〈4〉変わっていく日常


 最近…というかここ一年。が上手くいかない。昔はもっと長持ちする友達をつくれたのに、今は数分で消える友達を創るのが限界だ。

 しかも。一生いちおさんに出会ってから更に調子が悪い…どうして?

 もしかして。そろそろ限界なのだろうか?私が自分で友達をことに気がついたのは小二の時だけど、それから2年近く経ってる。そろそろ力が無くなってしまったのだろうか?まあ、力なんて言うものを授かった覚えは無いけど。


 わたしは集中して、眼の前に人をこねあげる。それが喋れるように一生懸命。でもそのは人のカタチになってくれない。

「どうしてなの?」と私はに向かってつぶやくけど。その言葉は吸い込まれていく。


 一生さんと居るのは楽しいけど―友達に会えなくなるのは寂しいな。一生さんが悪いと決まった訳じゃないけど、より、できなくなったのは彼と出会ってしゃべるようになってから。

 あの人は不思議だ。大人のくせに働いてないし。

 それに。

 なんだかはかなくて曖昧あいまいで。肉体が無いわけじゃないけど、もっと深い所で根が張ってないような安定性のなさ。妙に世話をしたくなるのはそのせいだと思う。

 野良猫みたいな大人はわたしの世界を変えていく。それを怖いと思うわたしは臆病なのかな?友達に聞きたい…でも創れない…ああ。どうしたら良いのかな。


                   ◆


 撫子なでしこちゃんの紹介のお陰で、俺は仕事をポツポツするようになった。

 んまあ、仕事と言ってもパシリみたいなもんで簡単な、でも面倒な、普通の人を関わらせたくない危な目の仕事をしている。例えば『何か』の運搬とかな。中身は問うてはならない。


「今日も飯が美味い」なんて脳天気なセリフが吐けるようになったのは進歩だ。出先で食べる揚げたて天ぷら定食は最高。ああ、生きてるな、俺。萌黄もえぎはこんなスケールの小さい幸せを望んでいた訳じゃないとは思うが。


 最近、撫子ちゃんとよく遊ぶ…と言葉にすると危ないフレーズだが、まあ、よく一緒に過ごす。たまに飯を作ってもらったりもする。

「一生さんほっとくとバランス悪い食事するからね」お前は俺の母ちゃんか嫁か?と突っ込みたくなるがありがたい。

 今日も仕事が終わったら彼女と会うだろう。多分なんとはなしにダラダラする気がする。しかし、しょっちゅう家に上がり込んでるのに母親にわないのは不思議だ。いや言い訳が面倒だから遭いたい訳ではない。


 走る地下鉄。

 今日も彼女の元へ向かう。俺は地下鉄という乗り物が何でか好きだ。景色も見えない鉄の箱がガタガタ揺れるが、なんとはなしに落ち着く。思索向けだからなのかも知れない。

 しかし。

 撫子ちゃんは変わった子だと思う。妙に老成ろうせいした感じ。少女の見た目と大人びた精神性がアンバランスな感じで同居している感じがある。10歳ってそんなに大人びる年だったか?と思うのだが、俺は女子の成長過程に詳しい訳じゃない。知ってるのは萌黄くらいのもんだが、アイツは頭脳はともかく子どもっぽいヤツだった。すぐムキになる。大人になってからだ。落ち着いたのは。

 俺は個人的に子どもは子どもであって欲しい派だ。面倒な理屈や建前、態度を身につけるのは大人になってからで良いと思う。

 撫子ちゃんは妙に物分りがのだ。

 お母さんがいない事を気にしてる素振りを見せないのがその証左。母親離れするには早すぎる。まだ母親が必要な年齢だ。なんとかしてやりたい―と思う一歳児は滑稽こっけいなんだろうなあ、と皮肉な考えが頭にのぼる。一体、俺は何様なんだ?とか考えてるうちに地下鉄は目的の駅についちまった。


                    ◆


 今日も今日とて金稼ぎに奔走ほんそうする俺がいる。


 本日もブツを運ぶ仕事だろう。ブツの荷主にぬしは撫子ちゃんの家の近所の何とも怪しいおっさん。名は高石たかいしさんで40代。街外れのおんぼろな工場に仕事場を構えていて、そこで怪しい『何か』を合成したり製造したりしている。彼曰く―「俺の仕事?フリーランスの製造業さ。人が作りだがらないモンを作ってる。このファブに不可能はないぜ?」


