『subway―地下鉄』
久々に出た街はクリスマスに浮かれていた。
俺は昔からクリスマスを楽しみにしつつもクールにスカしていた。別に楽しみになんてしてないし、と表向き言いながらプレゼントを心待ちにしていたのだ。
コートの下の
何故、俺が外に居るのか?脱走した訳じゃない。
ジングルベルのメロディに
しかし。記憶を
出てきた先は大きな商業ビルが集まるエリアで。クリスマス商戦を果敢に戦う店とそれに
緑と赤のツートンカラーが
カップル…か。そういや…『俺』…じゃない
今の『俺』は自身の問題に関してアンビバレンスなスタンスを取っている。
一生であるかも知れず、一生でないかも知れず。どっちにしても論拠が弱いのだ。確信が持てない。感情的には一生でありたい。その方が楽だ。しかし、右腕の問題は文字通り『俺』の体にくっついていて。
萌黄。アイツは今、どうしているんだろう?主治医の彼女はとても彼女に似ているが、主治医は繰り返し、
「私は…彼女の親戚、割と似てしまっただけ」と言い逃れをするのだった。継史のじっちゃんはその話題に到達させてもくれない。俺は自分の存在に確信が持てないので強く問いただせずにいた。
「あー何でクリスマスに
この街
『俺』はその広場に立ち止まりながら考える。萌黄の事。
一生の記憶によれば。彼女は大切な幼馴染だ。
この無かったはずの右腕の事故に関わって以来、彼女は過剰に一生を気にするようになった、世話をやくようになった。
その事を一生はどう感じていたか?
彼は、彼女の背負ってしまった十字架を下ろしたい、と願っていたはずだ。
なんとなくだが覚えてる。
そんなものは罪ですらない。俺を勝手に背負うな。お前はお前が出来るやり方で楽しく過ごして欲しい。その時に隣に俺が居ることが理想で十字架なんて俺がぶっ壊すつもりでいたんだ。これはしかとした記憶ではないが、なんとなく確信を持てる。もし『俺』が疑似人格でも簡単にトレースできる。
そう思えば、思うほど切ない気持ちになる。時間が経ちすぎてしまった。10年居なかった
一人ぼっちのクリスマスがほとほと体に染みてきた…そろそろ病院に帰るか…と思い『俺』は商業ビルに面した横断歩道の方へ向かう。そこに地下鉄の駅があるからー
歩道から伸びる横断歩道。白い横線が飛び飛びで引かれている。それはまるで『俺』の記憶みたいだ。そいつを踏んづけながら今に帰っていく。
この情景に妙なシニカルさを感じつつ、妙な胸騒ぎにも襲われていた。
なんだか。ここでひどい目にあった気がしないでもない。
ここで俺が損なわれたような感覚。何かがおかしい。事故は幼少のみぎりの事である。しかも家の近所の住宅街でこんなゴミゴミした場所じゃない。
だが。
…まあいいや。早く帰って病院食の味の薄いチキンでも食べよう。
◆
『俺』の入院している病院は地下鉄の路線の端っこで。
随分長い時間をかけないと帰れない。なんとか席は確保したが、暇で仕方ない。
眠らないように気を付けながら眼をつぶるけど、さっきの考えが帰ってきてうんざりしてくる。
仕方がないのでぼんやりあたりを見回す。吊り下げ広告を見てみたり、路線図を見てみたり。
この路線はこの大都市の動脈に
「あれ?」と不思議な顔で見てくる。そのまま人違いだと思って欲しいがー残念かな、バレてしまった。高速で外出の言い訳をかます。
「正木先生…いや。許可は取りましたんで」と。情けない言い訳。
「…別に責める気はなかった。外に出るのは大事な事。何か思い出した、一生さん?」
「とりあえずチキンは忘れちゃいけないな、って思いました」と斜めの回答をして場の雰囲気をごまかす。この人のプレッシャーは存外にキツイ。静かな口調の中に激情が見え隠れしているのだ。
「病院食のヤツ、不味いよ。毎年
「毎年仕事ですか…大変っすね。今日も?」
「そ。データの評価、解析、まとめ…年末までに片付けたい仕事はいくらでもあるから」と何でもなさそうに言う主治医。ワーカホリックらしい。
「俺の分もある訳だ」
「そ。後で話、聞かなきゃね…外出が記憶に与える影響を知りたい」
「センセ、あまり医者めいた事してませんよね?」前からの疑問。
「私はあの病院の付属大が正式な所属先でね…本職は研究者だから。医師免許はあるけど」そらまたアウトサイダーと言うか特殊だな。
「じゃ、俺はモルモットな訳だ、ある意味」とジョークを言ってみる。
「…表現が悪いかな。まあ、その側面はあるけど、重要なデータ提供先だからないがしろにしたりはしない」と眉間に深いシワが寄せられる。
「…軽口叩いて済みません」と謝っておく。悪いことした。
「いいよ」という言葉と共に会話は途切れる。病院までは後3駅。さてさてどうしたものか?
◆
医師の首元には黒い男もののマフラー。少し年季が入ったものらしく、くたびれている。それは
「…私の首元になにか?」と沈黙を破り聞いてくる先生。
「…いやね?もうちっとフェミニンなマフラーが似合うんじゃないかと」とそのまま口に出してみる。人様のファッションセンスにケチを付けられる俺ではないが、その程度の人間でも否応なく目につく違和感。
「…これね。
「それ再利用しちゃうんすか…
「言えてる。でも存外暖かいの」と華麗に受け流された。大人だなこの人は。
「ま、本人の自由っすけど」
「君は…コートしか着てないね?寒くない?」と心配そうな表情で訊く正木先生。
「いや…
「あれ?コートなかったっけ?」と何故か俺の服の手持ちを把握しているような返事をする先生。
「多分ないだろうな、と思って借りましたよ?
「…そっか」とまたもや会話が途切れるのだが。小さな違和感がある。ある種の感みたいなものだが。
地下鉄は低いうめき声と共に走りゆく。終点に向かって。
それは何らかのメタファーに思えなくもない。しかし、それが何を暗示しているのかは謎だ。
さっきの会話―気になったのは俺の服に関してだ。マフラーも気になるがもっと
彼女はまるで俺の服のレパートリーを把握しているかのように会話していた気がするのだ。だが、その理由は分からない。主治医なのは確かだが、身の回りの世話までやかれる義理はないはずだ。彼女は忙しいはず。
そしてマフラー…渡されなかった男物…
だが。その気になる、が本質的な物だった場合。さっきの服の疑問と絡んで『俺』の存在のパンドラの箱を開けるかも知れない。
俺が
一生なら―あるはずのない右腕上腕。
そして妙な周りの人々。特にこの幼馴染の面影を思わせる女性。
しかし…今思っている通りだとして―どうなるのか。
地下鉄は走る。最後に向かって。そして俺の思考も走っている。
「難しい顔だ」と彼女は言う。そういや。本当の事を思い出してるかを言い出したのは彼女…
「…難しい事を考えてましてね」と俺は言う。
「…そろそろ。時間がなくなる」電車はあと1駅で終着駅に着く。
「しかし芽吹いた何故は止まらない」なんて意味不明な返事をしてしまう、思わず。
「納得いくまで考えなさい…」そういう彼女はせつなそうで。
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