第18話 旅館のお化け

バスが旅館に到着すると、私たちは旅館の部屋に戻った。買ってきたおみやげをしまっておく。


そして夕飯を食べに食堂へ移動する。昨日と同じように座卓の各席にやや大きめのご飯茶碗、懐石弁当、京菜とかまぼこのお吸い物、番茶が置かれていた。


今日のご飯はとり飯だった。鶏肉と、ごぼう、にんじん、こんにゃくなどの薄切りを入れて炊き上げたご飯だ。懐石弁当の中身は、出汁巻き、鱧の酢の物、焼き湯葉の含め煮、こんにゃくの白和え、胡麻豆腐、水菜と菊花のお浸し、芋田楽に柴漬だった。


とり飯はおかわりがなかったが、私的には十分な量だった。


夕飯が終わると入浴だ。昨日と同じく柴崎さんはタオルで必死に体を隠していた。


「あっ!」一緒に浴室に入るときに私はついつまづいたふりをして柴崎さんに抱きついた。


「きゃっ!」柴崎さんはタオルを落としてしまい、あわててうずくまって体を隠した。


「ごめんね、ごめんね」私はタオルを拾ってあげて柴崎さんに渡した。


「いえ、気にしないで」と言ってタオルを受け取る柴崎さん。


私はちょっと罪悪感を感じて、今日も背中を流すことにした。


「さあ、背中を洗うわよ」


「いえ、生徒会長、さすがに毎日は悪いから・・・」


「いいから、いいから」


「生徒会長はすぐ人の背中を洗うわね。ひょっとして女の子の裸が好きなのかしら?」と須藤さんが指摘した。


私はどきっとしたが、「おわびと、今日一日の疲れを癒してもらうためよ。だってグループのリーダーだから」と言ってごまかした。


すると横の洗い場にグループの残りの六人が全員、背中をこちらに向けて体の前だけ洗っているのに気づいた。しょうがないので今日も全員の背中を流したが、須藤さんのときだけ首筋からお尻の近くまで指を当てて線を引くように指を滑らせたら、「ひいっ」と叫んだので、にひひと笑ってしまった。


「今度は私が洗ってあげる」と、全員を洗い終わった私に柴崎さんが言ってくれた。


そのときはもうタオルで前を隠していなかったので、「成長したな。うんうん」と思っていたら、


「私が洗うわ」と須藤さんが割って入った。


何か企んでいるんじゃないかと疑ったが、案の定背中を洗いながら指で何度もくすぐってきたので、私は思わず「おひょっ」と言って身悶えしてしまった。


「ふふふ、さっきのお返しよ」


「もう、翠さんたら・・・」


入浴が終わると就寝の準備だ。私たちはパジャマに着替え、昨日と同じように寝転がって集まった。


「昨日の恋愛話はいま一つだったわね」と須藤さん。「だから今夜は怖い話をしましょう」


「ひえっ」と私は小さな悲鳴を上げてしまった。みんなの視線が集まる。(この当時はまだ妖怪ハンターと呼ばれる前で)怖い話は得意でなかった。私を見て須藤さんがにやっと笑う。


「京都は昔から魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする町よ。怖い話をしないわけにはいかないじゃない」


そう言って須藤さんは立ち上がると、天井の電灯を豆電球だけにした。電灯が揺れて、須藤さんの壁に映った影がゆらめく。


「ひいっ」とまた私の口から悲鳴が漏れる。


「じゃあ、誰から怖い話をする?」うつ伏せに寝転がって須藤さんが聞いた。


「じゃあ、私から」と宮藤さんが言った。


「私の家は山の中にあるんだけど、山の中に山姥やまんばが住んでいて、悪い子どもがいたら取って食われると小さい頃に親から脅されていたの」


「『わるいごはいねがー』と言って家に入って来る秋田のなまはげみたいなものね。それで子どもをしつけるのよ」と私が、怖さをまぎらわすために解説した。


「私が小さい頃だけど、夜中に目が覚めてトイレに行こうとしたら、お母さんの部屋に明かりが灯っていて、障子に人影が映っていたの。そこは両親の寝室とは別の部屋で、お母さんのタンスや鏡台が置いてある部屋だったから、お母さんが起きているかなーと思って障子をがらっと開けたら、その人影が振り返ったんだけど、・・・口が右側に大きく裂けていたの〜」最後のフレーズをおどろおどろしく語る宮藤さん。


みんなの顔が思わずひきつる。


「よく見たらそれはやっぱりお母さんで、新しく買った口紅を試しに塗っているときに私が急に障子を開けたんで、驚いて振り返った際に口紅を頬まで塗ってしまっただけだったの」


「なーんだ」と斉藤さん「でも、何で夜中に口紅を?」


「宮藤さんのお父さんに見せるためだったんじゃないの?夫婦だから」と佐藤さんが言って、斉藤さんが頬を赤らめた。何を想像したんだろう?


「じゃあ、次の人」と須藤さんが進行する。


「じゃあ、私」と私の右隣の柴崎さんが言った。


「私が小学校に入学する前くらいの頃、東北の祖父母の家に遊びに行ったの。ちなみに父方の祖父母が横浜にいて、こっちは母方の祖父母ね(第5章第11〜20話参照)。・・・古いけど大きな家で、その家に子どもはいないはずなのに、私には小さな子どもが物陰に隠れているように思えてならなかったの」


「座敷童かしら?」と坂田さんがつぶやいた。


「そして私が部屋の中に一人でいて絵本を読んでいると、誰もいないはずなのに左肩を軽くたたかれたの」


そのとき私の左肩を誰かがたたいた。私が左を向くと、そこには誰もいなかった。私たち八人は布団の並びに沿って四人ずつ向かい合って話をしていた。そして私は左端に寝転んでいた・・・。


怖くなってゆっくり前を向くと、みんなの顔が私を見つめているのに気づいた。


とたんにみんなが笑い出した。


「あはは、生徒会長。柴崎さんが話しながら左手を伸ばして、生徒会長の左肩をたたいたのに気づかなかったの?」と、私の向かいの齋藤さんが言った。


みんなには柴崎さんが左手を伸ばして私の背中に回すのが見えていたそうだ。


「もー、やめてよ」と柴崎さんに文句を言うと、


「お風呂場で私に抱きついてタオルを落とさせたお返しよ」とにやにやしながら言われてしまった。わざとやったことがばれていたのか。


「ごめんなさい。反省しました」とここは素直に謝っておく。怖がらされるのが嫌だから。


柴崎さんはくすくすと笑った。「冗談よ、本気にしないで。・・・背中も流してくれたしね」


「ところで、お手洗いに行きたくなったんですが、どなたか付き添っていただけないでしょうか?」と私はおずおずと聞いた。


「低姿勢〜。生徒会長ってほんとに怖い話がだめなのね」と須藤さんが笑った。


「付き添ってもいいけど」と柴崎さんが言ってくれた。


「せっかくだから度胸試しを兼ねて、一階のロビーを回ってからトイレに行くってのはどう?もちろん、みんなで順番に回るのよ。一番手は生徒会長だけどね」


「それはおもしろそう」とみんなが賛同して、なぜかトイレに行く前に度胸試しをすることになった。漏らさないか心配だ。


「ひ、ひとりじゃ無理です」と反論すると、


「そっちも私が付き添うわよ」と、柴崎さんの優しいお言葉が下った。


「お願いします」と私は頭を下げ、柴崎さんと一緒に立ち上がった。


廊下の蛍光灯は消えていたが、ところどころに誘導灯がついているので真っ暗というわけでははない。それでも静まりかえった薄暗い館内を歩くのは薄気味悪かった。


すると一緒に来てくれた柴崎さんが私の手を握ってくれた。そのまま私を誘導し、階段を三階から一階まで下りてロビーを一巡し、また階段を上がって三階に戻った。そして私たちの部屋に近いトイレに入った。柴崎さんは廊下で待っていてくれるということだった。