「高石さん?今日の仕事は何っすか?」と俺は白衣と長手袋とゴーグル姿の彼に問う。すでに嫌な予感しかしない。

「あ?だが?」と俺の顔も見ずにいうおっさん。

「…やつの手伝いは嫌だなあ」と俺は尻込みしてしまう。少し前なら危険を顧みずにやってただろうが、今はお断りである。

「贅沢言うな若もんが」とおっさんは不機嫌そうだ。

「いやね?命は大事っすよ?」俺のような一歳児の人生の残量は多い訳で。

「…ま。いいか。今日も運んでもらう。取引場所にこいつを運べや」と彼が指差すのはダンボール。どうせ中身はロクなもんではない。

「了解…先様はどちらさん?」一応特徴くらいは聞いときたい。

「ん?ああ。街のの方だな」自警団じゆうぎょう…ああ。最近進出しまくってる海外マフィアと縄張り争いをしてる…アレか。また嫌な仕事を振ってくださる。

「さー、いえっさー」

「返事が良いやつは長生きするぜ…っとそういや」といつもならすぐ終わる会話が続く。珍しいもんだ。

「なんすか?まさか―」自警団あぶないやつとコミュニケーションしろとか言わないよな?取引額の調整とか。そんなのしたら死ぬぞ俺。


「いやな?撫子ちゃん…元気か?最近あんま話してねーからな」と顔のいかついおっさんが一瞬の優しさを見せる。

「撫子ちゃん?まあ、元気ですけど…」おっさんと撫子ちゃんは割と長い付き合いではあるらしい。確か―親戚の親戚の親戚…世間ではそれを他人と言うが、まあ、知り合いらしい。

「あの…色々あったからな。心配なんだよなァ。産まれた頃から知ってるだけに」

「色々あった?」それは知るわけがない。夜に家を空ける母親と関係あるのだろうか?

「…お前口固いか?」とおっさんは聞いてくる。

「まあ、人並みに」秘密を隠す相手がいた事があまりないので何とも言えないが、ここは話の流れ的にこうこたえるしかないのだ。

「お前…あの娘と仲いいだろうから―言っておくんだが」とおっさんははくを置く。「あの娘の家は複雑なんだ。話自体は『すっきりとした』悲劇だが、中身はゴタゴタしてる」言ってる事が矛盾してないか?

「『簡単な』悲劇があって、家庭がぐちゃぐちゃになった?」と俺は話を前に進める。

「そういう事だ。まずあそこん家、片親だろ?」

「離婚して別居中…とは聞いてますけど」

「離婚が事の終わりだったと俺は踏んでるが―離婚の前に撫子ちゃんのお姉ちゃんが亡くなっててな…」そんな話は聞いてない。

「お姉ちゃんが居たなんて一言も…聞いてない」知らない事はまだまだあるんだな、と俺は思う。

あかねって言うんだが…いわゆる遺伝病ってヤツで亡くなってる」

「割とたちの悪い病気が多い」例えば血友けつゆう病。女性の家族から男性にのみ遺伝する病で致死的ではないが、生活が激しく制限される。出血したら止まらないからだ。このように遺伝病はクリティカルなものが多い。遺伝子のエラーで欠損したタンパク質が出来、そこから病に陥っていく。小さなが終わりを呼び寄せる訳だ。

「なんて病気かは忘れた…が早発性だったらしくてな。撫子ちゃんが8歳の時10で亡くなったよ」

「それは…『すっきりとした』悲劇ですけど。何故それが家庭の崩壊を?」そう。娘は後1人居る。それを守っていけば良いじゃないか。

「その前後に母親が不安定になったらしい…で旦那と揉めた。結果がアレだ。しかも今や母親はでメシ食ってる。別に非難はしないが―そういうヤツじゃ無かったんだよな」と過去を思い返す顔のおっさん。

でメシ食ってる?」看護師とか介護師じゃなかったか。んまあ、繁華街の近くに家を構えてるところとかから類推すべきだったのかも知らん。

「俺はアレが不思議だ…あんな女じゃなかったんだぜ?茜が亡くなるまではな」と懐かしそうにいうおっさん。

「まるでヤケになってる?」と俺は訊いてみる。

「そうだな。俺にはそう見える。何があったかまでは聞けねえけど」

「案外常識人なんスね、高石さん」と俺は茶化してしまう。いかん悪癖がでた。

「たりめえだ。商売やるなら常識的な感覚は欠かせねえ」あんたは常識人では無いけどな…色々。

「そすか。しかし…これを俺に聞かせてどないせいと?」そう、本人が何も語っていないという事は俺にはそこに踏み込む権利はない。

「気にしてやってくれってだけだ。解決は望んじゃない。そんなもんは時薬ときぐすりに任せるよ」

「時が…解決すれば良いっすけどね」そう。問題は時と共に解決などしたりしない。

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