Born・Again・Neighbor ~ボーン・アゲイン・ネイバー~

穢土木 稿書〈えどき こうかく〉

第0章 処刑人ヴァン

第1話 処刑人ヴァン

異界人いかいじん

  ―――数百年前、どこからともなくこの世界に降り立ち

環境から価値感まで何もかもを滅茶苦茶に破壊した種族。

黒い髪に黒い瞳 若くして不老 そして…

この世のことわりを歪める人知を超えた異能を持つ。


 危機感を覚えた諸国は国を超え、言語を超え、

有史以来初の巨大な共同体を発足した。

それが『異界人対策機関』通称『銀の教会』。


 かつて戦士達は白銀しろがねの神より恩寵おんちょうたまわった銀のつるぎと銀の弓をもって邪悪なこれらを

倒し、人類に平穏をもたらした…


「なんだ、また読んでるのか新入り。酔っちまうぞ?」

野太く、しかし優しい男性の声が 僕を読書の集中から解放する。

寝起きの大きな欠伸あくびのおまけつきだ。

白いコートにブーツ、深い赤褐色のツンツン頭 

無精ひげを生やした190㎝はある大柄の男が身体を起こす。


「先輩。そんなのってのは無いんじゃないですか?

教会発行の必読教書ですよ。誰かに聞かれでもしたら…」


「知ったことかよ。孤児院いえでオヤジに穴があくまで読まされたんだ。

教会の金集める為に改訂する度に購入させやがって…」


「シーッ!!ダメですよそんなこと言ったら!僕達は…

その教会直属の処刑人パニッシャーなんですから!」


 街道を進む昼下がりの馬車の中、一番近くの教会施設から次の仕事場に着くまで教会の書を読んでいた。

そう。僕達は異界人処刑人。僕はまだ見習いだけど…

白銀の服をまとい、銀の剣と銀の弓を以て異界の種族を処刑する

教会のほこ。おいそれと教会の悪口を言ってはいけない。

…と先輩に毎度小言を言わされる。


「…まぁ今時剣も弓も使ってる奴は少ねぇがな。」

 先輩の腰に下がる2ちょうの大きな銃が白く鈍く光る

先輩はヴァンという名で通っている。

本名は…教えて貰ってない。

僕も本名は教会に入る時に捨てた。今はプラタの名前を

もらっている。金髪で青い瞳の、小柄な15歳の普通の少年だ。普段は修道服を着て教会の指令に従い旅をしている。


 まだ見習いとしてヴァン先輩の下で働き始めて一ヶ月。

異界人処刑人とは言ったものの、現代では大きな悪さをしたり、

異能を使用する異界人自体少なくなり、過去の争いなんてなんのその。

市井の民に混じり友好的な者は一般的な市民権を持ち始めている。


…表向きは。一方裏社会では異界人の能力を活かして殺し屋として雇ったり

人間側が管理する異界人コミュニティを抜け出して悪事に手を染める者もいる。

そんな異界人を狩るのが僕達、教会の処刑人だ。


 ヴァン先輩は

自慢の先が尖った中折れハットをそのツンツンした髪の上からかぶると

馬車から気だるそうに頭を出して馭者ぎょしゃと話している。


「馭者さんよ、あとどれくらいで着きそうだ?」

「あと2刻程でしょうな。急ぎますかい?」

「いや、このままでいい。2日間ご苦労様。チップの追加だ。」

 教会発行の銀貨を数枚取り出し、ヴァンは馭者のポケットに捻じ込んだ。


 話を終えると先輩の目つきが変わっていた。

仕事中何度か目にした戦場に向かう顔だ。

いつものヘラヘラした柔和な表情は消え、異界人達も知らない

自分たちに脅威をもたらす者狩人』の顔へと

仮面を被ったように変わっていた。


 教会から配給された少量の糧食と水を取り出し2人で口に放り込む。

保存だけを考えた味の濃すぎる干し肉を、硬すぎるパンに挟んだものだ。

数回噛んだら水で胃の中まで流しこむ。

次に配給される食糧はもっと食べやすくて美味しいといいなと冗談を言うと、「次まで生きてたらな」とキツイ一言が先輩から投げつけられた。


 食べ終わったなら武器の整備だ。

教会の処刑人が持つ武器はほぼ全て銀と銀の特殊合金で構成されており、弾丸や矢も銀で作られている。銀が異界人の異能と身体に対し絶大な効果を持つからだ。


 その肌は鉄を弾き矢を砕く。その異能は神をあざむことわりを歪める。教会は彼らの能力を総じてこう呼ぶ。神すら欺く力チートと。

そのインチキのようなスペックと処刑人は対峙しなければならない。


