第20話 修学旅行(三日目・夜〜四日目)
湯船の中で気配を消しているのに、「リーダー、また背中流してよ」と須藤さんが声をかけてきた。やれやれと湯船を出ると、須藤さんのそばに寄って背中を洗い始めた。
「いかがですか、お客さん?」
「ん〜、極楽、極楽。・・・じゃあ、次、洗ってあげる」
須藤さんは泡だらけのまま立ち上がると、私を座らせて私の背中を洗い始めた。
「生徒会長、三日間お疲れさま」
「え?・・・私をねぎらってくれるの?」・・・思い返せばこの三日間、私はみんなのために・・・って、たいしたことしてないけど。
「昨夜、怖がらせたおわびも兼ねてね。・・・ほんとはみんな、生徒会長のことが好きだから、からかいたくなったの」
私も柴崎さんや坂田さんにいたずらを仕掛けようとしてたから、人のことは責められない。
身も心もほっこりしてお風呂を出ると、パジャマに着替えて布団の上に寝転がった。
「さて、今夜のお話ですが、ちょっと早いけど
「え?もう考えたの?」驚く柴崎さん。
「ええ、これから説明するのは一つの案だけど、みんなから意見を聞きたいの」
「了解。説明して」と坂田さんが言った。
「今年は歌と踊りにしたいの。そして歌う曲はミュージカルよ」
目を見開きながらも真剣に聞いているみんな。私も具体的な案を聞くのは初めてだ。
「まずクラスメイトを四グループに分けるの。一つのグループは去年と同じでリコーダーによる伴奏を担当するの。残り三グループは合唱担当だけど、歌は三曲あって、一グループずつ前で踊るのよ」
「なるほど、ただの合唱よりはおもしろいわね」と斉藤さん。
「ミュージカルの曲は何を使うの?」
「みんなが知ってるような有名な曲がいいと思うから、私が推薦するのはまず映画『雨に唄えば』の『Singin' In The Rain』、『マイフェアレディ』の『I Could Have Danced All Night』、そして『サウンド・オブ・ミュージック』の『The Sound of Music』よ」
「英語で歌うの?」と坂田さんが聞いた。
「そうよ。でも合唱グループは、踊る人以外は歌詞の書いた紙を楽譜に見立てて持つから、丸暗記する必要はないわ」
「当然指揮は生徒会長がするのよね」と斉藤さんが言った。
「それから、踊る人には着飾ってもらうわよ」と須藤さんが言った。
「どう着飾るの?晴着でも着るの?」と柴崎さんが聞く。
「そうね、『Singin' In The Rain』で踊る人は赤い傘を持ってレインコートを着るの。『I Could Have Danced All Night』ではパジャマかネグリジェ。そろえるかは検討が必要ね。そして『The Sound of Music』は・・・セーラー服の上にエプロンとか?」
「なかなかいいんじゃない?」と坂田さんが言った。「もし華やかさが足りなかったら、何かアレンジすればいいんだから」
「帰ったらクラスメイトに根回しするから、それぞれのグループの責任者を決めるときに手伝ってね」
「わかったわ」と柴崎さんと坂田さんが言った。
「素敵なアイデアね。頼りになるわ」と、私は須藤さんをほめた。
「てへへ」照れる須藤さん。
「あ、翠ばっかりずるい。私も考えるの手伝ったのに」と文句を言う佐藤さん。
「私もよ」と齋藤さん。
「孝子さんも美樹さんも頼りになるわ。ありがとう」私の言葉に二人も照れた。
「私たちもがんばって協力するわ」と柴崎さんが言い、坂田さんや斉藤さんや宮藤さんもうなずいた。
「ありがとう、みんな、よろしくね」
その後は今回の修学旅行で良かったことを話し合った。
「みんないろんなお寺や神社で縁結びのお守りを買いまくるもんだから、神様や仏様にお金を吸い取られに行ったように見えたわ」
「ほんとに、一生でこんなにお守りを買いまくることはもうないでしょうね」と須藤さんがため息をついた。
「でも、せっかく京都や奈良に来たんだから、買えるものは買っておきたいしね」
「そうそう、あそこのお守りを買いそびれたために縁遠くなった、なんてことがあるといけないからね」と齋藤さん。
いっぱいお守りを買ったのに未だに縁がないと言っていたバスガイドさんのことには誰も触れなかった。
その夜はいつのまにか眠り込んでしまった。そして翌朝になる。朝食を食べる時間だ。
