sieve004 優しさの分水嶺2

僕はスフィンクスのスピードを維持し、彼らが追い付くのを待った。

意外なことだが、追いつくまでの間、彼らは僕らを撃つことはなかった。

パラディオンのレールガンはスフィンクスとほとんど同型だ。狙えないはずはない。


僕たちへの優しさか、あるいはただ彼女を研究材料として失いたくないか……。

嫌なことに、どういうふうに彼らと戦い始めたらいいか、少し迷いだしていた。


追いついた彼らは、一人は少し離れた後ろに付き。

一人はスフィンクスを左斜め前方まで追い越し、

そこでこちらのスピードに合わせて止まった。


「こちらはクークヴァーヤ1。

ワーズ。聞こえているか、聞こえているなら返事をしてほしい。」


「ワーズ。実は俺たちは命令で今ここにいるわけじゃないんだ、

俺たちは個人的に君と話をしに来たんだ。」


「まさかそんなものがあるなんて、二人は教えてくれなかったじゃないか」


「ああ、これか。今の君には羨ましいだろうな、これは。

プレゼントしてやってもいいが、あいにくこれは二機分しかない、すまんな」

 彼はいつもと変わらない、明るく落ち着いた口調に聞こえた。


「ワーズ。俺たちは別にこれを隠していたわけじゃないんだ。

本当だ。

その証拠に実際、君と、スフィンクスと、

その彼女がもう少しうまくリンクできれば、

君と彼女が今そうしているようにそのスフィンクスに乗って、

俺らも今こうしているようにブースターロケットを付けて、

そうしてテストをするはずだったと聞いている。」


「そう、だから、まだ遅くないんだ。ワーズ。

今から、テストをしよう。良いだろう、実戦形式だ。

君も少し前はそれがしたくて仕方ないって感じだったし、

丁度いいだろう? AIに射撃判定をさせて、

最後はプラズマセーバーをトレーニングモードにしてテストするんだ。ワクワクしないか?」


彼はそう言ったが、僕はそうするつもりは無かった。

彼らが信用できないというわけじゃない、

もしかしたら、本当にそうするつもりなのかもしれない。


まあ、命令でここに来たわけじゃないというのは、

あからさま過ぎる酷い大ウソだと思ったが。

ハイジャック犯と仲良くなるためのジョークにしか聞こえない。


それに、もし彼の言う通りにしたとして、

主治医が僕に顔面を殴られたことに水に流してくれて、

博士は基地のシャッターを吹っ飛ばしたことを不問に付してくれたとして。


そんなことはあり得ないが、仮にそうなったとして、

その優しさは、結局それは、僕も今まで通り、

そして彼女も今まで通りということを意味している。


でも、それはもう嫌だと思ったから、僕は今こうしているんだ。

だから、戻るという選択肢だけはありえない。

それだけは何の迷いもないと思った。


ただ、ただ彼らをどのようにして撒いたらいいか、

その方法については、この期に及んでまだ迷っていた。


彼らを撃ち落とすことは、多分容易い。

今この瞬間にも不意打ちでレールガンを撃てば、ほぼ間違いなく撃墜できる。

そして彼らは音速の何倍ものスピードで月の表面に衝突し、

機体は原型をとどめないほどに木端微塵の粉々になるだろう。月の塵になる。


でも、彼らがその可能性を分かっていないハズはないと思った。

僕が撃たないと信じるほど、彼らは無防備じゃないし、

僕のことも殺し合いになっても、

敵を撃てないような甘えた奴だとも思っていないだろう。


そういうの全部飲み込んで、

彼らはいつも通りのその持ち前の明るさで、

自分たちがやるべきだと思っていることをやっているんだ。


そして、たぶん本当に僕を撃ち殺したくはないと、そう思ってくれてる。

僕の手はすっかり震えていたが、きっと彼らの手も、

今の僕と同じように震えているに違いないと思った。


「格納庫のシャッターは、あれは、やばいな、びっくりだ。

ここに来る途中に目に入ったが。思い切りの良さに正直笑ったぞ。」

「だが、まあそれもなんとかなるだろう。最悪デブリが突っ込んだことにすればいい」


「ありがとう。そうだな、そうしてくれると嬉しい」

僕は本当にそうしてくれたら嬉しいという気持ちを胸に、

プラズマエンジンの出力を全開にして、逆噴射を行い一気にスピードを落とした。

僕の後ろにいたもう一機のパラディオンをオーバーシュート。

僕の機体を追い越させ、それを正面に捉えた。


僕は決断した、こっちの一機を確実に撃破する。


「おい、やめろ!」

彼らは二人とも、僕が減速するのを読んでいたかのように、

僕の減速とほとんど同時にロケットエンジンをパージし急減速しつつ、

レールガンの射撃を開始した。


僕と違ってサポートAIの火器管制があるにしてもその射撃は精確で、

機体表面のすぐ近くを掠めていっている気がした。

その射撃に迷いは全く感じられなかったが、

それをどう受け止めたらいいかは分からなかったが、

やるべきことは変わらない。

 

