第7話
思いの外身体の回復が早かった。回復薬なるものを飲まされた時は、内心そんな都合のいいものがあるのかと思っていたが暫くして立ち上がれたし、意外と世の中知らないだけで便利なものはあるのだなと関心させられた。
とはいえ、身体よりも先ず声帯をどうにかして欲しかったのだが、そこは何となく歯痒い気持ち。
数日経たずして少しずつ声が出せるようになったから良かったものの、もう少しかかるようなら執筆してでもあの2人とコミュニケーションを取らざるおえなかった。
何故か修羅場になっていたあの雰囲気から暫くして、正式に2人から自己紹介があった。
黒髪美少女がカンザシ。赤い髪でもう少しで一線を超えられそうだった女性がルコアというらしい。ルコアは年齢が近そうだからタメ口でいいだろうか。カンザシは歳下のような印象だから甘やかす感じで接していこう。俺も喋れるようになったら自己紹介をするとしよう。
数日前から喉のリハビリが始まり、やっと昨日声を出せるようになったので、なんとかありがとうと感謝の想いを最初に伝える。その時2人は物凄い悶えていたけど何かあったのだろうか。まあ聞き取れないレベルでしか声を出せなかったのでそれに対する笑いを堪えるためだったのかもしれない。笑わせられてよかった。
そして今日、毎日飲んでいた回復薬のお陰もあってか、リハビリを予定していた日数を大幅に残す形でほぼ完治が見えた。
やはり今まで出来なかった事ができるようになると言うのは喜びで胸がいっぱいになる。閉鎖された空間に閉じこもっているよりも、俺は開放的な感じがしょうに合っている気がする。
「……あ、あら、んんっ。改めて、本当にありがとう。二人のおかけでなんとか喋られるようになった」
「……んんっ、大丈夫っ、よ。全然気にしてないわ」
「……えぇ、治ってよかった……です、ね」
見ず知らずの俺を気遣ってくれる当たり2人はかなり優しいのだなと、ここ数日で知った。俺が何処にいたのかはまあ自分でも分かっているが、どんな状態だったかは分からないので、もし色々と気遣ってくれているのだとすれば本当に有難い。
「……だいぶ体も良くなった。回復薬って凄いな。飲んだだけで傷が癒えていくんだから」
「……んふぁっ、と、当然よっ。私特製の回復薬だから、市販で売られているよりも治癒力は高い筈。……男性だからっていうのもあるけど、そんなに珍しいものでも無いと思うのだけれど?」
「いやいや、こんなの見た事ないって。塗り薬なら知ってるけど、あれ傷口に染みるから塗りたくないんだよな。……まあ、だから生傷が絶えないんだけど」
━━━━━ペロリッ。
「んぉおっ」
「んくっ」
俺が服の裾を持ち上げて腹部に出来た幾つもの傷を見せようとすると何故か2人は顔を逸らし、何処からか濁った声が聞こえてくる。
なんなのだろうか。
「……ま、まだ安静にしてた方がいいわよ。ほ、ほら、やっぱり酷い有様だったし、風邪がぶり返すかもっ。ね、ね?まだベッドの上にいた方がいいわよっ」
「そっ、そうっ。男の人は身体が弱いと聞く。ただの風邪でも死に瀕する可能性だっであるはずっ」
どれだけ貧弱なのだお二人さんの男像は。
いやまあ確かに、風邪が悪化して酷い有様になる時もあるが、だいたいそういう人って持病持ちの人が多いでしょ。持病無い人が起こりえないってわけじゃないけども。2人が変に話盛るから否定しずらいのだが。
「いやそこまでは大丈夫だと思うんだけど……。少し道草食い過ぎたから早く行かなきゃならないんでね」
行った所で、既に間に合うはずは無いが。
