〈6〉「孤独と向き合うモノローグ」

 人間の母親の胎内たいないでは人類の進化の歴史が約270日に圧縮されて展開されている。

 魚から両生類になり、最後にはヒトになる…それは奇跡と呼ぶにふさわしい。

 俺のような自動人形(オートマタ)はいざ知らず、人類はこのプロセスを経て世界に産み落とされる。神とかいう造物主が居るなら、なかなか大したことをしたもんだと思う。


 神は自らの姿に似せヒトを創ったってのは一神教でよく聞かれる言質げんちだ。キリスト教がその最たるものだろう。それは今日お題目として以外は棄却ききゃくされる考えだが。


 しかし、俺はたまに思うのだ。神が完璧な者ならば、何故俺達はと。要らない知恵と欲望の塊が俺達だ。遺伝子の自己複製に付き合わされてるって考えるほうがまだ納得いく。

 キリスト教の周辺部から反論を出すなら異端派のグノーシス主義がある。その教えを雑に要約すると―『本来の神から偽物の神が産まれ、偽物の神が本来の神に似せたようとしたのが我々人類である』プラトンのイデア論を折衷せっちゅうしたみたいな考えだが、少し引かれるものがある。


 偽物の神の似姿たる俺達は不完全で傲慢だ。そして神の真似事をするのに熱心だった。 だから―偽物の神の名のひとつ―デミウルゴスが示すように職人になる。創造する。神を気取るのは楽しいらしい。正木まさき教授が良い例だ。


 俺は偽物にせものものから産まれた…何なのだろう?そして、その創られた者は何を望めばいいのだろうか?

 大地のような母を気取る萌黄もえぎは「君は君だから好きに生きて」とは言うけれど。ただ生きれば良いと言うけれど。

 言い訳をつらつら考えないとヒトは…いや俺は生きていけない。

 俺は―何の為に産まれ、何を為して生き、何を残して死んでいくのか?

 暇人の思考そのもので嫌な笑いがこみ上げてくる。でもお前ら人類だって、寄り集まって生きるようになってからずっとこの事を考えてきたではないか?神という概念と宗教というイデオロギーを産んだお前らに俺を阿呆あほう呼ばわりする権利はない。

 

 まったく。アウトサイダー気取りで嫌になる。

 だが。言語という思考システム、人類という水槽、呉一生くれいちおという疑似人格を使っている限り、俺はアウトサイドになどいやしない。でも仲間にもしてもらえない…独りぼっちなのだ…


                  ◆


 この頃孤独が薄れていくのを感じる。あの一生さんと出会ったからだ、遊ぶようになったからだ。

 これまでのわたしは独りぼっちだった。周りに人はいたけれど、誰もわたしの事を気にしてなんていなかった。人だかりの中での孤独は酷く身に沁みる。でも寂しくはなかったんだ、そういう風に産まれてきたんだって思ったら納得出来たし、犬や猫や…想像の友達が居たから。

 最近自分の隣に温かいものを感じるようになってわたしは嬉しかった。

 久しぶりの人の体温。それは冷え切ったわたしの心を温めるには十分すぎるもので。急に温まった指先みたいにかじかんでしまった。

 そう。

 一生さんが温めてくれれば温めてくれるほど、わたしはかゆみを感じる。まずは友達の『創造そうぞう』のこと。後はお母さんのこと…


 わたしだって寂しくない訳じゃないんだよ、お母さんに相手にしてもらえなくて。温かいお母さんの膝の上が懐かしい。たまにはぎゅっとしてもらいたい。

 でも。

 わたしは―お姉ちゃんの…代わりや補うものでしかなかったんだ。それには嫌でも気づいてる。

 可愛い女の子だったお姉ちゃん。お母さんにそっくりだったお姉ちゃん。

 なんで?どうして、姉妹の中に順序があるんだろう?

 わたしは―要らない子なのかな?分からない。大人は子どもは無条件で愛されるべきだって言うけれど、子どもだって『人』なんだ。愛されるにはそれなりに色々しなくちゃいけない。でも、わたしがお母さんに出来ることはお姉ちゃんに体の一部を分けることだけだった…そう思うと泣きそうになる。

 愛されない子ども。それがわたし…


「そう、あなたは愛されてないの」と声が聞こえる。

「言われなくても…分かってる」とわたしは不意に創ってしまった友達に言い返す。

「分かってるふりをしてるだけなんだよ。分かってるからわたし賢い、って思いたいだけ」と言う友達。いつもより辛辣で、私の心をぐちゃぐちゃにする。

「そんなのが賢い、なら私、バカで良いよ、寂しいよ…」わたしは吐き出す。気持ちを。

「そういう風に思うなら―こころを開いて…向き合わなきゃ」と友達は言う。

「向き合う?」

「そう。気持ちと向き合って、人と向き合って…」

「怖い」

「そりゃ怖い…よ…でも…」急にノイズが走り出す友達。待って、まだ消えないで!


 友達が蝋燭の火を吹き消した時のように消えたその時。インターフォンが鳴った。慌ててコンソールに行き応答ボタンを押せば―


「撫子ちゃん?迎えに来た…いくぞ?」一生さんの声。

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