第9話 製造部へ?


「ねえ、作って見せて」


 オスカルさんはニコニコと笑いながらも、その目は私がどれだけ出来るかを見抜きたい、というような視線を送ってきた。

 私はその目を見て息を呑んだが、やることは変わらない。


「わかりました」


 そう返事をしてから、私は部屋にあるポーションを手に取った。


「こちらを借りても?」

「えっ、いいけど……まさか既製品のポーションから、新しく作れるの?」

「はい、出来ます」

「うっそ……」


 目を見開いて驚いているオスカルさんだが、とても楽しそうに笑っている。


「では、作りますね」

「うん、どうぞ」


 私は持ってきた鞄から素材を二つ取り出す。

 普通のポーションからこれを一定の量を混ぜれば、疲れを癒す緑のポーションになる。


 既製品の青のポーションから作るのは難しいけど、やれないことはない。


「『拡張』」


 小さくしていた素材を大きくする錬金術特有の魔術なんだけど……。


「あ、あの、近いんですけど……」

「ん? ああ、ごめんごめん」


 私の手元や素材を横から凝視してくるオスカルさん。

 謝っているけど、全く退く様子はないようね。


 問題はないけど、少しだけやりづらい。


「『解放、定着、純化、抽出、抽出――錬成』」


 すでに出来上がっている青のポーションに混ぜ合わせるように、追加の素材から必要な分を抽出して錬成していく。


 既製のポーションから作ったからいつもよりも時間がかかったけど、完成した。


「こちらです」

「飲んでいい!?」

「ど、どうぞ。ですが先に私が試飲とかは……」


 すごい勢いで私の手から容器を取ったオスカルさんにそう問いかける。

 昨日、カリスト様に飲んでもらう時は、毒見をキールさんがやっていたから。


 だからよくわからないものを、いきなりファルロ商会の開発部部長のオスカルさんに飲んでもらうわけにはいかないと思ったのだが……。


「僕が作ったポーションに二つの素材、ケンゲン草とルノア草が加わっただけでしょ?」

「っ、そうです」

「じゃあ大丈夫でしょ、どうやっても毒物が入ってないから」


 まさか素材を一瞬だけ見せただけで、その種類を的確に当てるとは。

 さすがファルロ商会の開発部部長だ。


「いただきまーす」


 ……嬉々として彼にとって得体のしれないポーションを飲む姿は、そうは見えないけど。

 ごくごくと飲み込み、目を瞑って自身の身体での効果を確認しているようだ。


「傷を治す効果はないね、そもそも青のポーションは傷口に直接かける使用法だ、飲むと一気に治すことも出来るけど効果は半減する。だけどこれは飲んで疲れを癒す、疲れってどこまでが疲れになるのかはわからないけど、なるほど。慢性的な肩こり、目の疲れ、ぼやぼやしていた頭がスッキリした感じだ。副作用は元気になりすぎることかな」


 す、すごい、一気に頭の中で整理して言葉にしながらテーブルの上にある紙に、効果を書き出している。


 集中しているようなので、しばらく話しかけないでいた。


「――となると大量生産は……よし、製造部のあいつに会いに行こうか!」

「はい?」


 いきなりそんなことを言われて、私は首を傾げた。

 だけどオスカルさんはニコッと笑いながら、私の手を取って引っ張る。


「製造部はこの上だから、一緒に行こう!」

「え、あ、その、なんで製造部に……!」

「大量生産する時の概算を出したいからね!」


 まずこの緑のポーションを大量生産するのは決まっているの?

 私が適当に作ったものなんだけど……。


 そんな質問も出来ずに、オスカルさんに連れられて上の階へと向かった。


 上の階は部屋が別れていることはなく、ただ大きな部屋で多くの人達が魔道具を製造していた。

 一画ごとに作っている物が違うようで……とても気になるわ!


 ああ、あっちで作っているのはドライヤーかしら? 昨日初めて見たから、どうやって作っているのかすごい気になる……!


