心理的治験モルモットの日常

ちびまるフォイ

いつもの日常

「あなたが治験のバイトですか」


「はい! 寝るだけでお金がもらえると聞いてきました!!」


「うちはそういうのじゃないんですが……」


「え? ちがうんです? 治験のバイトって、

 薬を体に入れてあとは寝てるだけでいいんじゃないですか」


「うちは心理的治験をしています」


「心理的……? 注射とかではないんですか?」


「はい、これからあなたの身の回りにさまざまなことが起きるでしょう。

 それを私どもは観察し、あなたがどう動くかを集計にします」


「そんなの意味あるんですか」


「薬の効果は科学で分析できても、

 人間の心がどう動くかは実際の調査でしか見えてこないので」


「まあわかりました」


心理的治験バイトがスタートした。


といっても、体調の状態がわかるスマートウォッチを渡されただけで

これといってバイトらしい何かはとくになかった。


お金がもらえるのならそれでいいが……。


てごたえゼロというのも複雑な気持ちになる。


「今も見られてるのかなぁ」


自分の行動を調査するとは言っていたので、

今もきっとどこかで自分を観察しているとは思うが、影すら見えない。

現代の忍者なんじゃないかと思うほど気配がない。


「これで本当にデータが収集できるのか……んん!?」


ぶつくさ言いながら歩いているその道のまんまえだった。

誰かの財布が落ちている。


しかも、わずかに覗く財布の口からは万札がちらつき

ポケットには見たことない黒いカードがある。


これを手に入れれば遊んで暮らせるのは間違いない。


ふだんの自分ならヨダレを垂らしてくいつくが……。


「……なるほどね。そういうことか」


こんなうまい話があるわけない。


今どき財布に現金だなんてなおさらだ。

いくらでもスマホで決済できるこの時代にこれはない。


きっと自分がどう動くかを試しているのだろう。

財布をひろうとまっすぐ交番へ向かった。


「すみません。このお財布が道に落ちていました」


「え! こ、これは……どうも」


交番にいた駐在さんもあまりの金額に目が¥マークになっていた。

こんなあからさまなテストで自分を評価されてたまるか。


その翌日のこと。


いつものように高校へと向かい電車のホームで待っていると、アナウンスが流れた。


『えーー。ただいま安全を確認しており、復旧のめどはたっていません』


意訳すると「遅刻確定だ」という死刑宣告にも等しいものだった。


普段の自分なら行き場のない怒りを駅員さんにぶつけていたものだったが、

そんなバカまるだしの自分をデータとして集計されては困る。


「ふふん、遅刻ね」


これもきっと心理治験のひとつなのだろう。

自分のスケジュールが崩されたときの人間の心の揺れ動きがどうとか。


優雅にカフェなんか寄ったりして、

いっこも取り乱していない自分をどこかに隠れている調査員に見せつけてやった。


学校はもののみごとに遅刻したが少しも動揺しなかった。


あえて遅延の理由を話すこともせずに、

先生からの叱責をあまんじで受け止めてやった。


「お前、反省してないのか!?」


「反省していますよ。でも落ち込んではいないだけです」


「な、なんてタフなやつだこいつ……!」


先生もめんくらうほどの鋼メンタルを見せつけてやった。

その日の放課後、クラスの女子から呼び出しを受けた。


誰もいない倉庫裏で顔を赤らめた女子が待っていた。

このシチュエーションはというと。


「前から……ずっと好きでした!!」


「お、おお……」


同じ教室にいるだけの特に意識したことない女子だった。

これもおそらく治験なのだろう。


好きではないが彼女を手に入れられるならと妥協するのか。

彼女は好きな人であってほしいと誠実に断るのか。


「ごめん。俺はまだ君のことを異性として見れていない……っ!」


俺が選んだのは後者だった。


これが調査の一環でなかったなら迷いなく前者を選んでいたが、

選んだ後で「これテストでした。本気にしてた?」などと言われると立ち直れなさそうだった。


その後もいくどとなく大小さまざまな仕掛けは行われた。

心理治験にもなれ始めたある日のこと。


「〇〇くん! 早く病院へ! お母さんが……!」


「ええ!?」


担任の先生に呼び出されたと思ったら、

母親が交通事故にあったということだった。


でもどこか現実味ないのはきっと治験だからだろう。


病院につくと痛々しいギプスと、断続的な心電図の音だけの静かな部屋に寝かされていた。


「今夜が峠です……」


医者は深刻そうな顔をしている。


「どうかよりそって上げてください」


「……平気なんですか」


「え?」


「さすがにこれはやりすぎなんじゃないですか」


「なにを言ってるんですか」


