第39話 徳方大学の合格発表と追試
「でも、まだ徳方大学の発表が残っているから・・・」ひとしきり泣いた後で、柴崎さんの背中をさすりながら私がささやいた。
「無理に決まってるよ・・・」まだぐずぐず泣きながら立ち上がる柴崎さん。
「私一人で浪人なんて嫌・・・」
そこへ黒田先輩が近づいて来て、柴崎さんの頭を優しくなでた。「落ち込まないで、柴崎さん。まだ受けた大学があるんでしょ?」
「でも、でも・・・」目をこする柴崎さん。
「万が一の時は、私がまた勉強を見てあげるから」
「・・・はい」
「祥子さん、今日これから徳方大学の発表を見に行ってきます。見た後で帰ります。今日はありがとうございました」
「うん、わかった」
水上先輩と上谷さんもつらそうな顔をしていたが、記念写真の依頼が入ったようで、私たちに手を振るとその場を離れて行った。
まだ涙を流している柴崎さんを両側から支えるようにして歩き出す。私は「大丈夫よ、大丈夫だから」と根拠のない励ましをかけることしかできなかった。
駅で切符を買い、まだめそめそしている柴崎さんと一緒に電車に乗った。他の乗客の視線を感じるので、柴崎さんを守るような体勢を取った。
やがて徳方大学前の駅に着いた。柴崎さんに寄り添って歩き出す。学生通りの道は学生や結果を見に来た受験生であふれていた。相変わらずの活気だ。徳方大学の校門に近づくが、突然柴崎さんの足が止まった。
「いや、見たくない!」
「柴崎さん。気持ちはわかるけど、誰が見ても結局は自分で知ることになるから」
うなずいてようやく歩き出す柴崎さん。
「ごめん、ごめんね、二人とも。・・・二人は合格していたんでしょ?」
「謝らなくていいわよ」と坂田さんが言った。
「そうよ、落ち着いて、一緒に見ましょうね」
キャンパスに入って掲示板の前に行く。柴崎さんが徳方大学の受験票を出した。私たちはその番号を見て、掲示板の番号を探し始めた。
しばらくすると、柴崎さんが「あっ」と言ってまたうずくまった。そして涙を流してわあわあと泣きだした。
「柴崎さん!?」私たちはすぐにうずくまって、さっきと同じように柴崎さんの肩を両側から抱いた。
「番号がなかったの?」
「あ・・・あた・・・」
「え?」
「番号があった。・・・合格してた」そして柴崎さんは再び泣きじゃくった。
私は受験票の番号を確認し、掲示板の表示を見た。確かに同じ番号があった。
「ほんとうだ。合格してる。やったわよ、柴崎さん!」
「良かったね、良かったね」坂田さんも柴崎さんの肩を抱きしめた。
涙が止まらない柴崎さん。
しばらくしてようやく私たちは立ち上がった。柴崎さんも私たちも涙を拭きつつ徳方大学を後にした。
「ほっとしたらお腹がすいちゃった」と柴崎さんが赤い目をしながら笑って言った。
「ここには学生向けの飲食店がたくさんあるから、どこかで食べようか」
私たちはスパイシーな香りを漂わせているカレー屋に入った。そしてビーフカレーを注文して食べる。おいしいが私の舌には少し辛かった。
「おいしいけど、辛くない?」
「そうね。この辛さだと涙が出てくるわね」泣いたのをごまかすかのように柴崎さんが言った。
「でも、二人とは離れ離れか。寂しくなるわ」
「大丈夫よ。柴崎さんなら友だちが、・・・ひょっとしたら彼氏も、すぐにできるわよ」と坂田さん。
「このあたりにおいしいお店を見つけたら、教えてね」食い意地の張っている私は彼氏よりも食べ物だ。
「ええ、大学に入っても、また必ず会いましょうね」
ほっとした気持ちになって私たちは電車に乗った。私たちの町に戻り、駅前で二人と別れる。柴崎さんは私たちに感謝して、何度も何度も手を振っていた。
日曜日の朝になった。熱はないがやっぱり体が重い。昨夜も夢の中でもうひとりの美知子に会った。しかし私を見つめるだけで、何も言ってくれなかった。
今日は追試の勉強をする予定だが、それよりもまず合格したことを明日香たちに電話しようと決めた。水上先輩から連絡が行ってるかもしれないが、念のために。・・・クラスメイトへの報告は明日でいいだろう。
「もしもし、藤野と申しますが、明日香さんはご在宅でしょうか?」お手伝いさんらしい相手に用件を告げる。
しばらくすると明日香が電話口に出た。
「もしもし、お姉様・・・?」探るような声だ。まだ受験結果は聞いていないようだ。
「明日香ちゃん、
「え、ほんと!?おめでとう、お姉様!」
明日香はその後、そばにいる誰かにごにょごにょと話していた。多分真紀子だろう。
「みっちゃん、合格おめでとう!」真紀子が電話を替わって私に言った。
「長い戦いだったけど、ようやく終わったわ」
「お姉様!」また明日香に替わった。「三月二日の日曜日に合格祝賀会を開くから、その日はあけておいてね!」
「私のためだけにお祝いしてくれるなんて申し訳ないけど、せっかくだから参加するわ。ありがとう。ご両親にもよろしく言っておいてね」
後で知ったことだが、クリスマスパーティーに招いてもらった麗子も徳方大学に合格していた。佐藤(薫)さんと鈴木さんは不合格だったので、二人で一緒に晟立大学に行くことにしたらしい。
その日の夕飯は合格祝賀会ということで、お茶の間に並べられたテーブルには豪勢な仕出し料理が並んでいた。そして私の短大合格を家族が改めて喜んでくれた。
その日の夜も夢の中でもうひとりの美知子に会った。しかし美知子はじっと私を見つめたまま、何も語ろうとはしなかった。
翌日、いつものように登校した。既に学年末試験も終わったので、後は残りの授業をぼーっと受けるだけだが、私は先週休んだので、教室には寄らずに二階の奥の応接室に行った。
ガラス戸が割れていた書棚は修理されていた。この部屋にあったテーブルやソファーはなく、代わりに勉強机が十脚余り並べられていた。私と同じように試験を休んだ生徒が十人くらい集められていた。
「はい、じゃあ追試をします」追試担当は
「一年生はこの列、二年生はこちら、三年生はこちらの机に座りなさい」
私たちは指示された机に座った。すぐに机の上に、それぞれの生徒が欠席した試験の問題用紙が裏返しで配られる。
「じゃあ、始めなさい」予鈴とともに上毛先生が言った。
私はすぐに答案用紙と問題用紙を裏返した。ざっと問題を見ると、柴崎さんたちに聞いた問題とほとんど同じだった。
すぐに答を書き始める。・・・試験時間が半分過ぎたあたりで私は答案用紙を書き終わっていた。
一応問題と答を再確認する。・・・ほぼ完璧だとほくそ笑んだ。
その日の追試がすべて終わると、もう放課後だった。私が三年二組の教室に戻ると、藤娘が寄って来た。
「生徒会長、おめでとう!