 教会が作った銀の武器…『銀装ぎんそう』は彼らへの特効兵器。

異能も肉も全て僕達人間と同じように撃ち抜かれる。

これで対等イーブン…とまではいかず、やはりあちらは身体能力が段違いに高い。


 処刑人は血の滲むような努力の末、人間の限界値とも言える程鍛え上げている。

そこから先輩のような上位の処刑人は個々の特殊技能をも極限まで磨き上げ

銀装と併せてやっと異界人にその手が届きうる。

基本的に僕のような一般人並みの身体能力ではバックアップがやっとだ。

銀弾を補充し、補助装備も持った。準備は万端。

先輩も用意を整え終わり… 

指令の再確認をしてその時を待つ。


 気が付けば緊張感で2刻という時間はすぐに経過した。

国境端の河に差し掛かる。石橋が掛かった河川はここ数日の晴れ続きで水が少ない。

地平線の下に日が沈みかけ、夕月を赤く照らす。街道沿いの森はインクの染みみたいに真っ黒だ。あの森の奥、戦時中に建てられた砦の中に今回の標的はいる。


明日の正午にここに来るよう馭者に伝えると

馬車を降りてヴァンとプラタは付かず離れずの距離で進んでいく。

前を歩くヴァン。2挺の銃はホルスターから既に抜かれている。

15歩遅れて歩くプラタのその手には銀のクロスボウが握られていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 夕日が落ちきり 月明かりに2人の目が慣れた頃、砦は姿を現した。

石造りの強固そうな砦だ。戦争から半世紀が経つというのに 外観にはつたう程度で崩れた部分は見当たらない。


前後左右に意識を張りながら先程馬車の中で行った指令の再確認を思い出す。

「指令:教会が管理するコミュニティから逃走した異界人が一体、タムラを無力化させよ。西の国境の河、街道沿いの砦に身を隠して動かず、異能は…」

「来るぞ!」

ヴァンの号令にプラタは腰を低くしクロスボウを身構える。前方の砦、門の奥の暗がりからフラフラと人影が揺らめく。一つ、二つ…更に増える。

「おいおい…聞いてねぇぞ…」

プラタとヴァンが初めて砦を目にしたとき、ヴァンは違和感を感じていた。それは蔦が生い茂っているというのに砦の傷や損傷が全くないということだ。

少なくとも半世紀以上前に建設されたというのに、レンガ一つみても欠け一つ無い明らかに新品だ。まるでついさっき建てられたような…


パキッ…

枝を踏み折る高い音が聞こえる。何か濡れたものを引きずるような音も。

次第に鎧が擦れガシャガシャと金属音までが鳴り始めていた。


教会の指令書には異界人の能力と性格等様々な情報が記載されている。

潜伏場所の情報も、なるべく事細かに記載されていた。

そこにある情報が二つ、この瞬間ヴァンとプラタのイヤな予感をかき立たせていた。

一つ、砦の裏には先の戦争で戦死した兵士たちの遺体が埋葬されていること。

一つ、タムラが能力の限界値を偽装し、教会側が見誤っ過小評価している可能性があること。


砦内部の闇からぬぅっと出てきたのは…革の軽装鎧を着た白髪交じりの初老の男性。見るからに精機を感じない。月明かりが砦から出る男性の肉体を浮かび上がらせる。胸から下の肌が無く、はらわたが飛び出て引きずられていた。

その手に握っているのは…刃渡り60㎝を超える剣。

それがぞろぞろと…砦の影から歩み寄ってきた。おそらく錆びついていたであろう戦士達の剣は

みるみるうちに新品のギラついた刃物へ変わっていく。

臓物が腹の中に巻き取られ、肌でパイ生地の様に包まれていく。

「民間人…?なわけないか…」

「まさか…」

プラタが「嫌な予感が的中した」とでも言うようなトーンで呟く。


修復リペア』それが異界人タムラの異能チート


「聞いてない」というのはタムラの死者を操る能力と、その拡張性、能力の規模だった。報告には手で持てる大きさの小物及び、人や物の傷を治すのが限界の『カテゴリー1超能力者』程度だと聞いていた。それが建築物を、あまつさえ死者すら蘇生よみがえらせるだと?明らかに『カテゴリー3クラス以上災害レベル』の能力規模だ。対異界人戦では無敗を誇るヴァンとはいえ、まだ新人ルーキーのプラタと2人でカテゴリー3以上を相手取るのは初の経験だった。