ご飯は、茶色いお湯に沈んだお粥だった。ほうじ茶で炊いた茶粥だ。食べてみるとお茶漬けのようなさらさらした食感だった。おかずは焼きサバ、出汁巻き、海老芋と六条麩の焚合せ、奈良漬けで、豆腐のみそ汁がついていた。今朝も堪能した。
「それでは今日の予定を説明します」と
「今日は九時にバスに乗って京都駅に行き、列車で帰京します。東京駅からは再度バスに乗って、学校で解散です。時間までに荷物を持って、ロビーに集合してください」
今日は一日移動で終わる。奈良京都間のバス移動があるため、一日目よりも長旅だ。途中で疲れて寝てしまうんじゃないかと心配だ。
九時前にロビーに集合し、到着したバスに乗り込む。バスガイドさんは昨日と同じ近藤さんだ。
「松葉女子高校のみなさま、私はバスガイドの近藤政子と申します。覚えていてくれましたか?今日はお帰りということで、京都駅までの短いバス旅行となりますが、今日も楽しく過ごしましょう」相変わらずのハイテンションだ。
「それでは今日も順番に、生徒会長さんから歌かおしゃべりをお願いします」いきなりだな。
「えー、みんな、あと半年で卒業ですね。今までありがとうございました。私は高校の思い出を込めて『学生時代』を歌います」明日香が歌っていた歌だ。
私が歌い終わると、何人かのクラスメイトがすすり泣いていた。
「生徒会長さん、泣かせますね〜。それでは隣の方」
次に宮藤さんが歌ったのは舟木一夫の『高校三年生』だった。これも卒業での別れがテーマの曲で、歌い終わるとすすり泣く声が多くなっていた。
「素晴らしい歌声でした。私もついもらい泣きしそうになりました。この曲がヒットした年に同名の映画が作られましたが、愛と性をテーマにした映画ということで、当時はちょっとした注目を浴びました。最後はキスシーンとかあったんですよ〜」
バスガイドさんの解説にクラスメイトたちはちょっと引いていた。
「それでは気を取り直して、次の方!」
「私は加山雄三の『二人の海』を、結婚が近い雛子に捧げます」歌い出す須藤さん。
須藤さんもぶれないな。
「素晴らしい歌声でした。それでは次の結婚間近の方」
「私は『いっぽんどっこの唄』を歌います」と斉藤さん。これでしんみりムードは吹き飛んでしまった。
奈良から京都に向かうバスの旅は、最初はバスガイドさんのテンションで何とか盛り上がったものの、最後の一時間はみんな疲れ果ててほぼ無言の旅だった。
京都駅に着くとバスガイドさんにお礼を言って降車し、駅の改札口を抜けて松葉女子高が予約した列車に乗り込んだ。
「お弁当とお茶を各グループで持って行ってください」と中村先生が叫び、また三人で取りに行く。
ちなみに今回は私たちが進行方向に向かって左側のボックスに座った。山側で、富士山が見やすい席だ。
お昼になっていたのでさっそく駅弁を食べることにする。駅弁の包装紙には京都タワーの絵が印刷してあったが、中は普通の幕の内弁当だった。
弁当を食べ終わったらまたトランプを始めた。今度はジョーカーを入れてのババ抜きにした。名古屋を通過する頃にはトランプにも飽きて、代わりに私はみんなの手相を観ることにした。実は以前に手相の本を読んだことがあった。生半可な知識しかないから、ただのお遊びだ。
「え?生徒会長は手相占いができるの?」と驚く坂田さん。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦だけどね。観方は知ってるわよ」
「じゃあ観て。私の結婚運を」と頼む坂田さん。
結婚運なら手の平の小指側の端の感情線の上にある短い結婚線を見る。坂田さんの右手の結婚線は、感情線に近くくっきりと刻まれていた。
「結婚は早いうちにするわね。二十歳頃かしら」
「そ、そうなの。・・・私は大学に行こうか短大に行こうか迷っていたけど、二十歳で結婚するなら短大にするわ!」
「あ!あの・・・素人の占いだからあまり本気にしないで」他人の人生を狂わせたら大問題だよ。
「私も観て」と柴崎さん。左手に複数の結婚線、右手は上の方にくっきりとした結婚線が見えた。
「結婚の申込みは多そうだけど、あせらない方がいいみたい」
「そうなの?じゃあ、私は大学に進学して、すぐには結婚しないようにするわ」
だから何で同級生の素人占いを真に受けるんだ?