「おめでとう」「やったわね!」「信じてた」とみんなが言葉を続けた。
「みんな、ありがとう!」追試があったのでみんなへの報告ができなかったが、柴崎さんや坂田さんが話してくれたようだ。
「藤野さん、おめでとう」と一色も言ってくれた。
「一色さんは、明応の入試はどうだった?」
「うん、けっこう手ごわい問題が多かったけど、何とか書けたと思う」
一色は進学校でも十分通用する頭の持ち主だ。多分大丈夫だろう。
「合格発表はいつなの?」
「今週の土曜日さ。・・・山際さんは大学まで見に行くって言ってたけど、私は店の手伝いがあるから合格電報を頼んだんだ」
「そうなの?でも、いつ電報が来るか、そして電報の文面がどっちか、気になって仕事が手に着かないんじゃないの?・・・あ、私は合格だって信じているけど」
「ありがと。でも、仕事をしている方がそういう心配を忘れると思うよ」
その日の放課後は、柴崎さんの家へ勉強に行く必要がなくなったので、久しぶりに斉藤さんの家に遊びに行った。
「雛子さ〜ん、いる?」玄関から声をかける。
「あ、生徒会長!」「みちこおねーちゃん!」斉藤さんと雪子ちゃんがすぐに出てきた。
「みちこおねーちゃん、きて!」と雪子ちゃんが私の手を引いた。
「どうしたの?」と聞きながら家に上がると、お茶の間に真新しい赤色のランドセルが置いてあった。
「わたしのランドセル!」と、ランドセルを背負ってみせる雪子ちゃん。
「素敵ね。雪子ちゃんも立派な一年生ね」と言うと、雪子ちゃんがにっこりと微笑んでくれた。
「でも、小学生になったら勉強しないといけないわよ」と脅してみる。
「ゆきこ、じがかけるよ」と言って、チラシの裏に鉛筆で「ゆきこ」と書いたのを見せてくれた。
「あら、上手ね」
「さんすうもできるよ」私にほめられて気を良くした雪子ちゃんが同じチラシの裏に「1+1=2」と書いてみせた。
「あ、ほんとだ!すごいね」とほめて雪子ちゃんの頭をなでる。
雪子ちゃんがほめられているのを見た妹の月子ちゃんが、自分も字を書きたがった。
雪子ちゃんから鉛筆を貸してもらい、チラシの裏に「−±=」と書いた。
「これは何?」と月子ちゃんに聞いた。算数の式のつもりなのだろうか?
「つきこってかいたの」と月子ちゃん。「−」が「つ」、「±」が「き」、「=」が「こ」のつもりだったようだ。
「月子ちゃんも上手ね」とほめておいた。
「ところで最近、翠が機嫌がいいけど、何か理由を聞いてる?」と斉藤さんが聞いてきた。私はどきっとした。
「さ、さあ。・・・何かいいことでもあったのかしら?」とっさにごまかす。
「翠も私に似ているところがあって、みんなに言う前に生徒会長に相談しそうに思うの。何も聞いてないの?」
「わ、私は知らないわ」思わず視線をそらしてしまう私。ごまかし方がへたで、ばればれだと自分でも思う。
斉藤さんはそんな私をじっと見ていたようだが、「まあ、いいわ。生徒会長が何でも言いふらす人じゃないことは私も知ってるから」と言ってこの話題は終わった。
帰宅後、卒業式での卒業生答辞を準備しなければいけないことを思い出した。去年の黒田先輩の答辞の原稿はもらっている。隙のない完璧な答辞だ。しかし、それをそのまま使うことはできない。
優等生だった黒田先輩と違い、綱渡り生徒会長だった私は、私にふさわしい答辞を作らなくてはならないだろう。
古田さんには、古田さんが読み上げる在校生送辞に負けないのを作ると大見得を切ったが、具体的な草案はまだない。どうしよう?と、ぼーっとしながら考え続けた。
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