「それ以上近づくな。撃つぞ。もう一度墓に埋められたいか?」銃を向け、脅しともとれるヴァンの呼びかけに死者たちはうめき声すら上げず反応しない。


「―――死人に鞭打つようなことはしたくないんだがな…」


 先の脅しは引き金を引いてもいいという処刑人の為の確認作業だった。

異界人の異能によって洗脳及び強制的に操られた場合、その意思の有無に限らず処刑人は殺害を許可されている。


それでもなお、処刑人が問いかけたのは正当防衛の下引き金を引く大義名分の気兼ねなく撃てるか知る為。

ヴァンの苦虫を噛み潰したような葛藤かっとうする表情は消え、眼前の敵を沈黙させるためだけに全ての神経が注がれる。


「…プラタ、装弾の陣形。」

「ハイッ!」


夜の砦に静寂を引き裂く破裂音が鳴り響く。反動で銃のスライドが後ろへと大きく滑る。銃口から放たれた銀の弾頭は、死者達の頭を貫き沈黙させる。


一発目の銃弾が打ち出された後、死者たちはせきを斬ったようにワッと走り出してきた。

残りその数ざっと見積もって50。ヴァンの銃の装弾数は1挺13発。それが2挺で26発。

リロードは最低でも二回必要。


単発式のクロスボウでは完全に分が悪いと察したプラタは

ヴァンの号令と同時に自身の武器を横に置き、

バックパックから次のマガジンを取り出して準備していた。


右右左右…左右で襲ってくる死者達の量を判断し、残りの銃弾を管理しながら両手の銃で捌いていく。主に左の銃を使いつつ、必要最低限の頻度で右の銃も発砲する。

一般的に二挺拳銃はリロードがしづらい為実用的ではないとされているが

ヴァンの場合は違った。人間の目では追いきれないほどの早打ち。リロードの隙を付こうと

同時に飛び掛かろうとする数体の死者であろうと左右の腕がそれぞれ別々の

ターゲットを捉えて外さない。人間離れした動体視力と瞬発力。

それがヴァンの特殊技能だった。

左手の銃を撃ち終え、後ろに手を回す。そこにプラタがマガジンを差し込み、ヴァンが口でスライドを引く。その間右手の銃は撃ちっぱなしだ。すぐに右の銃も後ろに回ってきた。またマガジンを差し込む。

たった10秒にも満たないうちにリロードを挟んで死者は半壊していた。

残った死者達は、誰かの指示を受けたかのようにタイミングを合わせ、武器を投げ始めた。合理的だ。投げ槍 投げ斧 回転しながら襲い来る刀剣、それと同時に走り寄る20体近くの死者達。


そんな中ヴァンは落ち着いた声色で言い聞かせるように言った。

「プラタ、動くなよ?動くと当たるぞ」

まだ撃ち尽くしていないマガジンを落とし両手を後ろに回す。それに合わせてプラタがマガジンを差し込む。腕を回し両脇でスライドを引く。

中腰の姿勢になったヴァンの早撃ちの速度が更にあがった。発砲音が連続して機関銃のようだ。

あんな大きな銃でこんな連射ができるものなのか。毎度驚かされる。


飛んできた武器は全て撃ち落とし、ついでに50体もいた死者達はそのほぼ全てが沈黙していた。リロードしてから26発全弾撃ち尽くすのに2秒フラット。

教会の作った特製銀銃とヴァンの射撃能力あってこその戦闘力だ。


弾かれた剣が深々と胸に突き刺さり、壁まで貫通して動けないでいる死者がいた。表情一つ変えず、剣が刺さっていなければ今にも起き上がってヴァンへ襲い掛かろうとする姿が不気味だった。普通ならば即死する傷を負いながら苦悶の表情すら浮かべず、殺意も発さず人形のような顔が真っすぐこちらを見ている。

この死者達は異能の力の下で、どれだけ損壊しても動き続けるだろう。


ヴァンは介錯に脳天へ一発。銀の弾丸を放った。高い金属音を響かせて薬莢が地面に落ちる。


タムラによって修復されたであろう死者は、糸の切れたマリオネットの様に力なく横たわった。


銃を持っていないとはいえ、50人からなる人間の集団を切り抜けた。

これが人類の到達点…教会の最高戦力『銀の騎士団』が一人…


―――処刑人ヴァン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る