第25話 受験の準備と体調不良

松葉祭しょうようさいが終わった。これで自分が関与する学内行事は卒業式の答辞を残すだけだ。しかしその前に、受験する短大に入学願書を出す必要がある。私は中村先生に聞いて入学願書を取り寄せる手続きをするとともに、調査書を交付してもらうことをお願いした。


「受験するのは秋花しゅうか女子短大だけ?」と中村先生に聞かれた。


「ほかのところは考えてなかったですが?」


「今の成績なら大丈夫と思うけど、念のため白砂しらさご女子短大も受けてみたら?試験日が秋花しゅうかの一週間前だから、受験慣れするという意味でもいいわよ。帰ったらご両親と相談しておいて」


「わかりました。失礼します」と言って職員室を出た。


翌日の教室で柴崎さんと坂田さんに会ったとき、二人が進学を考えていると言っていたので、


「私は秋花しゅうか女子短大と白砂しらさご女子短大の入学願書を準備しているけど、二人はどこを受験するつもりなの?」と聞いてみた。


「私も秋花しゅうか女子短大を考えていたけど、生徒会長と同じように滑り止めで白砂しらさご女子短大も受けようかしら?」と坂田さんが言った。


「私は大学ねらいだから、一応秋花しゅうか女子大学と徳方大学を考えているの」と柴崎さん。


「ところで中間試験の勉強を教室でしていたけど、受験勉強をまた私の家でしない?」


「柴崎さんの家族に迷惑じゃないの?」


「何か手みやげを持って行こうか?」と坂田さんも気を遣った。


「その点は大丈夫だから気にしないで。生徒会長に勉強を教えてもらっているって言ってあるから。・・・むしろこちらからお礼しなきゃって、母が言ってるほどよ」


「お礼は必要ないけど、そこまで言ってくれるなら柴崎さんの家で勉強しましょうか」


その日、中間試験の結果が渡された。学年順位は私が十二位で、柴崎さんが三十位、坂田さんが四十五位くらいと内緒で教えてくれた。


「私はもう少し頑張らないと、生徒会長と違う短大に行ってしまいそう」と嘆く坂田さん。


「まだ、三か月弱あるから頑張りましょうよ。ところで秋花女子短大の学科はどこにするの?私は英語学科を受けようと思っているの」と坂田さんに聞いた。


「私は家政学科」


「私は大学の家政学部を考えているわ」と柴崎さん。


その日はそのまま柴崎さんの家にお邪魔することになった。家に上がらせてもらい、柴崎さんの母親にあいさつすると、「いつも由美の勉強を見てもらってすみませんね」と言われてしまった。ほんとうに家庭教師のように思われているらしい。


さっそくまじめに勉強を始め、一時間くらいで休憩しておしゃべりを始めた。


松葉祭しょうようさいで披露したダンスは楽しかったわね。振り付けを自分たちで考えるところが特におもしろかった」と坂田さんが言った。


「確かに、難しいところもあったけど楽しかった」と柴崎さんも言った。


「もう、あんな楽しいことをする機会はないのかしら?」


「創作ダンスを考える機会がってこと?・・・幼稚園の先生になったら、園児にお遊戯の踊りを考えて教えることもあるかもね」と私が適当に言ったら、坂田さんがけっこう本気になってきた。


「そうね!短大で幼稚園の先生の資格を取る課程に進もうかしら?」


「え?本気?」


「大学でも資格を取れるはずよ!」と、柴崎さんも乗り気になっていた。


「あっ、でも、私は二十歳くらいで結婚する運命だった!」と坂田さんが叫んだ。「幼稚園の先生をしている暇はないのかなあ?」


「え?短大を卒業してすぐに結婚するの?」と私は驚いて聞いた。


「何言ってるのよ、生徒会長が占ってくれたじゃない!」・・・だから、素人の手相占いなんて、真に受けないでほしい!