あの残虐性の象徴たる存在が、命乞い程度捕虜程度の認識で命を握るわけがない。握り潰しすり潰し。ゴミを捨てるように彼奴は立ち向かってくる相手を惨殺するだろう。……アイツらも、きっと……。
「……だ、大丈夫?やっぱりまだ気分が悪い?」
「……え、あ、ああ、いや……大丈夫大丈夫。ちょっとこれからの事が心配でね……」
表情に出てしまっていたのか、ルコアが顔を覗いてくる。きらりと光るエメラルドグリーンの瞳に不安げな表情を浮かべる俺が映った。……確かに、こんな表情ならば心配させてしまうのも無理ない。これだけ甲斐甲斐しく世話をしてくれたのだから、2人の優しさは理解しつつも、俺を気遣ってくれることは素直に嬉しい。
「……ずっと」
「……えっ?」
「……ずっとここに居てくれてもいいのよ?貴方が気持ちの整理が出来るまで、ここにいてくれても」
そっと、膝の上に置かれた手を握ってくるルコア。不安定な俺の心に感化されてか、彼女も不安げな表情を浮かべていた。
駄目だな、女性にこんな表情をさせてしまったのはいただけない。美人なら尚更だ。男として女性には笑顔でいて欲しいと願うのは当然で。
俺は気持ちを抑えつつ、不安を押しのけてルコアに微笑みかける。
「……本当に大丈夫。ありがとう、ルコアにそう言ってもらって心が軽くなったよ。すまない、ルコアにそんな表情をさせるつもりは無かったんだ。暗い表情じゃなくて、笑顔になってくれよ」
じっと、彼女の瞳を見つめる。曇りのない輝きのある瞳は、戸惑いの色を含みつつも俺を見逃さんと視界いっぱいに俺を映しこんでいる。
段々と、戸惑いから羞恥の色に変わり、表情も真っ赤に染まるぐらいには恥ずかしがっているルコアが出来上がった。
……そ、そんな表情されると俺も恥ずかしいのだが。カンザシちゃんは俺達のことを何が言いたげな視線を向けてくる。
「……あー、ごほんっ。でやっと喋れるから聞きたいんだど、ここって地図的にどの当たり?俺自分が何処にいるのか分からなくてさ」
空気を紛らわせるように俺は話題を変える。移動するにも場所把握は大切だ。手持ちに何が残っているか分からないが、場所が分かるもので位置を確認する事が初めに優先される。
陸続きとはいえ、世界は広大だ。よく地図なんてものを作ったと昔の人に感謝を送りたい。数万、数百万と日常的には使わないであろう単位の距離を誇る本土の地図を正確に記した東洋の偉人は正に冒険家。彼の跡を継ぐ人間は数あれど、彼のような行動力のある人間はそうそう現れないだろう。
そういう行動力のある人がいたからか、結果的に今や何処にでも地図というものは存在するようになったわけで。ひと目で自分の場所が分かるというのは素晴らしいな。
ルコアはそれもそうねと顔を真っ赤にしながら引き出しを開けて筒状に仕舞われた紙のようなものを取り出した。
紐で括られたそれを広げると、これまた文字や色がくすんだ地図だった。かなり古めだが、紙もなんだか古……歴史のある感じだな。
しかし、広げられた地図に載っていたそれは、俺の知る大陸とは全く違うものであった。
「……えーと、これは?」
「地図があって良かったわ。丁度この前入手しておいたの」
なんだか引っかかるフレーズだが、まあ置いておこう。まずはこの地図?本当に俺の知っている地図?なのかどうか聞かなくては。
「あー、これは何処の地図?ここら周辺の?出来れば大陸全土が見渡せるような地図の方がいいんだけど」
市町村といったここら周辺だけの地図かもしれない。俺はそう思って聞いてみた。しかしルコアは何を言っているのかと首を傾げ、不思議そうに言うのだった。
「━━━━━何言ってるの?これがこの東の大陸の地図よ?」
はい?東の大陸?
俺はその場で固まってしまった。
……あ、頭の中が一瞬真っ白になった。聞きなれないフレーズがいっぱい飛んできて思考がオーバーロードしてしまった様だ。
東の大陸、なんてフレーズ聞いた事が無いのだが。こちらで言うところの極東という事だろうか。つまりここは極東の島国の一つ?確か極東の島国は鎖国状態で、たまたま出会った極東出身の方に話を聞いたところ、島国だけで世界が完結しているらしく、子供達は島国以外の世界を知らないという。彼女も漂流という形で大陸に来たようだが、初めて外の世界があって驚いたという。
内装的には大陸文化と対して変わりないが、極東文化は独特であるという。趣があり、木造建築が主となる建築技術で平屋が多いとか。この部屋は木造建築のようには見えないが、外から見れば木造建築なのだろうか。
「……あー、すまないが東の大陸?という単語に聞き覚えがないのだが。他に呼び方が無いだろうか」
確か極東の島国の名前はジャンポンとか言った気がする。いや、昔聞いたことがあるから朧気なのだが。
しかし、ルコアとカンザシは俺の言葉に訝しげに首を傾げるだけだった。何を言っているんだという顔をしている。
「……ええっと、ご、ごめんなさい。私達もその呼び方しか知らないの。貴方はなんて呼んでいるの?」
「俺はここを極東の島国、名前は確かジャンポン……」
「……ジャ、ジャンポン?聞いたことがないわ。ここは島国じゃないわよ。ここは大きな大陸の南辺り。ウルハーデン貴族一派が統治している土地よ」
?????
余計に分からなくなった。ど、どういう事だ?多分初めての土地とは言え、ここまで聞いた事のないフレーズは無いぞ。
大きな大陸と言えば俺は1つしか思い浮かばないし、この世界には大きな大陸と言えば1つしか有り得ない。生きとし生けるもの全てが住む大陸アトラント。それが俺達の故郷であり憎むべき場所である。
南の方と言えば気温が高い国々しか無いはずだが。この部屋は平熱のような気がする。あえて温度を低くしようという工夫が見れないのだから、それは絶対ありえないはずなんだ。
……マジかと、俺は今途方も無い道を前に絶望している気分だ。
整理しようにも、何が何だか分からないため纏めずらい。思考を放棄しようにも俺にはしり込みしている時間は無い。
さてどうする。全く知らない単語や地名。何故ここまで俺の知識とズレているのか。どちらかの一般常識が通用していないと言えばいいだろうか。
なんだか、お互いに当たり前の事を言っているというのが引っかかる。何故ここまで言い切れるのか。いや俺もそうだけど、それは間違いじゃないから言い切れるわけで。
……ん?ちょっと待って。気になる事がある。
「……なぁ、俺って何処の場所に倒れていた?」
「場所?……えっと、あ、ここよ。この森あたり」
地図上に刺された場所は、全く俺の知らない場所。逃げたとは言え、あの辺の場所の土地勘はあった。地図でも何度も見た事あるし、通った事もある。
だが、この地図上の場所は記憶にない。俺の記憶だと、俺が倒れているはずの場所には崖がある筈なんだ。
しかしここには無い。つまり……。
「……本当に、この地図しかない?」
「……え、ええ。地図を持っている人は多分この地図しか持っていないわ」
「私も地図は初めて見たけど、これだけだと思う」
2人の返答が疑いのあった考察をより強くする。あくまでこれは仮説であり、それが本当なのか分からない。そこに住む人々の常識等もあって同じものを見ていても違う観点で語るなんてザラにある。
だからこれは俺の考察で、どうしようもない仮定で、手の付けようがない答えの1つ。
「……まさかこれ、転移魔法?別次元への?」
俺の世界で禁忌の一つとされる古代魔法、転移。
俺の頭では、それしかないという絶対的な自信と、最悪だという絶望感が脳の思考を支配していた。
「……うっそだろおい、最悪じゃねぇか……」
転移魔法は、本来マークした場所に行き来する魔法だ。しかし、マークをあえて付けず転移するとランダムで転移することが出来る。
これを悪用してマークした部屋に幼い子供を転移させて売春行為や人身売買をしたり、マークをつけず無理やり転移させて行方不明者を何万人と作った為に禁忌の一つとなった。
マークをした状態で発動者は自分か他の何かを転移させることが出来る。しかし、マークをしていない状態で転移しようとすると、発動者は転移に失敗するが、他の何かは転移する。
両者とも、発動者以外で元の転移場所に戻る術は走って戻るだけ。
俺の場合、恐らくランダム転移で別次元に飛ばされたという可能性が高い。
よって、今の俺には。
「……これからどーすんべ」
元の世界に帰る術がないという事だ。
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