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ウェアベル川を越え、ラルートの街を抜ける。瑠依達が街に入ってきた門から丁度街の反対側にファレーズ家の屋敷はあった。二階建ての石造りの建物は堅牢で質実剛健といった佇まいだが、中に入ると見違えるように豪華な雰囲気に変わる。高そうな花瓶に凄そうな絵画。芸術に疎く、文化的にも違うであろう瑠依でさえ、その高価そうな物達に息を飲んだ。
客室だと案内された部屋で
「ほう……。それでは村に来ていた盗賊を捕まえたのはお嬢さんだと! その華奢な身体で、大男を倒すなど、とても勇敢だ! それに盗賊の手口まで見抜き、盗賊対策までされるとは、いやはや素晴らしい」
「はい、まあ、たまたまというのが強いですし……」
美味しい食事の間、ルラーク村での盗賊騒ぎについて聞かれた。酒も入ってより気が大きくなっているのか、ジスランの調子は良い。使用人の手により可愛らしいワンピースを着させてもらった瑠依は、曖昧に頷く。
この場にはジスランや瑠依達のほかに、ジスランの妻セリーヌと二人の子供達がいた。身体が弱いというセリーヌと利発そうな長男のアランは控えめに話に参加し、父に似たらしい次男のジャンは父に負けじと活発に質問してくる。特に剣士であるアゼルのことが気になるらしく、盗賊退治というよりは剣の話を二人で楽しそうにしていた。
「――実は、貴方方に頼みたいことがあるのです」
晩餐のデザートまで終わり、ジャンがアゼルに剣の稽古してもらう約束をして子供達は自室へと下がっていった。そして歓談のお酒が配られた後、ジスランがおもむろに口を開いた。
その言葉に瑠依もリヴィウスにアゼルも乾いた笑いを貼り付ける。この屋敷へ招かれた本題がやっと聞けるらしい。
「あなた、まさか……」
セリーヌが驚いたように夫へと声をかけた。どうやらこれは、主人の独断の頼みのようだ。
瑠依は嫌な予感の表情が出ないように、より笑顔を貼り付けた。
「受けるか受けないかは内容によるな。こちらも目的あっての移動中で、仲間と合流して次の輸送船には乗りたい。明後日、いや明日中には終わり、怪我を負うような荒事も発生しないような物ぐらいしか無理だ」
一介の旅人しては、領主に対し不遜な態度であるが、ジスランは気にしていない。むしろ言質が取れたというように大仰に頷いた。
「それなら問題ありません! 神殿のちょっとした確認をしていただきたいのです。記録によれば、ただの神官でも半日ほどで回れる広さですので、旅慣れ、盗賊討伐もできるような皆さんであればすぐに終わるでしょう」
「……それは〈水ノ神殿〉でしょうか。
ラトル湖に立つ〈水ノ神殿〉は領主であるファレーズ家が管理していると、先ほどの食事の中でも話が出ていた。この屋敷へ続く道を更に進めば、〈水ノ神殿〉の元へと繋がっているらしい。
ジスランはリヴィウスの質問に頷いた。
「でもそこって、神官やこちらの家の方以外立ち入り禁止なんですよね? 神聖な場所とのことですし」
「ただの古いしきたりなだけですよ。実はあそこをこのラルートの観光場所の一つにしようと計画しておりまして、まあ、その事前調査をしていただきたく」
「……何も関係の無い旅のお方に頼むものでしょうか。そもそもわたくしは……ッ」
セリーヌは声を荒げようとしたが、運悪く激しく咳き込んだ。セリーヌの顔色は悪くなる。家人達が介抱する中、心配顔のジスランは彼女に部屋へ戻って休むように伝えた。セリーヌ自身もこの場にはいられないと思ったのか、瑠依達に先に辞すことを詫びながら食堂を去って行った。
「……本当に部外者が立ち入って良いと」
「ええ、もちろん。
ジスランには「止める」という考えはなさそうで、〈水ノ神殿〉観光地化のメリットを説く。湖港ラルートは物流拠点ではあるが、物の受け渡しだけで、人の流れはそう多くない。そこで〈水ノ神殿〉があり、そこに奉られている精霊の加護を受けた清涼な地として、人も呼び込みたいらしい。
「輸送船組合の会長など、街の有力者にもすでに〈水ノ神殿〉の中を案内してはおります。ただ少し放置されていた期間がありまして、奥の実際に精霊様が御座すという祭壇までは、まだ確認できていないのです」
「そちらと道中の確認を」と言ってジスランは頼み事を言い切った。
アゼルとリヴィウスが視線で会話する。数秒で話はまとまったようで、リヴィウスが瑠依に方向性を説明してくれた。瑠依としては二人が決めたことであるのなら特に異論がないため頷けば、アゼルがジスランに対してこちらの条件を出した。
「危険な箇所、手に負えない事項があればすぐに手を引くし、その後街内やご家族内で何かあってもこちらは責任を負わない。それで良いのなら、明日、日が暮れるまでは対応しよう」
齟齬のないよう契約書も作成され、夜は更けていった。
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