「素人占いだから、はずれるかもしれないから、とりあえず幼稚園の先生を目指したら?」と言っておく。


「その点私はあせる必要がないから、幼稚園の先生になって、それからゆっくりと結婚相手を捜すわ」・・・柴崎さんも私の手相占いを信じているのか?頼むから目を醒してくれ!


「あ、そうだ。どうせなら、秋花しゅうか女子短大に合格するか、手相で占ってよ」坂田さんが手を差し出してきた。


手相で受験の結果までわかるわけがない。少なくとも私には無理だ。しかし断り切れない勢いだったので、しぶしぶ坂田さんの両手を見た。


「気を抜くと危ない、頑張れ、と出ているわ」当たり障りがないことを言っておく。


「わかった。気を抜かずに頑張る!」と坂田さん。何で素直に信じるのかな?


もちろん柴崎さんの手相も見た。「もう少し頑張れば、希望の光が見えるって」


「わかった。私も頑張るわ」


私はやる気が出た二人と、また勉強を再開するのだった。




その夜、久しぶりに夢の中で光り輝く美知子、つまり私自身と会った。暗闇の中、美知子が近づいて来て、私の両手を取った。そして口をパクパクさせている。「わ・た・し・が・ま・も・る・か・ら・・・」と言っているようだ。


「何から守ってくれるの?」と聞こうとしたが、次の瞬間、美知子の手が離れて私は奈落の底に沈んで行った。


「美知子、美知子・・・」誰かが私の体を揺さぶった。


目を開くと、母の顔が私の目の前にあった。


「美知子、具合悪いの?」


横では武があわてて起きていた。「姉ちゃんが起こしてくれないから、遅刻しそうだ!」


私も起きようとしたが、頭がぼーっとしているし、体中が痛くて起き上がれなかった。


母が私の額に手を当てる。「熱がありそうね。今日は寝てなさい」


そう言われてまた目をつむる。病気になるのはほんとうに久しぶりだ。


武がどたばたしているのが聞こえる。横で母が武の布団を片づけているようだ。しかし私は目を開けず、気配だけを感じていた。


武が家を出て行って静かになってからしばらくして、母がお盆を持って来た。


「美知子、お粥だけど、食べられる?」


私は目をそっと開いた。「ありがとう、お母さん・・・」


母に上体を起こしてもらって、お粥の入ったお茶碗とはしを受け取った。


お粥を口に入れる。食欲はなかったが、食べた方がいいと思い、無理して飲み込んだ。のどは痛くない。もう二口くらいを無理して食べると、母にお茶碗を返した。


「学校には休むと連絡しておいたわ。・・・あと、しばらくしたらお医者さんが来るから、それまで休んでなさい」


「お医者さんって。・・・一日寝てれば治るわよ」


「受験生だから、早めに治した方がいいから」


私は体を横たえると、また目を閉じた。しばらくそのままじっとしていると、瞼の裏にまた美知子の姿が見えてきた。


美知子は私のそばに寄り添い、自分の手を私の手の上に置いた。安心させようとしているかのように。夢なのか幻なのか区別がつかずにそのまま過ごしていると、母が来て声をかけた。


「お医者さんが来られたわよ」


母に支えられて上体を起こすと、近所の初老のお医者さんとベテランっぽい看護婦さんが入ってきた。


すぐに看護婦さんがパジャマのすそから体温計を入れて私の脇の下にはさませた。お医者さんも私の横に座って、私の瞼を下げたり、口を開かせてのどの奥に平たい器具をつっこんだりした。


看護婦さんが私のパジャマをめくり上げて体温計を取る。


「三十八℃です」


パジャマを下ろさず、ブラジャーが丸見えになっているが、そのままの状態でお医者さんが聴診器を当ててきた。ブラジャーの端から内側に聴診器が入り込んでくる。私は恥ずかしさよりも、聴診器の冷たさの方が気になった。


「今度は背中を診せてもらおうかの」


お医者さんが言うと、看護婦さんがパジャマの背中側を上げた。


「息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いて」そう言いながら冷たい聴診器を背中に当てられた。


「よし、いいじゃろう」お医者さんの言葉でパジャマを下ろされる。


「のどの腫れもないし、ただの風邪じゃ。注射しておこう」とお医者さんは母に言った。


看護婦さんが私のパジャマの袖をまくり上げ、その間にお医者さんがアンプルをカットし、中の薬液を注射器に吸い込んだ。


私の左腕を取ってアルコール綿で消毒すると、お医者さんが注射針を刺した。あまり痛みを感じない。注射針を抜くと、アルコール綿を注射部に当てて軽くもまれた。


「少しもんでなさい」と言われてその通りにする。


「安静にしていれば、夜には熱が下がるじゃろう」とお医者さんが説明して、帰って行った。


私は再び布団の上で横になった。そのまま眠っていたが、人の声がして目が覚めた。窓にさす光の具合から夕方なのだろう。薄目を開けると、部屋に母が入ってきた。


「美知子、目が覚めたの?」


「ええ。・・・誰か来たの?」


「一色さんと斉藤さんよ。宿題のプリントを預かっておいたわ。明日は多分登校できるからって言っておいたわよ」


「そう・・・」


「お昼はよく眠っていたから起こさなかったけど、お粥を食べる?」


「ええ。・・・お願い、お母さん」


しばらくすると温めなおしたお粥を持ってきてくれた。上体を起こしてお粥を口に運ぶ。朝よりは食欲が戻ってきたようだ。


「熱も下がったみたいね」と私の額に手を当てて母が言った。


体の痛みもなくなっている。私は食べ終わると一色が持ってきてくれたプリントを見た。数学の宿題と日本史の授業の資料だった。そしてプリントの間にノートの切れ端がはさまっていた。そこにはみんなの手書きのメッセージが書いてあった。


 委員長の仕事を一人でするとやっぱり大変だね。いつもありがとう。早く元気になってね。 一色

 生徒会長がいないと寂しいわ。また遊ぼうね。 雛子

 生徒会長がいないとつまらない。元気になって。 翠

 いつも勉強を教えてくれてありがとう。ゆっくり休んで元気になって。 柴崎

 早く元気になって、一緒に短大合格目指そうね。 坂田


ほかにも何人ものメッセージがあった。みんなの気持ちに思わず涙ぐむ。


夕飯は、ご飯の代わりにお粥をもらったけど、おかずは普通に食べることができた。朝はほんとうに食欲がなかったな、と思い出しながら。


翌朝登校すると、教室で斉藤さんに会った。「おはよう、雛子さん。昨日は家まで来てくれたそうで、ありがとう」


「おはよう、生徒会長。まだ調子悪そうね?」と斉藤さんに心配された。


そう言えば斉藤さんは私の活力を後光として見える人だった(第7章第17話参照)。


「雛子さんには、私が調子悪く見える?」


「少しだけだけど、調子が落ちているように見えるわ」


去年も二学期から三学期にかけて病気はしなかったものの成績が落ち、似顔絵も下手になった。そして終業式の夜に夢の中で美知子と会い、頑張るよう励まされた(第7章第33話〜第35話参照)。また調子が悪くなったのか?この大事な時期に。


「・・・何でだろう?受験まで気が抜けないのに」


「生徒会長って寒がりじゃない。だから体力が落ちるのかもしれないわ」


確かに、最近寒さが辛くなってきた。着込んではいるが、それだけでは追いつかない。


「あ、生徒会長だ!」そのとき藤娘や一色や柴崎さんや坂田さんも教室に入ってきた。


「具合はどう?」とみんなが口々に声をかけてくれて嬉しかった。


昼休みには喜子や津山さん、古田さん、明日香、真紀子、森田さんなども代わる代わる顔を出してくれた。


冬の寒さは身にこたえるが、みんなの気持ちで心が温まった一日だった。

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