「あんまり本気にしないで」と言ったら、坂田さんが、
「じゃあ、中村先生の手相を見てよ」と言って立ち上がって中村先生を連れてきた。
「何なの?」無理矢理つれて来られてとまどう中村先生。
「生徒会長が手相を観てくれてるんです。先生もどうですか?」
「私はそんなの信じないけど」と言いつつも両手を出してきた。手に取って観察する私。生命線が長い。
「先生は長生きしますね」
「あら、ありがとう」そう言って中村先生は去って行った。
「私たちは先生の寿命なんかを聞きたいわけじゃないのよ。結婚運はどうなの?」
私は言うべきかどうか迷った。言い淀んでいると、坂田さんや柴崎さんがしつこく聞いてきたので観念した。
「結婚線がなかった。・・・当分結婚しないみたい」私がぼそっと言うと二人が目を見開いた。
「当たるわ!生徒会長の手相占いは当たるわ!」
それからが大騒ぎだった。噂を聞きつけたクラスメイトが押し寄せてきた。
「雛子を観てよ!」と須藤さんに詰め寄られ、斉藤さんの両手をちらりと観て、
「来年あたり結婚するわね」と言ったら、
「ほんとうに当たるわ!」とマジで驚いていた。いや、結婚することは決まってるから・・・。
次々と来るクラスメイトの手相を観て、「二十五歳より前に結婚する可能性が高いわね」とか、「あせらなければ良運に恵まれるわよ」とか、当たり障りのないことを言ってごまかした。私の言葉で他人の人生を左右したくないし、責任取れないし。
その後、みんな疲れてきたのか少しずつ会話が減り、私もうとうとしているうちに東京駅に着いた。ちなみに富士山はもやっていて見えなかった。あくびをしながら荷物を取って東京駅のホームに降りる。
みんなで整列して、団体用改札口を抜け、駅前で待っていたバスに乗った。車掌さんがついていたが、特に私たちに余興をさせることもなく、のんびりと走って行った。
「もうすぐ家か。・・・楽しかったけど、ほっとするね」
松葉女子高校に到着すると、すぐにバスから降りて、昇降口前に整列する。
「え~、途中何ごともなく無事に帰ることができました。三泊四日の修学旅行を楽しまれたでしょうか?それではこれから各自帰宅して体を休めてください。明日の土曜日はお休みです。・・・それでは、解散!」と
私はみんなに別れのあいさつを言って、迎えに来ていた母のところに近寄った。
「美知子、お帰りなさい」と母が微笑んで言ってくれた。「修学旅行は楽しかった?」
「ええ、とても。話すことがいっぱいあるわ」
母と一緒に歩きながら周りを見回すと、斉藤さんは婚約者が迎えに来ていたようで、須藤さんたちに冷やかされていた。
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