第3話
━━━━━行けっ、○○ッ!!ここはまだ俺が……っ。
待てよ……おい………っ。
━━━━━……お願いします、○○様。どうか……、どうか生きて………。
待ってくれ……っ。
━━━━━……ばぁか、誰が……あんたの為に……、死ぬかってぇ………の………。
嫌だ………っ、こんなはずじゃ………っ。
━━━━━死ね○○ッ!!てめぇの血反吐ぉっ、町中にばらまいてやるよぉッ!!
巫山戯るな……っ、こんな………なんでこんな………っ。
━━━━━……逃げろ。……行けっ。もう、何も……お前を縛るものはない………っ。
……あぁ、あぁあ………っ。
「『━━━━━生きて』」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ━━━━━ッ!!!!!!!
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
最悪の目覚めというのはこういう事なのだろうと、まさにしっくりくる言葉が見つかってある意味気分はいい。
しかしながらどうにも、だからといって満足したところでこの嫌悪感を払拭出来るかと問われれば否と答える。
息が上がっているのはきっと夢見が悪かったからで、汗をかいているのは冷や汗。恐怖し怯えていたのだ。
何にそう感じていたのかは分からないが、兎に角俺は最悪の目覚めをしたという事だけは理解出来た。
最初に目に入ったのは、見慣れない天井。と言うより、何故俺は天井がある場所にいるのかという疑問が浮かんだ。
確か俺は森の中でひたすらにさまよっていたはず。命がながら逃げ出し、負傷を負った身体に鞭を打って歩き続けていたはずだが……。
体を起こしてみる。パキパキと長い間体を動かしていなかった様で関節が軋み、全身がわけのわからない痛みで顔を顰める。ゆっくりと体を起こし、周りを軽く見渡す。
どうやらこの部屋は病室らしき場所であると理解出来た。今着ている服は記憶がある時まで着ていた服では無く、サイズが合っていない簡素な患者衣を着せられている。すぐ隣に治療用の道具が置かれた台座や、戸棚からしまい忘れたのかうまくしまえなかったのか包帯が乱雑に転がっているので、前にも似たような事があったなと病室での思い出が蘇ってきた為、病室のような場所ではないかと思ったのだが。
真新しい感じはするが、しかしこんなにも広い部屋でベッドが一つだけというのは些か疑問ではある。
変にスペースが空いているし、扉がベッドの丁度足を向いていたすぐ側の壁にある為、かなり間取りが狭まっている。
さて。起き上がっては見たものの、やはりと言うか力がうまく入らない。と言うのも、自己分析で今の自分の状況を確認したが、どうやら多少なりと身体弱体化状態にあるらしい。
らしいというのは、負傷して傷が癒えていない故なのか、それとも他の要因があるからか分からないからだ。両者共心当たりがある為、時間が解決してくれるか解除されるのを待つかの二択しかないのだが、少し困った事が起きている。
俺は普段から傷は絶えなかったし、命の危機にも何回も瀕していた。しかし何れとしても身体が弱ることは皆無に等しかったと思うコンディションであったし、療養明けも多少の違和感があれど気にする事など無かった。
しかし今はどうか。力の入れ方にムラがあるし、……なんと言ったらいいのだろうか、力が衰えているとしかいいようがないのだが。言ってしまえばそう、器に水をヒタヒタに入れていたのに、いつの間にか八割程度まで水嵩が減っているような感じだ。
一体何が起こっているのか、そんな疑問を抱きつつ誰か呼ぼうと声を出そうとするが。
「……かひゅ……っ、がっ、ご………っ」
喉が掠れて声が出ない。思えば、全身の痛みで分からなかったが喉もズキズキッと痛みを伴っていた。
傷がついているわけでは無さそうだが、回復には時間がかかるだろう。声が出ないというのは声を出せなかった状況下よりもかなり辛い現状だ。
こう思うと、俺の状態はかなりまずい状況にある。
身体共に正常では無いし、力も衰えている。回復手段が無い以上下手に襲撃にあった場合、数人なら兎も角、一個大隊程の人数は制圧出来ないだろう。
……いや、そもそも俺にはもうそんな力すら無いのかもしれない。あの時、力を絞り出して《あの子達》を守って俺の命運は尽きた。最早もう、俺はただの鉄くずだ。刀の錆にも抗えない風化する存在なのだ。
後悔はある。もっと根本的な所を辿ればやり直しなど、幾らでも出来たはずなのに。
よそう。せめてこの生き延びた命。彼女達の思い出を忘れないよう、思いを繋ぎ止め無ければ。
「━━━━━失礼……しまーす」
俺が決意を固めた瞬間、ゆっくりと扉が開いた。《かなり前から》扉の前で存在を探知していたが、敵意が無かった為驚異では無いと判断していた。実力はそこそこだが、かなり戸惑っているというかなんと言うか。
兎も角、入ってきたのは扉の前に居た者だろうと、俺は完全に警戒を解いていた。警戒した所で、例え刃物を向けられても抵抗しないが。
扉を開け、中に入ってきたのは凛々しい印象がある少女だった。可愛らしいと美しいを重ね合わせたような女性としては高飛車になれる程の容姿だ。
長い黒髪を後頭部あたりで束ね、仲間の少女が来ていた神子の衣装に類似した衣装に身を包み、腰には大小長さの違う二刀が左腰付近にぶら下げらていた。
恐らく剣士、抜刀師か。その歳で抜刀師を名乗れるほどの技量には見えないが、彼女の動きが何処と無くすり足で、右腕が左腕よりも関節が靱やかだ。東洋で見た抜刀師、抜刀術を使う達人に稽古をつけてもらった際に見た師範と同じ身体の動かし方をしている。どちらかと言えば、彼女の方は模造に近い。癖でそうなっている様に見えるのだが、師範のような自然と形になっている訳では無い様だ。兎も角、そう思わせるような動きをする彼女に少し目を張ってしまった。
少し長い前髪から覗く少し吊り上がった赤い瞳と視線が交差する。その瞳に映るのは俺の姿だが、何処と無く恐怖の色が見える。俺の何に怖がっているのか分からないが、兎も角目を覚まして初めての人との対面だ。まずは水を貰おう。
「……う、うぃ……ういず…………っ 」
上手く発声出来ない。唾も飲めない状況で、彼女に言葉を伝えるのは難しい。ジェスチャーで伝えようにも、身体が痛いのでそんなに素早く動かせない。
なんとか近付いて意図を読み取って貰おうと手を伸ばす。
彼女はそんな俺の姿を見て、ペタンと何故か尻もち付いて座り込んでしまった。
何故だ。一体何が起こっているんだ。
「………あ、あああっ、す……すまないっ。ゆ、赦してくれ………」
一体なんの謝罪なのだろうか。若干涙目で赦しを求う彼女の異常な行動に、上手く働かない頭を懸命に使って考えようとするも全く理解出来なかった。
「……つ、つい出来心だったんだ……っ。わ、私のような醜い人間が……、あ、貴方のような方と身体を密着していられる時間なんて皆無に等しい……っ。貴方が私の事を気持ち悪がっている事もわかっている……っ。出て行けと言われれば出て行くし……っ、殴らせろと言われれば好きなだけ殴ってもいい……。だがどうか……、どうかっ、貴方に向けるこの愛だけは捨てさせないでほしい……っ。私は、あああ貴方をあああいしていますっ、だからどうかっ、何卒っ、私に貴方を愛する権利を下さいっ!!」
…………はぁ?
一体、何を言っているのか。ちんぷんかんぷんだ。
えっと、何?醜い?誰が?愛していいですかとは一体?俺は告白されたのか?一目惚れは嬉しいのだがもう少しお互いの事を知ってからもう一度発言して欲しい。
いやしかし、突然愛していいですかとは。確かに仲間達の中では俺に好意を明らかに寄せている子達がいたのは分かっていたが、お互いに旅が終わってからと言い聞かせていた。……まぁ、そんなあの子達は帰らぬ人となったが。
面と向かっていざ愛しているなんて言われれば嬉しい事限りないのだが。今の俺は肯定も否定もできない状況である。まずは水をだね。
「へ、返事はいいっ。どうせ決まっている……。だからこれは私が勝手にする事なのだ。貴方を愛します。私の事は愛さなくていい。だからどうかっ、私の事を認知していて欲しい………っ」
そう言って彼女は飛び出していってしまった。
えっ?
いや、えっ?
……はぁ?どういう事なのだろうか?全く意味が分からない。
勝手に喋って勝手に出てったぞ彼女。
一体何をしに来たのだろうか。今俺が起きてないとでも思って面と向かって愛していいですかと聞いてきたのだろうか。あの格好からして医者や看護師では無さそうだが、知り合いであんな子はいなかったし初対面のはずだが。
まあ初対面だから一目惚れされて告白紛いのことをしてきたのだとは思うが、彼女……完全に一人相撲だったぞ。
一体今の対面はなんだったのかと思いながら、俺は喉をゆっくり摩って身体を寝かす。
水が飲めるのは、まだ当分先のようだな。
俺はもう一度、眠りについた。願わくば、次起きたら目の前に水がありますようにと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます