第27話 体育祭と松葉祭の準備
美術部への顔出しと原稿書きを始めてまもなく、体育祭の当日になった。
家で巻き寿司を作ると、体操服の上からセーラー服を着て、弁当と水筒を持って家を出た。いい天気だった。
教室に入るとセーラー服を脱いで黄色いはちまきを巻き、自分の椅子を持ってグラウンドに出た。
開会式のために、グラウンドの中央に並ぶ。校長先生が開会のあいさつをする。例のプールでの事件から日が経ったせいか、生徒たちの校長先生を見る目が穏やかだった。これからの競技のことを考えていたせいかもしれないが。
準備運動を兼ねてのラジオ体操の後、競技は始まった。ちなみに今日のプログラムは、
8.50〜開会式
9.00〜ラジオ体操
9.20〜五十メートル走
9.40〜百メートル走
10.10〜五十メートルハードル走
10.30〜八十メートルハードル走
11.00〜輪回し
11.27〜障害物競走
11.48〜二百メートル走
11.55〜四百メートル走
13.00〜フォークダンス
13.35〜二人三脚
14.20〜借り物競争
15.05〜クラス対抗リレー
15.15〜閉会式
だ。分刻みのスケジュールで、出場選手の招集と順位の記録が生徒会の仕事だった。私の出場競技は輪回しと借り物競走だけだが、今年は本部の手伝いがあるので忙しい。
一年生の委員が一位と二位でゴールした生徒の名前を確認し、それを本部に伝える。私たちは先日作った一覧表の、その競技の生徒の欄に順位と点数を書いて行く。一位が二点、二位が一点、三位と四位は零点だ。
それをさらに一〜三年生をまとめたクラスごとに加算し(例えば、一年一組と二年一組と三年一組の得点を加算し、一組の成績として発表する)、最終的にどの組が勝ったかを閉会式で発表するのだ。
一位と二位の生徒の、名前の確認が一番煩雑だった。たまに同姓の人もいたからだ。クラスも必ず確認するよう委員に伝えた。
合間に私も競技に出る。
最初に出た輪回しは三位だった。何も知らなかった去年なら最下位でなくて良かったと思うところだが、三位以下が零点と知った今年は、チームに貢献できなかったことを悔やんだ。
昼休みに弁当を食べ、午後一番に女子生徒どうしのフォークダンスをする。その次の二人三脚が終わると、私が出場する借り物競走の番になった。
借り物競争は、五十メートルのコースの途中に借りる物の名前を書いた紙がいくつか落ちており、その中から任意に選ぶようになっている。
スタートの合図のピストルが鳴って、スタートラインに並んでいた私たち出場選手は一斉に走り出した。そしてコースの途中に落ちている、二つ折りにした紙の一つを拾って中を開いた。・・・「ブルマー」と書いてあった。
「はあ?」と思う。ブルマーをはいている女子生徒は大勢いるが、脱がれているブルマーは一つも落ちていない。
私はしばらくあたりを見回した後、二年二組の生徒がいるところへ急いで走って行った。
「どうしたの、委員長?」ぜいぜいと息を切らしている私に斉藤さんが聞いた。
私は喘ぎながら借り物の名称が書いてある紙を差し出した。
「ブルマー?」斉藤さんたち藤娘が驚く。
「だ、誰か、ブルマーを脱いで貸して」
「こんなところで脱げるわけないじゃない!」と斉藤さん。
「それに私たち、次のリレーに出るから、出場選手の集合場所にもう行かないといけないのよ」
「ほかの人は?」と私が言ってあたりを見回したが、みんなぷるぷると頭を振って拒絶した。
「教室だったら、スカートをはいてブルマーを脱いでもらえたのに・・・」
「そう言えば、本部の落とし物入れの中にブルマーがあったような」と一色が言った。
体育祭のさなかにブルマーを落とす女子生徒がいるのか!?と一瞬思ったが、今日は好都合だ。急いで体育祭本部のテントを目指して走り出す。
