その狼は匂いが分からない。

夜永

Ωの独白

この世界には、第一性である男性、女性だけでなく、第二性と呼ばれるものが存在する。


身体能力・知能が高い支配階級のα

数が一番多い中間層のβ

発情期が存在するΩ

この三つが第二性である。


そして、αとΩ間のみの特別な繋がりである番。

その中でも更に特別なものは、運命の番と呼ばれている。

運命の番は、お互いを一目見ただけで分かると言われているが、出会えるのは本当に稀であり、出会えずに一生を終えるαとΩばかりである。


…そう、だから彼はきっと私のαではない。私からの波長が合うだけ。…きっとそうなのだろう。



彼とは小学校の頃から同級生だった。とは言っても、彼を認識したのは中学に上がってからだ。所謂イケメンで、運動神経も良くて頭も良かった。初めて見た時から何故か目で追ってしまうな、と思う程度。まだ第二性の診断が出ていない頃で、自分がまさかΩだとは思っていなかったから、面食いなのかと驚いた。


その年の夏休みに入る前。診断結果を配られた。その場では見ないようにと言われ、家に帰って親と見ることにした。父が家に帰って来てすぐ、一緒に見た。…Ωだった。父も母もβだったから、自分もきっとβだろうと思っていた。β同士の夫婦からも確率は低いがΩは産まれる。だから、何らおかしいことはない。…その日は驚きで頭がうまく働かずに寝た。


次の日、学校で第二性についての授業を受けた。基本的に第二性は明かすものではないこと。中学から高校にかけて、αはラット、Ωはヒートと呼ばれる発情期が訪れること。発情期が重い場合は抑制剤などを飲んで対処できること。番は一生モノだからよく考えて番わなければならないこと。…Ωはその性質上、性犯罪に合いやすいこと。それ以外にもたくさん教えられた。


通っている学校は生徒数が多いこともあり、同学年にはαもΩもいるため、もしそうだと思っても口に出さないこと。執拗に誰かの第二性を揶揄することは犯罪にもなり得る行為だということ。注意もたくさんあった。


運命の番についても説明があった。その話を聞いた時、漠然と彼がそうなんだと確信した。まだ発情期が始まっていないから、彼は気付かなかったんだなと思った。…結局違ったけど。



中学二年生の時、授業中に発情期が始まった。先生たちは把握しているから、気分が悪いことを伝えたら、すぐに保健室へ行くように言われた。


彼は別のクラスだったけど、保健室に行くまでに彼のクラスを通るから気付いてくれると思った。…その日は何もなかった。おかしいと思いながら、発情期で何日か休んだ。休み明けに声をかけられるかな、とドキドキした。かけられなかった。…彼の方にまだ発情期が来ていないのかもしれない。だから…分からなかったんだろうな。そう思うことにした。


学校で接点はなかったけど、塾が一緒だったから話す機会もあったし、一緒に帰ったこともある。…気付いた様子はなかった。悲しかったし、疑問にも思った。だから調べた。


αの中でも上位のαを、Ωは自分の運命の番だと誤認識することがある。これは優秀なαが番いやすくするための働きではないかと言われている。

そんなニュースを見つけた。そうか。彼が優秀なαだから、勘違いしてたのか。納得した。そもそも彼ほどに優秀なαの運命の番が私のようなΩの中だけでなく女子の中でも普通な顔立ちのΩなわけがなかったのだ。


そこから時が流れ、高校は別だったので彼と顔を合わせることはなかった。大学も別。このまま彼と顔を合わせることはないまま、人生を終えるんだろうなと思い、少しホッとした。あんな一方的な気持ちを抱き続けるのはしんどかったから。…風の噂で彼女ができたらしいとも聞いたからだ。


なのに、…なのに。何で今更、君は私をデートに誘うの?

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