第5話 変わる予感


「理由は一つ、俺がアマンダを気に入ったからだ」

「……はい?」


 カリスト様がニヤリと笑って言った言葉に、私は驚いて目を丸くした。

 するとカリスト様の後ろに控えていた執事の方が、「カリスト様」と口を挟む。


「そのような言い方をしてはアマンダ嬢が勘違いしてしまいます。貴方様は侯爵家の次期当主、不用意な発言はお控えください」

「わかってる、今のはただの冗談だ。いや、ある意味冗談ではないのだがな」

「カリスト様?」

「はいはい、キールはいつも通り厳しいな。だからお前からバレずに、先日は馬車から抜け出したのだが」

「もう一度説教を食らいたいですか?」

「嫌にきまっているだろ。それに俺が抜け出したお陰で、これほど素晴らしい錬金術師に出会うことが出来たのだ」


 よくわからないが、カリスト様はキールという執事の方に頭が上がらないようだ。

 そして私を気に入ったというのは、女性としてではなく錬金術として、ということだろう。


「アマンダには申し訳ないが、ここ数日で君のことを調べた。実母が亡くなっていること、家では今のように家族に嫌われていること、そして……とても優秀な錬金術師だということを」


 さすが侯爵家、一人の男爵令嬢を調べるのに数日で足りるのね。

 だけどとても優秀な錬金術師、というのはどうなのだろうか。


「その評価はありがたいですが、身に余る評価かと思いますが……」

「いや、それはないだろう。ヌール商会を調べたが、ほとんどが君のお陰で成り立っているような商会だ。しかも君の才能を活かしきれていないにもかかわらず」


 えっ、そうなの? ヌール商会ってそんなに小規模な商会だったかしら?


「だからこれは少し手荒いが、引き抜きだ。優秀な錬金術師を囲んでしまおう、というな」

「そう、なのですか?」

「いろいろと手回しをしたが、必要なかったな。ナルバレテ男爵家の当主が馬鹿でよかった。アマンダほどの逸材を手放すとはな」


 いや、あれはカリスト様がかなり脅していたからだと思うけど……。


「だがアマンダ、まだ君の意志を聞いていなかった。勝手に決めてしまったが、まず君はヌール商会から退職し、一人暮らしすることが決まった」

「はい、ありがとうございます」


 本当にそれは嬉しい、私はこれで自由になれた。


「そして、アマンダ。ぜひ、俺のファルロ商会で働かないか?」


 カリスト様が真っすぐと私の目を見つめて、真剣な表情で勧誘してきた。


「給金も男爵家に奪われることはないし、家も今すぐにでも住めるように準備済みだ。アマンダは錬金術の研究、開発がしたいとのことだったので、その役職も用意している」


 そ、そんな好待遇を……!?

 給金については衣食住が問題なければなんでもいいけど、研究と開発が出来る役職を用意されているなんて。


 しかもファルロ商会だから、魔道具の開発をするための素材がどれだけ用意されているのか……!


 だけど、本当にいいのかしら?


「とても嬉しい話なのですが、私のためにそんなにいいのですか? カリスト様とは一回しか会っておらず、そこまでやっていただくと恐れ多いのですが……」


 私が申し訳なさそうに言うと、カリスト様は笑みを浮かべながら答える。


「このくらいは大した労力じゃない、優秀な錬金術師を引き抜こうとしているのだから、普通だったらもっと大変だと思っていたが」

「私にそれほどの価値を見出してくれているのは、なぜなのでしょうか? 特に今まで目立った功績を残してないと思いますが……」

「学院を首席で卒業し、ヌール商会をほぼ一人の力で成り立たせていたのだ。まあ後半はモレノという奴に功績を奪われていたから、確かにアマンダの功績にはなってないがな」


 カリスト様はニヤリと笑いながら続ける。


「それに言っただろ、俺は勘を信じていると。俺の勘が、アマンダを絶対に引き入れろ、とうるさいのだ」


 そういえば、あの日の夜もそのようなことをおっしゃっていたわね。

 カリスト様は勘で、私を引き入れようとしてくれている。


 私も錬金術師としての勘が……いえ、これは勘なんかじゃなく、確信ね。


「私も……ファルロ商会で働いた方が、絶対に楽しいことが出来る気がします」

「ふむ、ということは?」

「これからよろしくお願いします、カリスト会長!」


 私の言葉にカリスト様がとても嬉しそうな笑みを見せた。


「ああ、よろしく。アマンダならすぐにでも功績を残してくれることを信じているぞ」

「が、頑張ります」


 そこまで期待されているとプレッシャーがすごいけど……。

 こうして私は、ヌール商会を辞めてファルロ商会に就職することが決まった。


 そしてついでに一人暮らしも。


 私の生活がとても楽しいものになっていく、そんな予感がする。


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