テントにたどり着くと隅のテーブルの上に落とし物を入れる木箱が置いてあるのに気づいた。黒田先輩は本部にいなかったので、室田先輩に話しかけた。
「す、す、すみません!落とし物の中にブルマーがあると聞いて来ました」
「あれ、藤野さんのだったの?」
「ち、違いますけど、借り物競走でブルマーがいるので、か、借りに来ました」
「落とし物を所有者以外に渡すわけにはいかないけど・・・」と室田先輩は断りかけたが、私の必死な姿を見て、「ゴールしたらすぐに返してね。内緒よ」と言って、けっこう大きめのサイズのブルマーを木箱から取り出して渡してくれた。
私はそれを受け取ると、一心不乱に走ってゴールに向かった。しかし健闘むなしく最下位の四位だった。
気落ちしつつブルマーを返しに本部に戻ると、黒田先輩がいたので文句を言った。
「祥子さん、借り物競争でこんな借り物を書くなんて、無茶ですよ!」
黒田先輩は借り物を書いた紙を受け取り、私が片手に握っているブルマーを見た。
「誰かにブルマーを脱いでもらったの?」
「いいえ、落とし・・・」といいかけて、内緒だったことを思い出した。「はい、そうです」
「別にブルマーを脱いでもらわなくても、ブルマーをはいている生徒と一緒に走ってゴールすればすむことじゃない。自分のは借り物じゃないからだめだけどね」
それでいいんかい!私は心の中で鋭いツッコミを入れると、まもなく始まるクラス対抗リレーに注意が向けられている隙に借り物を木箱の中に置いた。
二年生の第一レースは、二組から藤娘四人が出場する。スタートの合図のピストルが鳴り、第一走者の佐藤さんが走った。意外と速い。同着一位で第二走者の齋藤さんにバトンを渡す。
齋藤さんも健闘して順位を落とさず、第三走者の須藤さんにバトンを渡した。須藤さんも危なげなく走って行く。
そしてアンカーの斉藤さんだ。アンカーだけあって四人の中で一番足が速く、接戦の末僅差で一位になった。
「すごい、すごい!」私は飛び上がって喜んだ。
「みんな、速いじゃない!」ゴールから戻ってきた斉藤さんを迎えて言った。
「こんなに早いのなら、百メートル走と二百メートル走にも出てもらったのに」
「そんなに走れないわよ。それより借り物競争はどうだったの?」
リレーの選手の集合場所に移動していたせいか、私の順位を知らないようだった。
「・・・最下位でした」
斉藤さんは私の肩に手を追いた。「まあ、一所懸命だったんだからいいんじゃない?」
閉会式になると黒田先輩がクラス順位を発表した。二組は三位だった。校長先生のあいさつを退屈そうに聞いた後、本部の片づけをしてから教室に戻った。
体育祭が終わったら、さっそく
今年は生徒会の手伝いに加え、美術部の絵と文芸部の原稿の準備もある。できれば早く決めたいし、なるべく手軽なものにしたいというのが本音だ。
学活でみんなにアイデアを出すよう依頼する。
「お芝居をしたいわ」という提案があった。「ロミオとジュリエットとか、素敵よ」
「誰が脚本を書くの?そして誰が舞台監督をするの?」と誰かが聞いた。
クラスの全員が一斉に私の方を向くが、私はあわてて否定した。「無理よ、無理!」
「あなたが舞台監督をしたら?それともジュリエットがしたいの?」と、斉藤さんが芝居と言った女子生徒に言うと、その生徒はすぐに提案を引っ込めた。
「合唱でいいんじゃない?簡単だし、選曲によっては注目されるよ」と一色が言った。
「合唱でいいけど、誰かピアノで伴奏できる人いる?」と須藤さんが聞く。
「誰か、ピアノが得意な方いませんか?」と私が再度尋ねた。しかし誰も手を挙げなかった。自薦はおろか、他薦もなかった。
