【Ⅳ】

 タロットに『運命』というアルカナがある。そのままの意味を象徴するのだが、数あるデッキの中のマルセイユ版と呼ばれるものの『運命』の絵は―寓意ぐういが強くて俺は好きだ。

 どんな絵かと言えば。運命の輪に人間がすり潰される様が描かれているのだ。ちなみにメジャーなウェイド版はもっと穏当な絵だ。マルセイユ版は全体としてプリミティブな雰囲気をただよわせている。成立年代が古いせいかも知れないが。


 俺は運命という言葉が嫌いで信じてさえいない。だが、すり潰す、という点は認めるのだ。

 運命という何かは俺を巻き込み、すり潰す。否応なしに。

 俺がを思い浮かべた理由。状況が輪を描いていると思った理由。それは―


「メリクリ一生いちおさん」と俺の前に座る撫子なでしこちゃんは言う。

「ほいほいチキンチキン」と俺は返す。まあ、お返しは買ってあるけどな。

「チキンチキンうるさいよ」と撫子ちゃんはむくれ顔。

「そら日本ではお鶏様を盛大に喰う日だから」人類の罪をあがなった男の誕生日など知ったことかい。

「それだけじゃないっしょ。はいこれ」とつつみをくれた。

「へいへい受け取りました…ほなコレ」と俺は小さな箱を渡す。中身はロケットペンダント。俺のと似たものを選んだ。理由は特に無い。と言うか毎年プレゼントのネタを考えるのがしんどい。例年は実用的なキッチン用品を渡していたがー「即物的過ぎて引く」と去年ののしられたからな。少しはファンシーなモンを選んだつもりだ。

「開けないの?」と彼女は俺に問う。

「アメリカンキッズじゃないんだぜ?」と俺は返す。かの国ではすぐ開けることが嬉しいのサインだとか聞いたことがある。

「わたしは見ようかな…」と包をいじりだす撫子ちゃん。

「先に言っとくと実用性は無いぞ」と俺は昨年の反省は活かしてまっせのポーズ。

「毎年ピーラーとか包丁とか贈られる女子高生の苦しみ、ご理解頂けたようで」と彼女は言いながら箱を開ける。

「今回のプレゼントはいかがでしたかね?」なんでうかがい調子になってしまうのか。

「…まあ合格かな?コレってお揃い?」と彼女はく。だがそれは違う。コレの元ネタがどうやって入手されたかは永遠の謎だからな。今や。

「…いいや。古いものだから、何処で手に入れたかは知らん」

「…そう」と応える彼女の表情はにごる。どうしてかは分かるような分からないような。

「さて撫子ちゃんは今年何をくれるのかな〜」と俺は少し重くなった雰囲気を壊すためにプレゼントの包を開けたのだが―中身はマフラー。しかも色は白…なんというかメッセージ性が強くない?

「手編みです。このご時世に」と撫子ちゃんは胸を張っていう。

「…ご苦労さまです。ありがたく頂戴ちょうだいします」なんてセリフで感情をごまかす。今の俺は少し混乱しているのだ…

「…気に入らない?」悲しそうな顔で訊くのは止めて頂きたく。

「いやいや気に入った」セリフとは真逆に上の空だけど。

「いい加減擦り切れたマフラーはやめようよ…風邪引くよ?」と彼女は言う。暗にわたしのを使って、と。それに対して適当なコメントを付すか正直に話すという返しがあるが―

「ま。色々あんのよ」と誤魔化ごまかしてしまう俺はなんて愚かなのか…


                  ◆


 一生さんのクリスマスプレゼントはロケットペンダントだった。これになにか意味があるのか?確実にない。一番最初に目についたものを買ったかのような適当さ。

 別に―悔しくなんてないはずなんだけど、どうしてもに落ちない。

 あのロケットは正木萌黄まさきもえぎから一生さんに贈られたもので。それと似たような物をわたしに渡すのはどうかと思うのだ。


 わたしは彼の特別にはなれないのだろうか?

 わたしに優しかったのはただ人が良いからなのだろうか?