「僕達はこっちだよ、アマンダちゃん」

「は、はい……えっ、アマンダちゃん?」


 製造しているところから離れていくので残念がっていたけど、ちゃん付けで呼ばれてビックリした。


「あ、ごめんね、僕って人のことを愛称で呼んじゃう癖があるからさ。平民出身だから、馴れ馴れしいってよく言われるんだよね」

「い、いえ、大丈夫です。少し慣れない呼び方で驚いただけで、オスカルさんの呼びやすい呼び方で」

「そう? じゃあアマンダちゃんで」

「はい」


 人懐っこい笑みを浮かべるオスカルさん。

 その笑顔につられて私も口角が上がってしまう。


 そんなオスカルさんに連れられて、製造部の階に一つだけあるドアの方へ向かっていく。


 ここはどなたがいる部屋なのかしら?


「エルスー、開けるよー」

「え、えっ?」


 か、勝手に開けて入ってもいいの?

 私は一応部屋には入らず、入り口から中の様子を除く。


「オスカル、お前……いつもノックして入室の許可を待ってから入れと言っているだろ!」

「めんどうじゃん」

「お前みたいな奴がいきなり入られる方が面倒だ」

「ひどいなー、これから楽しく仕事が出来る仲間を連れてきたのに」

「仲間? 誰だ?」

「えっと……あれ? アマンダちゃーん? 入ってきていいよー」

「だからなぜお前が許可を……!」


 ……本当に入っていいのかしら?


「ア、アマンダ・ナルバレテです。入ってもよろしいでしょうか?」

「だから入っていいって」

「お前が言うな。アマンダ嬢、もうドアも開いているのだ、誰かのせいで。入ってもいいぞ」

「失礼します」


 オスカルさんを怒っている男性、名前はエルス、と言っていたかしら?


 金色の髪が長く、後ろで一纏めにしている。

 切れ目で顔立ちが整っていて、綺麗な男性という印象を受ける。


 オスカルさんが少し低身長だからか、彼よりも頭一個分大きいから高く見える。

 カリスト様と同じくらいの身長だと思うけど。


「アマンダというと、今日付けで開発部に所属した者だろう」

「はい、よろしくお願いします」

「エルス・アバカロフだ。慣れない環境だろうけど、これから期待している」

「ありがとうございます、頑張ります」


 オスカルさんには怒鳴っていたので怖い方かと思ったけど、エルスさんは普通に話したら少しクールな方っていう感じね。


「そうそう、そのアマンダちゃんが作ったポーションがあってね。大量生産が出来ないかって相談だよ」


 会話に割って入ってきたオスカルさんを、またさっきと同じ睨むエルスさん。


「いつもお前はいきなりだな、オスカル……そういうのは書類など書いて会議でやり取りするものなんだがな」

「これは絶対に売れるから、すぐに出したいと思ってね」


 そう言ってオスカルさんは飲みかけの緑のポーションを出した。

 あんなにごくごく飲んで、このために残しておいたのね。


「これは……緑のポーション? 色が違うだけ、ではないのだろう?」

「うん、疲労を癒すポーション。半分だけ飲んだけど、結構効果があったよ」

「どれ……」


 エルスさんも緑のポーションを飲んだ。

 オスカルさんの飲みかけだけど、いいのかしら?


「っ、これはなかなかだな……身体の疲労と精神的な疲労にも効くのか。半分でここまでの効果か、どれほどの効果かをもっと調べないとな」

「そうだね、それでこれって大量生産できそう?」

「普通のポーションですら、ここの錬金術師でも作るのに一時間はかかる。これはそれ以上かかるのだろう?」

「どうなんだろう? アマンダちゃんは二十秒くらいで作ってたけど」

「……はっ?」


 エルスさんから驚愕の目を向けられた。


「こいつの言ってることは本当か?」

「は、はい。本当なら十秒程度で作れるんですけど、既製のポーションから作ったので少し時間がかかりました」

「……」


 エルスさんに「何を言っているんだこいつ」というような目で見られているわ……。

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