第7話 狂気の勇者


モニターには侵入者1の文字と、無言で魔物を倒す男──雄二の姿があった。


「どうしたんだ? あの結奈とかいう魔法使いは。それに……」


 俺は何か平穏じゃない雄二の雰囲気を感じ取っていた。


「魔物を、殺してる?」


 レベル上げのためだろうか。昨日よりも気持ち痩せほそった雄二は1部屋目で行き止まりにもいき、前回俺の宝箱から入手した棍棒でスケルトンを虐殺している。

 だが、それだけにとどまらず出口へたどり着いた雄二は再び1部屋目に戻っていき、俺がもう配置し終えた魔物を探し、殺していく。


「……どういうことでしょう。もう1人も見当たりませんし……」


 ガイドも俺と同じ疑問を抱いている。こいつは何をしてるんだ?と。


 とりあえずDPが無駄かと思ってリスポーンを遅くしてみると、雄二はしばらく回った後2部屋目に突入した。


 今まで1人でも余裕であろうこのダンジョンに仲睦まじく2人で来てくれていたからなんとか経営を回せていたというのに、1人で、それもレベル上げとして魔物を探して殺されるとDPが赤字になってしまう。


「……仕方ないから今回はもう帰ってもらうか。」


 俺は1部屋目と2部屋目の魔物の再配置をやめ、モニターを監視する。


 ──これで帰るはずだ。


 俺はそう思った。

 だが、雄二は予想以上に切羽詰まっているらしい。


 一度深呼吸をすると、3部屋目の中に1人で入っていった。


「──正気か、こいつ!?」


 あの数のスケルトンを見て、向かっていくのか!?

 いくらワンパンとはいえ、疲れないわけではない。


「……何やら、訳がありそうですね。女がいないことも含めて。」


『わあ! 僕だったら、あんなの見たらもう突っ込まないのに勇気あるなぁ』


 待機命令をしておいたガルーダチキンが3部屋目に1人で突っ込んだのを見て、雄二を褒める。


 雄二は現れた数百のスケルトンを正面から潰していく。


 棍棒を一振りするだけで、数体のスケルトンが薙ぎ払われる。


 まずい! このまま配下を失うと破産する!


「ガルーダ! 迎え撃つぞ! 準備しろ!」


『ええ!? 怖いよお…………で、でも、仲間が死ぬのは嫌だ!』

 

 ガルーダはビビリだが、俗に言ういい子だ。

 ガルーダが勇ましく(?)コアルームから飛び出していく。


 俺もその背を追おうとする……が。


 だが、あと一歩のところでコアルームから出られない。


(どうしてだ? ガルーダで一回外にまで出たじゃないか。)


 俺の足は震えていた。俺はここから出たことがない。

 コアルームの出口は真っ暗だ。この転移した先で……俺の配下を簡単に殺せる奴がいる。


 俺に戦闘スキルはない。

 

(ここから出て……追い返せなかったらどうする?)

 

 今の雄二は何かに取り憑かれたように魔物を狩っている。

 恐らくガルーダにも挑むだろう。


 そんな奴を、【威圧】で追い返せるのか? 【隷属】させられるのか?


 そんなことを考えると、一歩が踏み出せない。


(こうしている間にも俺の配下は身代わりになってるんだぞ。動けよ……動け、動けえええええええ!)


 その時。


 この一歩を踏み出せないでいる俺に、なんでもないかのような、軽い声がかけられた。


「マスター」


「! ……ガイド?」


 ガイドは、俺に向かって一言、


「……いってらっしゃいませ」



 そう、軽く伝えた。


 


 

 ────この前ガイドが言っていた言葉を思い出す。


「我々コアガイドは、神が作ったもの。魔王をサポートするための“システム”です。」


 ガイドは、自分たちは唯の作られた存在だと言った。

 だから、色々な形で魔王を元気づけたり励ましたりするのは、義務であるからだと。


 でも、俺には理解出来なかった。


 俺のガイドは絶対に感情を持っている。

 、唯の気のせいだとガイドは言うが、そうは思えない。


 きっと俺のガイドは特別だ。


 何かの原因によって神の管轄を離れたんじゃないか?


 俺とこのガイドは、初期の頃から少し心が通じていた。

 何故か、名前をあげたいと思った。


 その理由を知るのはかなり先のこととなるのだが、思えば最初から、決まっていたのかもしれない。





ガイドの言葉を聞いて、俺は覚悟が決まった。


「……行ってくる」


 その一言は、俺に一歩を踏み出させるには十分だった。


=====


「っふう……おい!」


 俺は3部屋目に転移して、ガルーダと戦う雄二に声をかける。


 スケルトンは無駄死にさせないために、転送をストップさせたいところだが、敵が近くにいるためダンジョンをいじることができない。

 だから、俺は魔法陣に立つ。


 魔王にトラップは作動しない。


 俺が上に乗ることで、一時的に魔法陣を止めた。

残ったスケルトンを回収するが……


(何匹減った──!)


 数を確認しようとした時、雄二がこちらに踏み込んできた。


 一瞬で、5メートル以上あった距離が詰められる。


(速いっ!!)


 当然のことながら人間も魔物も倒してない俺はダンジョンレベル、自分のレベルが共に1だ。それに対して雄二は確かレベル3……いや、他のダンジョンも行ってるようだからもっとか?


 普通には勝てない。


 が────


「グルウウウウウッ!!」


「がっ!」


 こっちにはガルーダがいる。

 ガルーダは×なしの、Fランクだ。それにネームド化してEランク相当となっている。


 そんなガルーダが空を飛んでいる。


 近接職にはキツイだろう。


 雄二はどんどん体に傷を増やしていっている。

 だが、そのどれもがかすり傷だ。

 中々仕留めきれない。


 ガルーダは、俺を背に隠すようにして、雄二に威嚇をする。


「……おいおい、魔王が来てやったのに挨拶も無しか?」


 俺は雄二に語りかける。

 もし仲間に出来れば良い戦力になるだろうからな。


「……お前が、魔王なのか?」


「如何にも。人間に見えるか? そうだろうな。俺たちも元は人げ────」


「……を、……して、……は」


「あ?」


 雄二が俺の言葉を遮って何か呟いた。

 俺が聞き直すと、今度はハッキリと叫ぶ。


「魔王をっ、お前を殺してっ、俺は強くなるッッ!!」


「……!?」


 こちらを見る雄二の目は、モニター越しにみた頼りなさげで、でも強い意思を持っていた目とは違った。


 それとは反対の……


 狂気に満ちた眼だった。


「ガルーダ!!」


 俺は咄嗟にガルーダの名を呼ぶ。

 刹那。

 

 ガードしたガルーダの脚が雄二の持つのが見えた。


「グルウウウ!!」


 ガルーダが悲痛な叫びをあげる。


 馬鹿な……ガルーダはEランクだぞ?

 俺は、自分の配下が余りにも弱すぎて、感覚がおかしいらしい。


 Eランクというのはファンタジーで定番のゴブリンと同じランクだ。他のダンジョンには大抵最初の方にいる。

 飛んでいるから強いものの、まともにかち合えば結果はこの通りなのである。


「ガルーダッッ!!」


 俺はガルーダに声をかけるが、その声に被せるようにして雄二が叫ぶ。


「よそ見とは余裕かっ! 魔王!」


「なっ!」


 雄二はガルーダを通り抜けて俺に肉薄する。

 雄二が振り上げた棍棒にが纏われた。


(これを喰らったら……まずいっ!!)


 振り下ろさた棍棒に、持っているブロンズソードでガードする。


 ガキンッ!!


 とても棍棒と剣のぶつかり合いとは思えない硬い音がする。


(はあっ!? その棍棒は5DPだぞ!? 木製で、銅でできた剣にどうやったらこんな音が出んだよ!?)


 4倍のDPの差があるのにも関わらず、俺は押され気味になる。

 ガードは何とか間に合ったが……剣がギシギシと軋んでいる。


(もうなりふり構ってられねえ! ガルーダ!!)


 俺は受け流すようにして雄二の体と棍棒を横にずらす。


 ドガンッ!


 衝撃音と共に床が震える。


 そして、隙を晒した雄二にガルーダがスキルを発動する。


「グルウウウ!!」『喰らえっ“吹き飛ばし”!!』


 吹き飛ばし。ネームド化したときに覚えた、強制的にダンジョンの壁まで敵を吹っ飛ばすスキルだ。

 激しく雄二は吹き飛んでいき、横の壁に叩きつけられる。


 だが、このスキルは敵の体力を全く減らせない。

 そして、クールタイムは24時間だ。


 相変わらずの不遇さにため息を禁じ得ないが……おかげで助かった。


 故に、この一回で決める……!


 俺は壁にぶつかって崩れ落ちた雄二に向かってブロンズソードを振り上げる。


「このっ……喰らえッッ!」


 そして首を目掛けて、振り下ろす────

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