4
ガラガラガラとガラス戸が開く音が聞こえた。
「チッ、阿呆みたいだな」
「藤森、自室から出てきました!」
坂岡の怒鳴り声を横に瑠依は警察無線に報告した。藤森の母親らしき女性と話していた捜査員の声がいったん途切れる。
すでに窓下の捜査員達は動いている。
しかしそれよりも早く、藤森は一階の屋根伝いに隣のアパートの玄関庇へと移り、そこから路地に向かって飛び降りた。そこが窓下の捜査員や瑠依達から少し離れた安全地帯だと思ったのだろう。
だが二階より低いとはいえ、飛び降りた時の衝撃はある。さらにこの路地は目の前が他のアパートや住宅が建っており、どちらかの捜査員がいる方向にしか逃げられない。藤森がうろたえている間にどちらかの捜査員が確保できる、と本部にいた誰もが考えていた。
だが、その衝撃はなかった。藤森はまるで階段を一段下りた時のような気軽さで地面に降り立つと、今度はそのまま前の建物へと突っ込んでいった。
「はあ!?」
藤森が消えた場所から見るとそこは、家と家の間にある隙間だった。その先は都営公園だ。一応柵はあるが、藤森は近くにあったゴミ箱を足場にそれをよじ登っていた。
「瑠依、お前が行け。ここん中じゃお前が一番身軽だ。おい、篠崎と春日、お
『おい坂岡、勝手にしき――』
「るっせぇ、こっちの方が早ぇんだよ!!」
車で待機している千葉管理官の言葉をねじ伏せ、坂岡はそれぞれに目配りした。
窓下の捜査員──篠崎と春日はそれが妥当と思ったのか踵を返して路地通りに公園へと駆け出した。
「ここ、一般の方の家じゃ」
「逃がさねぇのが一番だろ!」
目まぐるしい状況の変化の中で平常心を保とうとしたのか変なことを口走った瑠依に坂岡が怒鳴る。
その激に目的が定まった瑠依は頷くと、篠崎らとは違う公園の出口へと向かう坂岡と分かれ、藤森の後を追った。
家同士の間はかなり狭い。よく抜けられたものだと、藤森の後を追う瑠依は思った。
瑠依が柵の前まで来ると、藤森はすでにそれを越え、公園内を駆け始めたところだった。
逃がすわけにはいかない。
坂岡の言葉が反芻される。
抜け道を見逃していたことは失態だ。
これ以上藤森の好きにさせることは出来ない。
藤森と同じようにゴミ箱を足場に足場に柵を駆け上った瑠依は、その勢いのまま公園の方へ跳躍した。
茂った草が衝撃を減らす。藤森ほどではないが、ロスタイムは少ない。
「左、坂岡さんの方です!」
この公園は大きな池を中心に全方向へ流れる川がある。所々橋も架かっているので池の周りを行かなくても反対側へは渡れるが、この位置は一度左右どちらかに進まないと橋がない。
無線で藤森の位置を伝えながら瑠依は走った。藤森はなりふり構っていられないのか、公園の歩道を歩いていた子供を腕で振り払い道を空けさせた。
「あいつッ!」
瑠依はそこまで来ると茂みに倒れ込んだ男の子を引き上げた。男の子はびっくりしたようで、まん丸の目をさらに丸くしながら走り去っていく。あとで怪我がないか確認しに行かなきゃだなと思いつつ、瑠依は再度走り出した。
相手は男で瑠依は女だが、抜け道を探している藤森に対して日頃から鍛え、標的を定めた瑠依の方が勝ったようだ。
向こうへ渡る橋の近く、瑠依は藤森の背中を捉えた。一層脚に力を込め藤森に飛びかかった瑠依は、確実に彼の腕と肩を捕まえ、地面へと押しつけた。
目の端に人の姿を見る。
「七時六分、藤森確保――」
坂岡かと思い藤森への力を込めたまま顔を上げた瑠依は、異様な光景を目にした。
光が交差する。
それが地面から発せられる繊細な円形レースじみた模様だと思った瞬間、ぐるりと地面が回った。
「おいッ、る──────」
「こっちはいいや」
間延びする坂岡の呼び声に反応できないまま、瑠依は頭に衝撃を受け気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます