第4話 縛り

 なんとか親を誤魔化し、学校をさぼることに成功。

 さっと朝食を食べ着替えを済ませた俺は、ステラが待つ自室へと足を踏み入れた。


「遅いわ。早く座りなさい」


 それが当たり前であるかのごとく、俺の椅子にふんぞり返り偉そうに命令するステラ。


「悪かったな」


 いろいろ言いたいことはある。

 が、あまりにも様になっているものだから素直に従ってしまった。


「よろしい。素直なしもべは好きよ」


 微笑を浮かべるステラ。


 誰がしもべだ、誰が。


 内心不満をたれつつも、ベッドに腰掛ける。


「よし。それじゃあ、まずは名前の交換をしましょうか。改めて、私の名前はステラ・フローレス。既に言ったけれど、フローレス家の第15代目当主よ。あなたは?」


「俺の名前は一条祐輝だ。祐輝が名前。一条家の長男で、一般の高校生だよ」


「ふむふむ、なるほど。ユーキね。了解したわ」


 微妙に発音が違う気もするが、面倒くさいので無視する。


「で、そのコウコウセイっていうのは何? それがこの星における勇者の異名みたいなものってわけ?」


「んな訳あるかいっ!」


 もしそうだとしたら、日本は大量の勇者を抱える最強国になってしまう。


「高校っていうのは学校の一種で……って、この説明面倒くさいな。とにかく俺くらいの年の奴が勉強しにいく施設のことだよ。で、俺はその大勢の中の一人。特別な能力なんて何もない、一般人ってわけ」


 それを聞いたステラは、顎に手を当て「うんうん」とうなずく。


「つまり、騎士団の訓練校や魔法学園みたいな学び舎ってことね。それは分かったわ。けど、ユーキ。あなたは一般人なんかじゃない。紛れもない勇者の血統よ」


 勇者って言われても……。


「またそれかよ」

 

 俺はステラにどう返答したものか頭を悩ませる。


「あのな、ステラ。俺は本当に勇者とはなんの関係もないんだよ。そんな話親からは聞いたことないし、特別な力を感じたことも当然ない。言いにくいが、ステラの勘違いなんじゃないか?」


「いいえ。それだけはありえないわ」


 ステラは力強く断言する。


「血命契約は魂まで作用する絶対の契約。例え世代を超えようが世界を渡ろうが関係ない。契約が正しく履行されるその時まで、効果は継続される。私がどうやってユーキを見つけたと思っているの? 異世界にいる人間をピンポイントで見つけ出すなんて、血盟契約がなければ到底無理な話よ」


 ステラはやれやれと首を横にふっている。


「––––。ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 言葉が出てこない。


 なんだ? こいつはさっきからなにを言っているんだ?


「つまり、あれか? 俺は本当にその勇者の子孫ってやつで、ステラは異世界からやって来た異世界人だと?」


「そうよ。最初からそう言っているじゃない。何度も同じこと言わせないでよ。というか、ユーキ。あなた本当に何も知らないの? かまをかけていた訳ではなく?」


 俺はたまらず立ち上がる。


「だから知らないって! あー、もうわけが分からん! いきなりやって来て勇者とか魔法だとか。一から説明してくれ!」


 はあ、はあ……。


 俺は肩で息をする。

 

「嘘でしょ……。何も知らない? チッ。あの魔女は一体何をやっているのよ……」


 ステラはぼそぼそと何かをつぶやいている。


 と、


「ふう。分かった。分かったわよ。非常に認めたくはないのだけど、現状は理解したわ。あなたの疑問に答えましょう。まずは、あなたと最も関りの深い人物。勇者と呼ばれた、ある男の話から始めましょう」


 ステラは一呼吸おくと、まるで物語を朗読するかのように語り始めた。


「かつて、私たちの星では世界規模の戦争が起きていたわ。人類と魔族という二大勢力による、種の存亡をかけた生存競争殺し合い。既に話し合いは意味をなさず、どちらかが滅ぶまで戦いは終わらない。魔王と呼ばれる強力な個体に率いられた彼らに対し、人類は敗戦を重ねていった。その時、一人の男が現れた。彼は唯の人間でありながら神の遺物である聖剣に認められ、たった一人で戦況を覆した。そして、数人の仲間を連れて魔王へと挑んだ」


「そいつが・・・・・・」


「そう。人々は彼を、勇者と呼んだわ」


 なるほど。

 確かに、そんなとんでもない男がいたとすればそれは「勇者」という言葉以外で形容するのは無理だろう。


「けれど、一つだけ問題があった」


「問題? 敵が多すぎるとかか?」


「いいえ。勇者にとって、幹部クラス以下の魔族なんてその辺の石ころと大差ないわ。もっと根本的な問題。魔王には、攻撃が通じないのよ」


「は?」


 思わずまぬけな声がでる。


「なんだよそれ。無理ゲーじゃないか。勝負の土俵にすら立てない」


「その通りよ。文字通り、勝負にならない。だから勇者は、ある一族の力を借りることにしたの。それは誰もが知っている御伽噺。星の秩序を保つため、神より力を授かった一族がいた。彼らは小さな国を作り、世界のどこかで暮らしている。その一族の名は『フローレス』」


「フローレスって……まさか!?」


「ええ。つまり私、お姫様なの」


「お姫様って……」


 くそ! 情報量が多い。

 でも、なんとなく話の流れが見えて来た。


「じゃあ、お前の一族の『力』ってやつが契約に関係しているってことだな?」


「ざっくりと言えばそうね。私の一族は、現当主の命と引き換えに世界の事象を一つ書き換えることができるの。そこで、私のご先祖様は力を使う代わりに勇者に対価を求めた。そこで登場するのが血盟契約よ」


 漸く話が戻ってきたな。


「契約内容は、『フローレス家に危機が迫った時、勇者はその代の当主を守らなければならない』というものよ」


 そういうことかよ!

