キラキラ

伊富魚

第1話

大学3回生ももう終わりに差し掛かった頃。

大晦日の前日に僕は兵庫の実家に帰ってきた。


ローカル線を乗り継いで、家に着いたのは昼過ぎくらいだった。

僕は昼食を食べるわけでもなく、


というか家族は皆正月の準備で忙しかったみたいで

ご飯などそもそもなかったのだけれど、


僕はこたつでぬくぬくとしながら机にあったみかんを食べていた。

小一時間もぬるりと暖かい部屋で惰眠を貪っていると、


頭が重くぼうっとしてきたので、

僕はしんとした家から、のそのそと外に出た。


僕の実家はよくある地方の小田舎にあって、

家の前の小道を右に曲がって少し進むと、大きな通りに出る。


そのまっすぐな道は南北にどこまでも続いていた。

僕はその通りに沿ってぽてぽてと歩き始めた。


散歩をしていると、ふと今までのことを思い出したりするけれど、

その時の僕は、ある一人の女の子を思い出していた。




同級生の山口梨乃と僕は特に深い仲ではなかった。

中学生の時に一度同じクラスになったはずだが、


話す機会もそれほどなかったように思う。

彼女は口数が多いタイプでもなかったし、


何かで特別目立つことをしていたような記憶もない。

そんな彼女に僕は、なぜかある種の興味を持っていた。


その理由は、今ではもうはっきりしない。

もしかしたらそもそも、理由などなかったのかもしれない。


けれど確かに、僕はあの時彼女の姿を目で追っていた。




ある日、よく晴れた日の昼下がり、

中間試験の勉強期間で部活が休みになった僕が


友達とだらだらと話しながら裏門の方へ向かっていると、

彼女が僕らの少し前の方をひとり歩いて下校していくところを見かけた。


帰っていく方向から、彼女は僕の家と同じ方向にあるようだった。

そんなすぐに気付きそうなことも、僕はその時知らなかったのだ。


僕の心臓はどくんと脈打った。

彼らと軽い挨拶をしてすぐに別れ、走って彼女の後を追いかけた。


僕は何をしようとしていたのだろうか、

ただとにかく、数百メートル先にいる彼女を見失わないように走った。


はあはあと息を上げながら走る僕は、確かに興奮していたが、

それが肉体的なものか精神的なものかは、僕には分からなかった。


僕の家へ向かう小道を通りすぎて、

どこまでもまっすぐ続く大通りのその先に微かに見えていた彼女を追いかけたが、彼女は途中で左の小道に入ってしまって僕の視界から消えた。


僕は焦ったような口振りで、やばい、と心の中で呟きながら、

彼女が消えた辺りの小道まで向かった。


しかしそこに、彼女はもういなかった。




僕はひたすらその辺りの家を見て回った。

走ってはその表札を確認し、山口の文字を探した。


興奮した身体がひどく熱くなっていたが、

走ることはやめられなかった。


吸うことが上手くできない苦しさもなぜか気持ち良く感じた。

走っている最中に、ぽつぽつと雨が降り始めた。


突然の雨だった。

僕は走りながら空を見上げた。


太陽の光の前に雨粒が落ちてきて、僕の眼のまえで、

流れ星のような、一瞬の光を放った。


冷たい雨粒を顔に受けた僕は、唐突に叫びたくなった。

うわああああああと首を振りながら叫んでみたが、


これはただのフリ、だとすぐに気づいた。

僕は小さく嗤った。


彼女が消えた区画を一通り探すと、

山口という表札が案外すぐに見つかった。


ふう、ふう、と呼吸を整える。

僕はある種の達成感と、どうしようもない虚無の感を抱いた。


そして、何をするわけでもなく、

ゆっくりと歩いて、自分の家に帰った。




好きだったのかどうかは分からない。

けれど、彼女を追いかけた時の言いようもない興奮と、


その時の眼前に広がった世界は、確かに僕のホンモノだった。

あのホンモノは一体、どこへ消えてしまったのだろう。


僕は今でもその確かな熱を、ぼんやりと、探していた。

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キラキラ 伊富魚 @itohajime

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