〈1〉母の授けたもの、彷徨う自動人形(オートマタ)
この地球の上をうごめく人たちの母、その
『始まってしまったもの』は自己増殖をしながら世界の
俺は産まれた。
1人の女性の執着により。かつて失われた者のオルタナティブとして。
彼の存在を奪う事で世界に繋ぎ止められた。いや、『俺』は『俺』だけど。
今日も元気に世界を生きてる。しかしその生活は決して華やかではない。だって逃亡生活なのだから。
眼の前には海。青っぽい灰色のそれは荒れ狂いのたうってる。その先には朝鮮半島がうっすら見える。
『海は広いなー』と習ったはずもない
「ふんふんふふーん」歌の続きは覚えてなったのか出てこない。そこに皮肉を見るのはやり過ぎだろうか。出来損ないだから…肝心な事は覚えていない。
「そんな事はない」と空耳。俺の首元から下げているロケットを授けた―俺の母みたいな存在の言葉だ…そのロケットの中には色々と遺産が入っていて。彼女は俺に何かを託して何処かに消えた。まったく、何をしてくれてんだか。
「
「君ならなんとかなる」と無責任な彼女の言葉が俺の頭に響く。根拠のない肯定ほど虚しいものはない。
「戸籍もねえ、金もねえ、オラこんな人生嫌だあ〜」と某曲のパロディを口ずさみながら俺は海の
このまま海に突っ込んでやろうかとも思わないでもない。
俺の存在は母―
クローン。その最も根本的定義はオリジナルと同一の
しかし。
その存在は酷く曖昧で。なんせ生物の遺伝子の発現は一定ではない。時と共に変わっていく。同じものは二度と現れないと言っても良いかも知れない。
だから。俺は
あくまでオートマタ。俺は人ではない。人ではあるが『その人』―呉一生―ではない。
自らの定義が曖昧なら、定義し直せ。俺の頭の中の賢いやつは言う。一から創り直せばいいじゃないか?それをしていけない理由はどこにある?神を気取るなとか言う
いいや。俺は彼に成り
まったく。母に似てジレンマやアンビバレントが好きらしい。お陰で人生で立ち止まりがちだ。
しかし責めてくれるな。なんせ俺は一歳児なんだから。来年で二歳…
◆
この日本の西の端の方にあるデカイ島の北の端の街は―カオスだ。
もともと立地的に大陸に近いこともあり、昔から多国籍な色彩を帯びているのだが、俺―呉一生―が眠っていた10年前くらいから大陸の企業や欧米系の企業が進出しまくったのもあり、今や日本の中でも有数のカオスタウンと化しているのだった。
そんな訳で。
俺のような根無し草の逃亡者にとっては大変に居心地が良い。俺の事を気にする原住民なんて者はいないのだ。みんな根なし草。
その街
「仕事…探さんとなあ」と独り言が出る。路銀がつきだしているのだ。
こっちに来る前の怪しい仕事で稼いだ金はあっという間に消えた。何なら初めての街に浮かれてグルメツアーをやったせいかも知れない。街を知るならモノを食え…誰の言葉か知らんが呉一生はそう思っていたらしく、あふれる食欲はラーメンや天ぷらやうどんに向かっていったのだった。
そんな事を思い出したら…腹が減ってきた。ああ。思い出すんじゃなかったな。
◆
繁華街の真ん中の私鉄のターミナル駅の前にある公園までなんとかたどり着いた。
公園というのは
植え込みの淵から見る公園は祝日なのもあり賑やかだ。中央の方ではイベントをやっているらしく人だかりが出来てるし、遊具の周辺には親子連れが溜まってる。目立たない方では若者達が
「平和だなあ…腹が減っている事を除けば」と俺はつぶやいてしまう。生物の宿命として食うもんが無いと
人間、腹が極限まで減ると胃腸の
「こうやって死んでいくのかね」なんて情けない言葉が口をつく。弱気になっているのだ。周りにいた人間は―不審者を見る目で俺を見る。いや済みません、極限状態なもので。
「…どうしたの?」小さな女の子がいつの間にか眼の前に居た。
「いや。そのセリフは俺のだ」と返す。
「私?遊びにきてるんだよ」と女の子は短い髪を弄りながら返す。友達や親は?
「…変な大人に構うなって習わんかった?」と俺は大人ぶって返す。歳は確実に俺の方が下なんだが。そこにシニカルな面白みを感じないでもない。
「ガッコーで習ったよ…ま、この街なんて変な大人しか居ないけど」歳の割に口が達者…見た目的に10歳くらいか?
「言えてるな」と返した時に…盛大に腹が鳴った。ぐううううう、と。
「…お腹減ってるの?」と
「ついでに金もないね」なんて言わんで良いことまで言ってしまったのは何でだろう?
「百円ならあるけど」子どもに金をたかる情けないおっさんの図である。
「…流石にそれはない」と俺の最後のプライドは魅力的な選択肢を潰した。
「じゃあ、飴玉あげるよ、ちょうど持ってたんだよね」と
「これくらいなら―いいか。ありがとよ」と俺は受け取る。それと同時に彼女も去っていった。
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