 勇者め、なんて契約を結んでくれたんだ。

 冗談じゃないぞ。

 そもそも、危機ってなん――あっ。


 そこで俺はある事実に気が付いた。

 自分の顔色がどんどんと悪くなっていくのを感じる。


「なあ、ステラ。お前が俺の前に現れたってことはつまり、既に危機が迫っていると?」


「そういうことよ。人類は今、戦争に勝利し一時の平和を取り戻した。そして、人類国家の中でも特に強い力を持つ大国の長は皆こう考えた。

『この世界を支配するのは、自分だ』、と」


「おいおいおい。ということは、お前に迫る危機っていうのは――」


「あなたの想像通りよ。私の力を狙う四大国より向けられた刺客たち。それが私の危機であり――


あなたが倒すべき敵よ」


「――ははっ。なんだよそれ。馬鹿みたいじゃないか……」


 魔王が消えれば、今度は人間同士で争いあうってか?

 そんなくだらないことのために、俺は命を懸けて戦わなくちゃいけないのか?


「どう? ユーキ。これで理解したでしょう? あなたには私のために戦うという義務がある。さあ、私に向かって宣言しなさい。契約に基づき、ステラ・フローレスを守ると」


「戦う義務? 宣言? ああ、分かったよ。宣言してやるよ……。 俺は、戦わない! 契約なんて知ったことか! ステラには悪いが、異世界のことは異世界で好きにやってくれ。俺には俺の生活があるんだ」


「「……」」


 僅かに訪れた沈黙。

 それを破ったのはステラだ。


「そう。あなたは戦わないと。契約を破ると、そう言いたいのね」


 ステラはおもむろに立ち上がる。

 その声は、恐怖を感じるほどに冷たい。


「残念だわ。できることなら、穏便に済ませたいと思っていたのだけど」


「な、なんだよ。俺に魔法でも使う気か!?」


「いいえ。その必要はないわ。縛りは既に成されている。数百年も前にね」


 後ずさる俺に対し、ステラは俺に右手のひらを向ける。


「代償は、重いわよ」


「うっ! ――ん?」


 違和感は何もない。

 なんだ? ただの脅しか――がっ!?


 瞬間。

 頭に走る激痛。


「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」


 割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる割れる

 頭が壊れる。おかしくなる。なにも考えられない。かんがえなんてない。

 しこうがきえる。なにもわからない。

 ぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろ

 おれがきえる。ぜんぶきえる。きえ――


「っ、がっ! はっ、はっ、はっ――」


 浮上する意識。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け。


 なんとか息を整える。

 一瞬のようで、永遠にも感じた痛み。


「な、なに……が」


「契約を破った代償よ」


 ステラの声が頭上から聞こえる。

 いつの間にか、俺は床に倒れ込んでいたみたいだ。


「だい……しょう?」


 痛む頭で思考を巡らす。


「そうよ。言ったでしょう? 代償は重いって。私が途中で止めなければ、あなたは命令を聞くだけの廃人になっていたわ」


「廃人……」


 どこか現実感の無い言葉。

 けれど、それが脅しでは無いことは痛いほどに分からされた。


「これで分かったでしょう。あなたには戦う以外に道はない。知らないというのなら、なんとしてでも勇者の力を目覚めさせる。でないと、私もあなたも死ぬわ」


 受け入れがたい事実。

 どうにか嘘であれと、現実から目を背けようとする。

 けれど、未だ頭に残るこの痛みが、目の前の存在が、それを許さない。


「ユーキ。あなたには悪いけど、私にも背負っているものがあるの。私の命は、私一人のものじゃない。私は、必ず生き延びなければならない。恨んでくれて結構よ。だから、私のために戦いなさい。勇者の末裔、イチジョーユーキ」


 ステラは俺に手を差し出し、真っすぐに目を見つめてくる。


「……」

 

 けがれなく、吸い込まれそうなほど美しい碧眼が俺を射抜く。


 ああ――。


 これは駄目だ。


 理屈なんていらない。

 本能的に理解した。

 させられた。


 きっと俺は、今から馬鹿な選択をする。

 でも、これは仕方のないことだ。

 そんな目を向けられたら。

 その瞳に宿る思いを浴びてしまったのなら。

 放っておくなんて、俺にはもうできない。

 もとより、俺には選択肢なんて無いのだ。

 だからせめて、嫌味の一つでも言ってやろうと思う。


 俺はステラの手を取り立ち上がる。


「分かったよ。俺に何ができるのかは分からないけど、協力する。だから、さっきみたいなのはもう無しにしてくれ。敵よりも味方に警戒すべき相手がいるなんて、たまったもんじゃない」


 ステラは俺の手をしっかりと握り返しながら、笑みを浮かべる。


「あら、それはユーキ次第よ。躾のなっていないしもべを教育するのは主の務めですもの。あなたがいい子にしていたら、わざわざ首輪を絞める必要はないわ。私だって、好きでやっているわけじゃないのよ」


 「ふふ」っと笑いながらそう言ってのけるステラ悪魔


「チッ、この鬼畜女め……」


「何か言った?」


 鬼畜女ステラは先ほどと同じように俺に手を向ける。


「ああ! くそっ! なんでもないよ!!」


 俺は自分の命を守るため、やけくそ気味にそう答えたのだった。

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