第5話 カミングアウト 前編

夜の商店街は閑散として、何処か寂しいものがある。

私の名前は佐伯 和子(さえき かずこ)。旦那と一緒に八百屋をやっている女である。今は閉店後に店頭の野菜達を整理している。旦那は商店街の会合があると行って足早に公民館に行ってしまったが、おそらく互いの愚痴を言い合いながら、酒を飲むだけの、なんの生産性もない飲み会だろう。全く持って度し難い。


うちの八百屋はニンジン、きゅうりに椎茸、カボチャ等、どれをとっても新鮮で良いものを取り揃えているつもりだが、最近は近くに出来たショッピングモールのせいで売上が芳しくない。まぁ、それは私達の八百屋に限った話ではない、向かいの和菓子屋さんだって、金物屋さん、本屋さん、ラーメン屋さんも自転車操業状態になりつつあり、商店街も昔のような活気がない。

時勢の流れとはいえ悲しいものがある。せめて何か明るいニュースの一つでも無いものか?例えば息子の正が可愛いガールフレンドでも連れて来るとかね・・・あるわけないかそんなこと。

「ただいまー。」

噂をすれば何とやら。息子が帰って来たようだわ。

「おかえり、今日はえらく遅かったじゃない。」

すると、おかしな光景が広がっていた。息子の隣に見目形麗しい少女が立っていた。

「こんばんは♪」

「ど、どなたかしら?」

突然の美少女の登場に私は戸惑いを隠せない。

「自己紹介が遅れました。私は橘高校一年、白金 姫子と申します。正君とは同じクラスメートです。」

丁寧な自己紹介。この美少女がうちのバカ息子のクラスメートだと言うのだろうか?にわかには信じられない。何か良い匂いするし。

「こ、これから、俺の部屋で白金さんに勉強見てもらうから、母ちゃんは絶対入ってくるなよ。」

「えっ!?勉強!!」

それって恋のABCの勉強なのかい?マイチャイルドよ?

ウチの息子は色恋には無縁だと思い、今からお見合い相手を探そうと思ってたんだが、まさかこんな上玉を連れてくるなんて・・・グッジョブよ♪

「何笑ってんだよ・・・気持ち悪いなぁ。」

そんな息子の冷たい言葉もなんのその、私は白金さんに微笑みかける。

「ウフフ♪ゆっくりして行ってね♪」

「はい、ありがとうございます♪」

ええ子や・・・礼儀もしっかりしてるし、これなら嫁として申し分ないやん。おばちゃん思わず大阪弁になるでぇ。

「じゃあ絶対に上がってくんなよ。」

「お邪魔しまーす♪」

二人はそうして靴を脱いで、我らが居住スペースに歩を進める。だが私はあることに気がついて息子を呼び止めることにした。

「あっ、正!!」

私の呼び掛けに振り向く正。

「なんだよ母ちゃん?」

「あのね・・・いや、何でもない。」

「ん?何か変だな?」

不審がる息子だが、再び歩を進めて白金さんと共に2階へと続く階段を上っていった。

私が言おうとした言葉は「アンタ、やる時はちゃんと避妊しなさいよ」だったのだが、よくよく考えてみれば既成事実があった方が、コチラとしては都合が良いのよね♪

今日だけは2階から物音がガタガタ聞こえてきても怒鳴り声は上げないことにしよう。




まさかの展開だ。

あの不良騒動の後、白金さんの正体を知ってしまった俺は、白金さんの「少し何処かでお話できるかな?」という迫力ある言葉に体を震わせて、思わず「俺の部屋で話しませんか?」っとアホみたいな提案を出してしまった。

日蔭者の陰キャの分際で、クラス、いや学校のアイドルを自分の部屋に連れ込もうなんて豪語同断であるかに思えたが、このあとの後の白金さんの返答が予想外であった。

「うん、アリよりのアリね。」

「マ、マジですか?」

自分で言っておいて、あんまりな事を言ってしまったが、そこから白金さんが一旦着替えに家に帰り、公園で待ち合わせをして、制服に着替えて来た白金さんと共に俺の家に向かった次第である。

白金さんと一緒に歩いてるところをクラスメートにでも見られでもしたら、次の日は質問攻めにあうこと必須と考えて身構えていたが、幸いなことにクラスの連中とは誰とも遭遇しなかった。


さて、家に着いて自分の部屋に白金さんを通したのは良いのだが、こんな汚くて小さい畳の部屋に白金さんを連れて来てしまい、とてつもない後悔の念が俺を襲う。彼女の反応は如何に?

「あー畳部屋なんだ。落ち着くわ。どっこいしょ。」

・・・あれっ?あの白金さんがオッサンみたいな口調の言葉を言ってから、ドスンと畳に胡座をかいて座ってる。これは夢だろうか?

「あっ、ビックリした?私ってオフの時はこんな感じだから、宜しく♪」

さっきの礼儀正しい感じとは打って変わって、非常に砕けた感じの白金さん。これには流石の俺も絶句である。

「どうしたの?正くんも座りなよ。立たれてると落ち着かないし。」

「あっ、じゃあお言葉に甘えて。」

自分の部屋なのだから甘える必要無いのだが、オフとはいえ相手は全校生徒が推している白金さんである。地の利なんて俺にはない。彼女がここに来た時点で我が城(部屋)は陥落していると言っても過言ではない。ということで、とりあえず正座で座ろう。

「正座するんだ。意外と古風だね正くん。」

「えっ、えぇまぁ。」

彼女の正面に座って気がついたが、白金さんが胡座かいているので、スカートの中のパンティが見えるんじゃないかとハラハラする。駄目だぞ、見たら駄目だぞ俺。見たらその時点で極刑だってあり得るんだからな。それにしても良い匂いだ、女の子の匂いって素晴らしい♪・・・って、馬鹿野郎!!

俺は邪な気持ちを完全に押えつけ、いきなり本題を切り出した。

「し、し白金さんは、どどどどうして、あんな格好で現れて、ふふふ不良達に立ち向かったんですが?」

・・・少し単刀直入過ぎただろうか?声だって分かりやすいぐらい震えているし、割と情けないな俺。

「うーん、簡単に言えばね・・・」

真相を告げられる前に、ゴクリと生唾を飲み込む俺。一体どんなとんでもない理由なのだろう?

「推しなの♪」

・・・・・・・・・・へっ?

推し?確かに白金さんは【推し姫】と呼ばれているが、それが俺達を助けることと何の関係があるのだろう?彼女が頬を赤らめて恥ずかしそうに両手で顔を隠してる理由が俺は分からない。

「あ、あの、意味が分からないんですけど。」

「だから美鈴ちゃんが私の推しで。ついでに言うと美鈴✕竜也のカップリングも推せるの♪キャー言っちゃったぁ♪」

ホワイ?美鈴が推し?

とりあえず、あまりのことに僕の頭がフリーズしそうなので次回に続きます。



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