 そう思うと嫉妬の念がき起こる。なんでわたしは正木萌黄よりも後に産まれたのだろうか、と。

 思うだけ無駄な感情かも知れない。しかし…わたしの存在を貫いているのはやはり彼で。どうしたら彼の目を私と共にある未来に向けられるのだろう?


 人は過去を増しながら生きていく。そして一生さんは…そろそろ未来より過去が多いから…どうしてもそこにとらわわれるのだろうか?

 でも。未来と過去は等価なんかじゃない。確かに過去にも価値はあるけど。

 未来は予想もつかない可能性が無限に分岐している。その価値を彼に伝えたい…私心ししんなしに。だってそれは生きる意味の一つなのだから。


                  ◆


 運命とか言う車輪は人を巻き込みながらまわる、自動人形オートマタを含めて。

 俺はアウトサイダーを気取りたがる割に…人の世に組み込まれちまっている。

 それは撫子ちゃんと関わってしまったせいなのか?最近いやでもそう思ってしまう。

 彼女を邪険にしたくはないけど…俺が心から望んでしまっているのは修羅の道で。

 一体いったい萌黄はどうやってこの世の車輪から逃れたのだろう?『俺』…じゃなくて呉一生くれいちおへの執念の強さでだろうか?


 白いマフラー。それは俺をにらんでる。そして脚に絡みついて車輪の方へと俺をいざなう。


 …車輪に押しつぶされるのは楽なのだろうか?たまにそう思う。


 首に巻かれたマフラー。そいつの毛糸がチクチクして俺の首をくすぐる。

 そして。車輪に押し潰され、肉がきしむのを感じる。運命。巨大な車輪。俺はそこに入っても良いのかい?


「君は阿呆あほうだね…あい変わらず」っと。久しぶりに出やがったなイマジナリー。お前は萌黄ではなく俺だ…何を言いに来たってんだよ。

「あ?色々逡巡しゅんじゅんするんだよ…30も後半になるとな」一般的な観点からの逃げ。

「君はまだ8年くらいじゃない」まあ、それは否定しない。オリジナルが亡くなった歳を数え入れて良いなら26くらい。

「とはいえ8歳児の精神構造でも無いけどな。そっちのが楽だぜ?中途半端に歳取ってるよりはな」文句。こいつに言っても仕方のないことだが。

「まあ。それは私が…って言うか阿呆アホだったからしょうがない」と本人もどきがけなす…と言うか俺のもう一方の思考か。

呉一生くれいちお戻す事に執着し過ぎたんだ…」そう、彼女は戻すという観点でのみ仕事をしている訳で。こういう事態、クローンが別のアイデンティティを形成し、でも引け目を感じちまってる状況なんて想定されていないのだ。その上俺は恐らく世界初の人体クローンなので前人未到きわままりない。

「戻って来ない事を分かりつつ、ね」と彼女は言う。

「矛盾だな…自己矛盾。でも。それに気づいたからってやめらんないんだ」最近はそれが分かってしまうようになった…まだ折り合いが付けれていない。

「それは欺瞞ぎまんだよ」彼女のような『俺』は言う。

「欺瞞で何が悪いんだ?」開き直り。

「運命の輪にすり潰された物を戻そうとするのは…虚しい行為だってこと。いい加減気づこうよ…まるでイザナギだ」俺だから運命の輪の比喩使って来るよな、とーぜん。

「『アレナンヂ作ルトコロ之國作竟つくりおわらカレ還可カエリタマヘ』のアレを揶揄やゆしたいのか?」

「そ。傲慢なんだよ、イザナギは」

「いい大人がやることでは無いってか?お前は時間という観点を忘れてる。過去は増えゆく…そして過去への執着は増していく」ああ。自分で言ってて言い訳臭い。

時間という観点を忘れてる。今は常に消えてゆく、そして未来が今へとなっていく…これに逆らえない我々は受け入れるべきだ。モノが無くなる事を」ああ、随分大人な意見だ。でも同時に青臭くもある。未来を能天気に信じられるのは20代までだ。

「お前は若いな」と議論の腰を折ることを狙う。どうせやり合ったって意見の合致はしない。いい落とし所を見つけるしかないのだ。


    

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