僕は全てのエンジンとスラスターの出力を全開にしたまま回避行動をしつつ、

今度はそれらを後方に向けて、全力での前進、急加速に変えた。

そう。狙いは、後方にいたパラディオンの方だ。

彼ら相手に二対一は絶対にまずい。

多少のリスクを取ってでも、まずは一機を撃墜しなければならない。


二機のパラディオンの撃つレールガンの無数の弾丸は、

もはやワープか何かしていそうな速さで、僕の機体のすぐそばを吹き飛んでいく。


減速して大きく回避行動をとりたい衝動を必死で抑えて、

四肢のマニューバの動きと、

スラスターの向きの微調整だけで弾を避けられるだけ避けながら、

目の前に捉えたパラディオンに向かって行く。

なんとか当たらないでくれと何かに祈りながら、

左手のプラズマセーバーを起動していた。


無理に撃墜する必要はない。

足を切ればメインの推進力はなくなる。

そうすれば、二度と追いつけない。

それで十分だ。


何発ものレールガンの弾が糸を引きながら僕の手足、頭を掠めていく中で、

目標のパラディオンと距離が縮まっていき、衝突するかと思ったすれ違いざま、

スフィンクスのプラズマセーバーでパラディオンの両足を切り落とした。


パラディオンの胴体と足が離れ離れになっていくのを、後ろ目に確認しつつ、

今度は一気に下方、月の地面に向けてエンジンとスラスターの偏向ノズルを向ける。


月にも重力がある、地球の六分の一とはいえ、

当たり前だが高度があるほうが良い。

それに回避運動も、月面が遠いだけ自由度がある。

だからまずは高度を稼いで、微かな重力を味方につけようとした。

本当は後ろのパラディオンが月面に衝突してないかを確かめたかったが、

そんな余裕は無かった。


だが、僕が上昇を始めた頃、残った一機のパラディオンは、

既に僕よりも多少高度を取っていた。

見下ろされている状況に、パイロットの本能が恐怖を感じていた。

焦るな。スペックでは勝っているわけだから。じっくりいけばいい。

そう考えた矢先、最後のパラディオンはふわりと僕の頭上へ飛んできたかと思うと、

そのまま僅かながらも重力を味方につけ、

パラディオンの持てる推力を全て使って落下してきた。


その手にはレールガンは無く、

両手からはプラズマセーバーが飛び出ていた。

パラディオンのカメラ・アイと目が合う。

体が強張り、神経が張り詰め、

何も考える前に右手は反射的にレールガンを撃ち始め、

左手はプラズマセーバーを再起動していた。


すれ違った後の速度差を考えて、出力を上げるべきか、

それとも今撃墜するために、すこしでも減速して、切りかかられるまでの時間を取るか、

そんな二択を頭に思い浮かべた時には、

もうほとんどプラズマセーバーが届きそうな距離に思えた。


僕は当たってくれと祈りながら、

強張り続ける右手でレールガンの引き金を引き続けていたが、

動揺からか、サポートAIがいないからか、

弾はパラディオンにあたる気配は全くなく、宇宙の虚空へ吸い込まれるばかりだった。


こうなったら相手の二本のプラズマセーバーを、

左手の1本のプラズマセーバーで受け止めないといけない。普通は無理だ。

そう考えると、左手も強張って、上手く動かなくなっている気がした。


思わず、相手もさっきの自分みたいに足を切ってくれないかなどと、

甘えた発想が浮かんでくる。

どう考えても、一本で僕のプラズマセーバーを受け止め、

もう一本で胴体のコックピットを切断するに決まっているのに。


パラディオンと距離が近づくほどに、どんどん息が詰まり、

もはや僕の体は金縛りにあったような状態に陥りつつあった。


その時、何かが、僕の体。

それもスフィンクスの機体ではなく、生身の体のほうに触れた気がした。

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