第6話 大学の妖怪(金霊)(2)

黒田先輩のお弁当を持って秋花しゅうか女子大学の校門に行く。英研の合格電報の受付場所に行ってみると、受付を交代したみたいで、黒田先輩はテーブルの後方で立っていた。


「祥子さん」と声をかけて近寄る。


「美知子さん、待っていたわ!」


私は黒田先輩に近寄り、持って来たお弁当を手渡した。


「誰なの、その子?」と黒田先輩のそばにいた女子学生が尋ねた。


「私の彼女よ。お弁当を作ってきてくれたの」


「彼女?」私の顔をまじまじと見る女子学生。私は愛想笑いをした。


「ちょっと離れて、食事をしてきていいかしら?」と黒田先輩。


「いいわよ」と言われて少し離れた花壇の縁石に腰を下ろした。


包み紙を開いてサンドイッチを取り出す黒田先輩。すぐにかぶりつく。


「うん、おいしいわ!」おいしそうに食べる黒田先輩を見て私も嬉しくなった。


牛乳の三角パックにストローを刺して手渡す。「合格電報はもうかっていますか?」


「ええ、電報代六十円に手数料を上乗せして二百円で請け負ってるの。安心確実をうたい文句にしてね」


六十円が二百円か。いい商売だな、と思った。そんな私の顔を見て、


「二重チェック体制で確認して結果を送るから、その手間を考えると良心価格だと思うわ。他大学では誤報で問題になったことがあるらしいけどね」


「そうなんですか・・・」


「大きな大学だと近くの電報局が出張してきたこともあったらしいけど、合否を確認する手間と正確さは、電報局の職員でも私たちでも大きな違いはないからね」


「確かにそうですね」


黒田先輩がサンドイッチを食べ終わり、包み紙や三角パックをゴミ箱に捨てた後で、一緒に英研の受付に戻った。するとテーブルの後の方で、英研の部員らしき女子学生が数人、頭を寄せて何やら相談していた。


「どうかしたの?」と声をかける黒田先輩。私はその後に立っていた。


「あ、祥子、大変な事が起こったのよ!」とひとりの女子学生が黒田先輩に言った。


「売り上げの一部を部室に保管しようと思ったら、そのお金が消えてなくなってしまったの」


「ええっ!?」と黒田先輩は声を上げ、あわてて自分の口を手で塞いだ。


まだ合格電報の受付中だ。お金をなくしたことが知られたら、信用をなくしてしまう。


「どういうこと?」小声で聞き返す黒田先輩。


「生徒会長!」とそのとき私は後から声をかけられた。振り向くと坂田さんが立っていた。


「あら、坂田さん、どうしたの?」


「昼食を食べ終わったから、生徒会長を捜しにきたの。・・・何かあったの?」


「妖怪!?」と、その時黒田先輩が叫んだ。「何わけのわからないことを言ってるのよ!」


「だって泰子やすこが、金霊かなだまという妖怪が出たからお金が消えたと言い張っているのよ」と、英研部員らしい女子学生が言った。


「その話を詳しく聞かせてください!」と、突然坂田さんが前に出て声を出した。


「あなた、誰?」とその女子学生が聞く。


「私はここにいる黒田先輩の後輩です。そして彼女は」と坂田さんが私を指さした。


「黒田先輩の出身高校の生徒会長であり、妖怪の謎をいくつも解き明かしてきた妖怪ハンターこと、藤野美知子です!」


その女子学生が私たちを怪訝そうな顔で見た。そりゃそうだろう。坂田さんは何を口走っているんだ。


「この子は私の自慢の後輩よ」と黒田先輩が私のことを説明した。


「勉強以外の事に関しても頭がいいから、一緒に考えてもらうといいわ」


黒田先輩の言葉を聞いて、その女子学生の見る目が変わった。


「祥子ほどの人がそこまで言うのなら、話してもいいけど・・・」英研内での黒田先輩の信用は高そうだ。


その女子学生は私たちを少し離れた校舎の壁の近くに招き寄せた。ほかに数人の女子学生もそばに呼ぶ。


「私は英研の部長をしている長浜民子よ。お金が紛失する事件が起きて、その当事者が妖怪の仕業だと言い張っているの。とうてい承服できないけどね」


「私は祥子さんの後輩の藤野美知子といいます。この世には妖怪なんて存在しません。何かの勘違いか誤解だと思います」


「そうよね。・・・とにかく当事者に説明させるわ。泰子、こっちに来て!」


泰子と呼ばれた女子学生がおどおどしながら近づいて来た。気の弱そうな学生だった。


「ほんとうに妖怪の仕業なんです!金霊かなだまの仕業なんです!」


「それはいいから、最初から最後まで状況を説明しなさい」と長浜部長がたしなめた。


「合格電報の代金が一万円近く集まったので、いったん部室の鍵がかかる書棚に入れることになったんです。そこで小銭がたくさん入っている缶を私が持って、部員が二人付き添って、部室に向かったんです」


そう言って泰子と呼ばれた学生は横二十センチ、奥行き十五センチ、高さ五センチくらいのブリキのビスケット缶をさし出した。


私がそれを受け取る。軽く、蓋を取ると中は空っぽだった。


「私たちはサークル棟に入って部室のドアの鍵を開けました。部室内に入ってテーブルの上にこの缶を置いた瞬間、灰色の煙がどこからか一気にあふれ出てきて、何も見えなくなりました。私たちが悲鳴を上げると隣の郷土史研究会のとおるさんが『どうしたの?』と声をかけてきましたが、すぐに煙に気づいて『火事よ、逃げて!』と叫び、部室内に入って私たちを部室の外に押し出してくれました。とおるさんはすぐには出て来ず、まもなく窓を開けてくれたので、徐々に煙が晴れてきました」


「どこかで火が燃えていたのですか?」


「いいえ、炎らしいものは見ていません」


「そのときお金が入っていた缶は?」


「煙が晴れたとき、テーブルの上に置かれたままでした」


「それからどうしたのですか?」


「煙がどこから出たのか、部室内を調べましたが、どこにも物が燃えた痕跡はありませんでした。そこで安心して缶を書棚にしまおうと手に持ったとき、軽いのに気づいたのです」


「もともとは重かったんですね?」


「ええ、小銭がほとんどでしたからけっこう重かったですし、振ればじゃらじゃらと音がします。中身だけ取り出して身に着けても、動くたびに音が鳴るはずです。私たちもとおるさんもそんな音は立てていなかったわ」


「それで妖怪の仕業というのはどういうことなんですか?」


「私の地方に伝わっている話なんですが、徳のある人の家には小判や小銭が煙のように飛んできて、その家が裕福になるといいます。その煙のようなのが妖怪の金霊かなだまです。徳を失うと金霊かなだまは去って、その家は没落します」


「福の神か座敷童みたいな存在なのね」と黒田先輩が言った。


「煙が立ち込めて、お金が無くなったので、金霊かなだまがお金と一緒に去ったと思ったのですね?」と私が確認する。


「はい・・・」と泰子さんが言った。


「私たち英語研究会に徳がないっていうの?」長浜さんが泰子さんをにらみつけた。


「い、いえ、そういうわけでは・・・」縮こまる泰子さん。


「なるほど」と私は腕組をして言った。


「わかったの?」と聞く黒田先輩。


「今、部室はどうなっていますか?」


「一応窓を閉めて、ドアに鍵をかけてるけど」と泰子さんが言った。


「その、とおるさんという方は今どこに?」


「郷土史研究会の部室にいるんじゃないかしら」


「それでは部室を見せてくれますか?」


「じゃあ、みんなで行きましょう」と長浜さんが言った。


サークル棟に入り、泰子さんが英研の部室のドアのカギを開けた。私たちが中に入ると確かに煙臭かった。しかし見渡した限りでは、テーブルの上にも床の上にも焦げた跡はなかった。


部室の真ん中に長テーブルが置かれ、その周りに椅子が何個か置いてある。


「このテーブルの上に缶を置いたんですね?」


「ええ、そうよ」と泰子さんが言った。


部室の中に入り、窓に近づく。窓には鍵がかかっていた。窓を開けて外をのぞくと、すぐ下は花壇になっていて、バラの木が植えられていた。誰かが外から窓に近づけばこの木を踏んで折ってしまうが、そういう痕跡はなかった。


振り返って壁際の書棚を見る。上下二段に分かれ、高さが一・八メートルくらいあり、前面はガラス戸になっていて中が見える書棚だった。


「これが代金を入れた缶をしまおうとした書棚ですね」


「ええ、そうよ。その缶はもともと部費を入れておいたもので、いつもそこに置いていたの。書棚の鍵は普段は私か副部長が持っていて、勝手に出せないようにしているわ」と長浜さんが説明した。


「この缶にお金が入っていることは当然みんな知っているんですね?」


「ええ、そうよ」


「部員以外の方も?」


「わざわざ教えてはいないけど、この部室によく出入りしている人なら、お金を出し入れしているところを見て気がついているのかもしれないわね」


「とおるさんも知っているんですね?」


「そうね。・・・よくこの部室に出入りしているから多分」


私は椅子を引き寄せると、その上に乗って書棚の上を調べた。そしてそこに見つけたものを持ち上げて長浜さんに渡した。その時、じゃらじゃらという音がした。


「こ、これは!」長浜さんに手渡したのは、泰子さんが持っていたのとまったく同じ柄のビスケット缶だった。そしてその中に合格電報の料金が入っていた。


「書棚の上にお金が!・・・まさかとおるさんが!?」と長浜さん。


「どうしてわかったの?」と黒田先輩が私に聞いた。


「とおるさんって名前にまず引っかかったんです。女子大の郷土史研究会の部員なら当然女性でしょう。しかし『とおる』というのは男の名前です。そういう名前の女性がいないとは断言できませんが、不思議に思いました」


「彼女の本名は柿崎塔子よ。『とおる』というのはあだ名・・・」


「英研の誰かがつけたあだ名は『トール』、TALL。つまり『のっぽ』ですね」


「そう、彼女は身長が百七十五センチくらいあるの」


女性としては高身長だから、さぞかし目立つことだろう。


「背が高いから私たちには見えない高いところにさっと缶を載せて、そこにあらかじめ隠しておいた同じ柄の缶と入れ替えたんじゃないかと考えたんです。真上に上げるだけなら、ほとんど音を立てずにできたでしょう」


「彼女がお金を隠した動機は?」


「自分の高身長がコンプレックスだったんじゃないでしょうか?それなのに英研の部員からは『のっぽトールさん』と呼ばれていて、いつか仕返しをしようと考えていたのかもしれません」


「あの煙は?」


「夏場には駄菓子屋で花火を売っていますが、その中に『えんまく』という商品があります。長さ五センチ、直径一センチくらいの小さなもので、着火しても火花は出ず、煙だけが一気に噴出します」弟が買っていたことがある。


「それに火を着けてドアの隙間から投げ入れて部室を煙で満たし、缶を入れ替えて窓を開けた後で、燃えカスを拾って隠したのではないでしょうか?」


「とおるさん、じゃない、柿崎さんを呼んできて!」長浜さんが叫び、部員が隣の部室の前に行ってノックした。しかし反応はない・・・。長浜さんは私の方を向いた。


「お金を見つけてくれてありがとう。さすがは妖怪ハンターね」


その呼び名はそろそろ返上したいのですが・・・。

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