トイレの中は白熱灯が灯っていた。四室ある個室のうち、入口に近い個室のドアをノックすると、中からノックが返ってきた。どうやら誰か入っているらしい。


その隣の個室も、さらに奥の個室も使用中だった。一番奥の個室が空いていたので、私は急いで中に入った。


隣の個室のドアが開いて人が出て行く気配がする。私が用をすませて個室から出ると、ドアが半開きになった三つの個室にはもう誰もいなかった。


「しばざきさ〜ん」と声を震わせながらトイレを出ると、すぐ外の廊下で柴崎さんが待っていた。


「よかった〜。待っててくれてありがとう。・・・今、三人ほどトイレから出て行ったでしょ?ほかのクラスの子かな?」


「え、何言ってるの?・・・誰も出て来なかったわよ」と柴崎さんが驚いたように言った。


「え?ええ〜っ!?」私はがくがくぶるぶると震えながら柴崎さんの腕をつかみ、部屋までつれ帰ってもらった。


部屋に入ると震えている私を見て須藤さんが「どうしたの?」と聞いてきた。


「そこのト、トイレの四室中三室に誰かが入っていて、私が用を足している間に出て行ったんだけど、廊下で待っていた柴崎さんが誰も見なかったって・・・」


「ええっ、ほんと?」とみんなが口々に確認してきた。


「ええ、最初はノックをしたらノックし返してきたし、個室を出る気配がしたのに、姿が見えなかったのよ」


「それはトイレの女神様かもしれないわよ」と坂田さんが言った。


「トイレの女神様?」・・・トイレの花子さんのことだろうか?


「私は中国の昔の本、例えば『聊斎志異りょうさいしい』なんかの怪異話を読むのが好きなんだけど、確か中国には紫姑神しこしんと呼ばれるトイレの女神がいて、トイレでいろいろな怪異現象を引き起こすんだって。何でも生前はお妾さんで、嫉妬した本妻にトイレで殺されたそうよ」


「きゃー、怖いわね」と佐藤さんがおもしろがって言った。「でも、それって女神様なの?妖怪かお化けじゃないの?」


「それに、な、なんで中国のお化けが日本のトイレに?」


「ここは京都だからね。昔、最澄や空海がつれて帰ったんじゃないの?」


私は思わず掛け布団をかぶった。


「まだ怖い話が終わってないわよ、生徒会長。・・・一つだけ話したら寝ていいから」と須藤さんが布団をつついて言った。


私は顔だけを布団から出した。


「えーっとね、柳井先生が女子高生だった頃、夜の学校に忘れ物を取りに来たら、二宮金次郎の影が走って来たの・・・」


「それは生徒会長が去年文芸部の活動報告に書いた七不思議の一つじゃないの?確かポーなんとかの像の影を見間違えたんじゃないかって書いてあったわよ(第2章第6話参照)」


「それです。もういい?」


「いいわよ」と言われたので私はまた布団の中に潜り込んだ。その後も須藤さんたちは話し続けていたようだ。順番に度胸試しをしたのか聞かないまま、私は眠り込んでしまった。


翌朝目覚めるとまたトイレに行った。既にほかの部屋の女子生徒も起きていて、何人かがトイレの前に行列を作っていた。


人が多いと昨晩お化けが出たトイレでも怖くない。用を足してから部屋に帰って来ると、須藤さんたちが私を見てくすくすと笑った。


「今朝はトイレに一人で行けた?」


「ええ、もうみんな起きてたから」


「昨夜、トイレに入っていたのは私と美樹と孝子なの」須藤さんの言葉に齋藤さんと佐藤さんがにやにやした。


「え?でも、柴崎さんが・・・」


「生徒会長がロビーを回っている間にお手洗いに行っただけなんだけど、廊下に出たときに柴崎さんに口止めしたの。それだけ」


「なんだ、そうか〜」私は布団の上に座り込んだ。「お化けじゃなくて良かったぁ」


「あなたたちは悪ふざけが過ぎるんだから」と斉藤さんが言った。


「私も一緒になって口をつぐんでいたけど、生徒会長が怖がりすぎてかわいそうだったわよ」


「ごめんね、生徒会長」とみんなが口々に謝ってきた。


「これからも私たちのリーダーでいてね」

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