鳥にて

@ttiyta

目次

 三日間続いた台風による悪天候もすっかり落ち着いて、空はケロッとした顔をしている。外出の用が突然無くなった休日は晴天にみまわれた。バターを塗った面に限って、トーストは高価なラグに落ちる。そんな誰でも知っているふざけた法則に似ているような、似ていないような。そんなことを思い出しながら、それまでの重さでしなる物干し竿に二陣目の濡れた服を干す。

「毛布も干したかったのに」

 そう簡単に日曜の朝は綺麗で暖かい毛布で迎えることはできない。

 月曜という最悪な平日の朝をその毛布で迎えるのも悪くない。最高の晴れ間が逆に鬱陶しい。まあうまくいかないな。しかし実際は台風が来る前からこの洗濯物は溜まっていた。

「なんなら、月曜も休みならいいのに」

 晴れた日も悪くないと、雨の日が記憶に新しいお陰で思える。気持ちがいいので窓は開けっぱなしに。自分の食事は怠りがちだが、たまには作ってみようかな。中の羽毛が偏りすぎている掛け布団をバサバサと整える。脱ぎ捨てられた服か、取り込んだ服かわからない皺だらけの服の山を三十センチだけ壁に近づける。そんな具合に昨日までの台風の痕跡のような堕落だらくした部屋を気持ち程度に片付けてキッチンに向かう。何を作ろう。

 調理の手際には自信がある。冷凍庫の中の鶏胸肉のパックをそのまま電子レンジに入れる。解凍ボタンを押し、冷凍庫の扉を閉める。ウチの冷蔵庫は扉がバカになっていて冷蔵庫の扉を開けると冷凍庫の扉も開いてしまう。卵を二つ取り出し、二つの扉を同時に閉める。

 すぐさま振り返り小鍋に水を張り、火にかける。出汁だしパックは便利だ。即席で作れるものの中で一番出来がいい。少し経つと電子レンジが鳴る。解凍が足りない。もう一度解凍ボタンを押す。卵を溶いておこう。解凍が終わると同時に、シンクに目がいく。ここにも台風が通ったのか。残骸ざんがいみたいな、というか残骸そのものの汚れた皿を横目に少し火の通った鶏胸肉を取り出す。

 唐突に液体が蒸発する音が聞こえる。急いでガスコンロの火を消す。まずいなグダグダだ。とにかく鶏肉を細かく切り、少し焦げた匂いの出汁に入れる。少し火にかけて、醤油を回しいれ、塩もひとつまみ。火を消して卵を回し入れる。余熱で卵を熱する。余熱を使い始めた頃から僕の料理技術はレベルアップした。炊飯ジャーの十一時間保温されたお米をよそうために、丼だけシンクで洗う。

 炊飯ジャーの前で昨晩の異常なほどの空腹を思い出す。確か料理をするのは面倒で、ふりかけでご飯を二杯くらい食べたような。

 鶏肉と卵を出汁で煮しめた、ただの親子を噛み締めながら味わう。

 料理とはギャンブルの要素が強い。そして今回は大負けだ。そううまくはいかない。どこで間違えたのかな。

 食事した感覚はあまりないが空いた皿をキッチンに持っていき、先の溜まっていた皿と一緒に洗う。一通り片付いたら、出涸でがらしの出汁パックでシンクを擦る。勢いで排水溝も磨き、それをゴミ袋に入れ水回りの掃除を終える。

 壁に沿わせた服の山に手を付ける。タオルの端と端を合わせもう一度。よく着る服はハンガーにかける。始めるともう早い。終わると床のほこりが目に入る。掃除機の音は耳にさわる。その点このほうきは音も無いし、とれた埃の量が目に見えるところが気に入っている。ずっと億劫おっくうだった家事は思ったよりも早く済み、部屋は見違えるように綺麗になる。

 しかし綺麗になった部屋では普段より粗が目立つ。机の上に山のように積まれた本を片付けよう。一冊一冊手に取り、本棚にしまう。ほとんどが最後まで読めていない本だが、きっとまた新しく買ってしまうのだろう。

「懐かしいな」

 昔もらった絵本を手に取り、ふとつぶやく。鳥たちが主人公の少女を導き、またうそぶき、彼女には悲しいことばかり起こる。でも読み終えると不思議なことに何かスッキリした気分になる。悲劇が作り出す喜劇。自分の日常に写してみると、とても共感ができてとても気に入っている絵本だ。その絵本を見ながらベッドに横になる。

 とりわけすることもないからかまぶたが重くなる。


 隣の家の人感センサーのライトがパッと光る。それが暗くなった部屋に差し込み、窓の外を見た。隣の家族が飼っているペットの犬が家族の帰宅を嬉しそうに吠えている。二、三時間寝てしまったみたいだ。

 天気予報はそれぞれ違うことを言う。明日は晴れるとか、雨だとか。こういうとき僕は雨の予報を信じてしまう。外に数時間干しただけのまだ乾いていない洋服たちを浴室に数回に分けて持っていく。ぎゅうぎゅうに押し込んで換気扇を回す。

「そういえば、今日誕生日か」

 祝われることに慣れていないからか、忘れていた。

 そこに知らない番号から電話がかかってくる。

「もしもし?」

 月曜日は十月十日。祝日のため大事そうに赤い文字で表記されている。二十二歳の誕生日に気を取られて僕はまだそれに気づいていない。

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