去年は麗子が快くピアノを弾いてくれた。アカペラで合唱は正直きつい。
「じゃあ、演奏組と合唱組に別れたらどうかな?」と一色が妙案を出した。
「どういうこと?」
「リコーダーが得意な人が旋律を合奏し、それに合わせて残りの人が合唱するんだよ」
「それはいいわね」
「で、何の曲にする?」
歌謡曲は基本的にだめということになっている。となると、文部省唱歌ぐらいに限られてしまう。去年は讃美歌にしたが、あまり難しくなくて、それでいて他のクラスが選曲しないようなものがいい。
「そうだ、『ジュピター』なんてどう?」と私は思いついた。確かクラシックの有名な組曲、『惑星』の一節で、最も有名なメロディーだ。
「『ジュピター』ってどんな曲?」
そういう質問が飛び交ったので、私は口でメロディーを再現してみせた。
「♪ちゃらちゃーちゃらちゃらちゃららーちゃちゃららーらーらー。ちゃらちゃーちゃらちゃらちゃららーちゃちゃららーらーらー。こんな感じよ」
「いい曲じゃない」と須藤さんが言った。「で、歌詞は?」
歌詞か。・・・クラシックだから、歌詞はないと思う。
「適当に作ってみます」と私は言った。「ただ、『ジュピター』だけだと間が持たないと思うの。クラシック風の合唱曲でほかにいいのがないかしら?」
「クラシックで合唱と言えば、
「そうか、
「それはいいと思うけど、歌詞は確かドイツ語よ。日本語訳があったかしら?」
「そうか・・・」私は考え込んだ。
第九の合唱部分のメロディといえば、『♪ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃーかちゃーん。ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃーかちゃーん』だ。これも同じようなメロディの繰り返しで、演奏も歌うのも簡単そうだ。問題はやっぱり歌詞だな。こっちも自分で作詞した方が早いだろう。
家に帰るとさっそく歌詞を考えた。愛だの恋だのの歌は作れないから、松葉女子高の学生生活を歌詞にしよう。
四苦八苦して考えた歌詞を、土曜日に妹の雪子ちゃんを連れてうちに遊びに来た斉藤さんに見てもらった。
「歌ってみて」といきなり言われた。
「え?」
「だってメロディーを知らないんだもの、自分で歌ってみてよ」
「じゃあ、まず、『管弦楽組曲“惑星”第四曲“
斉藤さんは、私にまとわりついていた雪子ちゃんを抱き上げ、「美知子お姉ちゃんが歌うから、聞いてね」と言った。
きょとんとして私を見つめる雪子ちゃん。緊張する。
「じゃあ、♪松葉女子高校〜我らが母校〜・・・」この歌は三番まである。私は顔を熱くしながら朗々と歌い上げた。
「・・・まあ、いいんじゃないの。上手かどうか私にもわからないけど、変な歌詞はなかったと思う。でも、最後に私たち、卒業しちゃうみたい」
「二番と三番の間で二年間くらい時間が経っているのよ」
「次は?」
「次は『交響曲第九番第四楽章“歓喜の歌”の主題の抜粋による松葉女子高讃歌』よ」
「ベートーヴェンか」
「いくわよ。♪学び舎に響く喜びの歌〜麗し生徒の胸の高鳴り〜・・・」
「これは二番までね?」歌い終わると斉藤さんが聞いた。
「ええ、二番で力つきたの」ボキャブラリーが枯渇した。
「一番の歌詞は面白みがないけど、二番の歌詞はいいんじゃない?でも、どっちの曲にも自分たちが麗しいという表現があるのね」
「それは言葉のあやよ。自分で自分を醜いとも言えないし」
「雪子、美知子お姉ちゃんの歌、どうだった?」
「じょーずだった」と雪子ちゃんが言った。よくわからずに言っているかもしれないが、嬉しかった。
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