「まあしらばっくれないと正しいデータ取れませんからね」


医者を振り切り母親のもとへと向かった。

いくら治験といえど、肉親にすら影響を与えるとは思わなかった。


「これもきっと嘘のケガなんだろうけど……、ごめん。こんなことさせて」


「う゛……うう……」


「これは?」


「たから……くじ……」


「なんで宝くじなんか……ふだんこんなの買わないじゃないか」


らしくない行動にうさんくささしか感じない。

そのうえ、母の握りしめていた宝くじは1等に当選までしてる。


数億円がいっきに転がり込んできたのに、少しも嬉しくない。

それどころかムカつき始めた。


「もういい加減にしろ!! なにが治験だ!!

 肉親の死に目に高額当選なんてやりすぎだ! 不謹慎だ!!」


何も答えてはくれない。

病室には部屋の様子を見られるカメラがある。

きっとここでモニターしているのだろう。


「俺は治験を降りる! いくら調査のためとはいえ、

 家族に迷惑をかけるなら続けてたまるか!! 中止だ!!」


カメラに向かって訴えたが返事はない。

その態度がますます腹立たせる。


自分は実験用モルモットでしかないというわけか。


「ちょっとどこへ行くんです!? お母さんのそばにいてください!」


「うるせえ!! こんな茶番に付き合ってられるか!」


病院の外を見回して調査員をさがす。

それでもしっぽすらつかめない。


「くそ……どこに隠れてやがる!」


素人ではとても見つけられないほど巧妙に隠れているのだろう。

こうなったらと、高額当選のお金を使って探偵を雇った。


「金ならいくらでも出す。だから、俺をストーカーしているやつを探し出せ」


「任せてください。うちの探偵を総動員させますよ」


探偵によって調査員を逆に探す日が続いた。

なんにんもの候補は見つかったものの、調査員ではなかった。


「全然ちがうじゃないか!」


「し、しかし……いくら探しても見つからないんですよ」


「あんたら探偵の調査が甘いんだろ!」


「というか、本当にストーカーされてるんですか? あなたの被害妄想では?」


「なにも知らないくせに知ったふうなこというな!」


探偵とはそれきりだった。

ネットの特定班を使っても見つけられない。


これではいつまでも調査が続行される。


「……どうすれば調査員に接触できるんだ……あっ」


悩んだ末に、ふと自分がはじめて治験に参加したときを思い出した。

調査員と接触できたのはあの日が最初で最後だったことを。




指定された場所へいくと、調査員が待っていた。


「こんにちは。あなたが治験のバイトですか」


「は、はいっ……ここで良いバイトがあると聞いて……っ」


「事前にご説明しますが、うちのバイトは普通の治験ではありません。心理的なーー」


説明を続ける調査員の背中を確認し、地面に倒した。


「な!? だ、誰ですか!?」


「やっと見つけたぞ!! バイト希望者の説明のときなら

 あんたは絶対現れると思ってたからな!!」


「なにをするんですか! 離しなさい!」


「いいや、ダメだ。あんたが俺の要求を飲むまで絶対離さない」


抑えつける手にぐっと力をこめて、本気であることをアピールした。


「よ、要求……?」


「あんたらが続けてる俺への治験テストを辞めさせろ。今すぐ!!」


「そ……そんなのは……」


「知らんぷりするんじゃねえ!! そのためにここまで来たんだ!!」


「なぜですかっ……私たちはただ……」


「ただ俺の家族を不幸にし、やりすぎたテストをしただろ!!

 俺の平穏で普通な生活を返せ!!」


「わっ、わかりました! テストは中断します!」


「……本当だな?」


「本当です。あなたのカルテもデータも処分します。ここまでされるのに続ける意味なんてない」


目の前でデータが削除された。

やっと実験モルモットから解放された。


「はあ……これで普通の日常に戻れる……元通りだ」


気を張っていた日々から解放された。

調査員は気まずそうに立ち上がる。


「あの……ひとつ良いですか?」


「なんだよ」


「私どもの治験を正しく説明できていなかったようなので……」


「はあ? もう治験なんてどうでもいい」


「私どもは"さまざまなことが起きる"とは言いましたが、

 それすべてが私たちで起こす、とは言っていません……」


「?」


「あなたの心理的な状況をモニターこそしていましたが、

 あなたが送っていたのはまぎれもなく、ただの日常だったんですよ」


「それじゃあんたたちは……」


「ただ、あなたが日常で揺れ動いた体のデータを取っていただけです。

 こちらから、なにか起こせばデータに誤差が生じてしまいますから」



その頃、病院から母親がなくなった知らせが届いた。

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