするのですが……」
リエリーさんにそう切り出した私。
実際のところどうしても気になっているのだ。
「はい? どうしたんですかセーヌさん」
「リエリーさんは即帝領の探索に行ったことはありますか?」
「いいえ……中級冒険者からがダンジョン探索に向かうことができますが、
私はまだダンジョン探索はしたことがありませんね」
「そうですか……」
頼みの綱のリエリーさんがまだダンジョン探索未経験となると少し経験に乏しい。
私はどうしても即帝領へ行ってみたかった。
別に鍵を使わなければ入れないという新規領域に足を踏み入れたいというわけではない。
ただ冒険者として一度は探索に行っておきたいと思っていただけだ。
エルミナーゼさんを誘えれば話は別なのかも知れないが、いま彼女はここにいない。
私が逡巡していると、リエリーさんが言う。
「セーヌさん。もしかして即帝領へ探索に行きたいのですか?」
「はい……ですが未経験者二人となると……」
「いえ……それならば即帝領地表部へ行きませんか?」
「地表部ですか?」
「はい。それならばダンジョンではないし、強いモンスターも出現しませんから」
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です! 地表部だけで良いならば、私は既に経験がありますから!
出てくるのは稀にアンデッドのスケルトン程度です。
それも武器を持っていてもその辺りに落ちている木の棒ですから、
即帝領地表部ならば恐るるに足りません!」
「そうですか……それならば大丈夫そうですね……!
ではギルド業務は途中抜けさせて頂いて、早速向かいましょう!
暗くならないうちに!」
私はリエリーさんの押しに負け、即帝領地表部へと探索に行くことにした。
暗くなってからはアンデッドが強化されるなんてことは私でも知っている。
暗くならないうちに行くにこしたことはない。
∬
セーフガルドを出て徒歩1時間半。
「ここが即帝領です!」
辺りを見回せば、石造りの神殿のようなものが散見される。
その殆どに月の意匠が施されていて、即帝が月にこだわる人物であったことが窺えた。
「ちなみにあそこが最も初級の冒険者向けの遺跡入口です
――といっても中級冒険者からしか探索は許されていませんが」
「なるほど……」
リエリーさんが観光ガイドを買って出てくれている。
冗談交じりに「少し中へ入ってみましょうか?」と言われたが、
私は即座に首を横に振った。
そうして、即帝領地表部全体を歩き回っていると、数々の即帝時代の生活を感じられる遺跡部が目に入る。
「即帝時代にこのように生活排水路などが既に存在していたのですね……!」
「確かに……即帝時代にしては驚異的な技術発展に思えますね。
ですが、東からこの中央大陸の西方領域以外すべてを支配したという即帝ですから、
当時既に発展していたという魔族領を参考にしていると思われます」
「当時既に魔族領が……?」
「はい。私がこの間読んだ文献によれば、
魔族領が近年と同レベルの発展をしていたのはおよそ5000年前からですからね。
即帝時代はおよそ3000年前と言われていますから、その多くが魔族領を参考に作られたと思われます」
魔族領が5000年も前から今と同じように発展していたという事実に驚愕する。
日曜教室ではそこまで習っていなかった。
教わるのは古くから魔族が、我々人族を含めた多くの部族を支配しているという事実のみだ。それに抵抗しようと試みたのが即帝だったのだろうか?
「では即帝は魔族と戦っていたのですか?」
「いいえ……。セーヌさんこれは私の推測なのですが……それでも構いませんか?」
「はい。どうぞおっしゃってください」
「私の推測では、即帝は魔族と懇意な間柄にあったと推測しています」
「え!?」
私が驚くとリエリーさんは少し得意げになって左手の人差し指を回し始める。
「そうですよね。驚くのも無理はありません。
なにせ人族と魔族は争い合っているモノ。そのように教わりますから。
ですが先程から見ている遺跡にもあるように、即帝は月を信奉していました」
「それが何か関係が……?」
「月は魔族領で最も信奉されている女神ルーナを意味します。
ルーナを信奉していますよ。という証がそこら中で見受けられる即帝領では、魔族領と同様、月女神ルーナを信奉されていたと考えるのが自然なんです。
また即帝が愛したという女性も、月女神ルーナの加護を受けていると言われる夜闇の色――黒髪の乙女だったと言われています。
件の新領域の鍵を持ち込んだという女性も東方出身らしいですから、黒髪である可能性は高いでしょう。恐らくは即帝の愛妻の系譜なのではないでしょうか?」
黒髪の女性。
私が知っている黒髪の女性といえばミサオさんとリエリーさんの二人だ。
とはいうものの、リエリーさんは栗毛っぽい黒髪なので、ミサオさんのように漆黒の黒髪とは行かない。それが月女神ルーナの加護を受けた女性なのだというのも初めて知った。
ミサオさんがエアームーンシャークを見事釣り当てたのも、月女神の加護あっての事だったのかもしれない。
そんな事を考えていると、辺りが夕闇に染まり始めた。
「さぁそろそろ帰りましょうリエリーさん。アンデットが活性化する前に!」
「そうですね!」
夕焼けが本格化する前に、私達二人は即帝領地表部を後にした。
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