第287話 ミルカの様子がおかしい

「え⁉ そんな! アリシア王女が嫌いだなんてそんな……」


 ミルカは両手を振って慌てだし、髪の毛をいじりながら視線を左下に下げる。


「ろくに話したこともないのに……」

「な、なぁ、ボクが何かしたか? ミルカさん……だっけ? 確か初めましてだと思うんだけど……」

「————ッ!」

「ボク、何か嫌なことをしたかな? 言ってくれたら改善するし仲良くしてくれたら嬉しいんだけど」


 アリシアが愛想笑いを浮かべて、手を伸ばす。

 だが、その手をミルカはとろうとせずににっこりとした笑みをアリシアに向け、


「そういえば会長とアリシア殿下って付き合っているんですか?」


 唐突にそんな質問をぶっこんで来た。


「ボ、ボクと師匠が⁉ そんなわけ……! そうなの?」

「そんなわけあるか」

「……みたいです」


 がっくりとアリシアは肩を落とす。


「その割には随分と親密そうだったんですけど、さっきここまでくる道中といい、モンスターハント大会の時といい」

「モンスターハント大会? ミルカよ。いつの話をしているんだ?」

「その時も! アリシア王女は会長の服の袖をつかんでいじらしくしてたじゃないですか。か弱く彼氏に頼る女みたいに」


 そのミルカの言い草にカチンと来たのか、アリシアの全身の毛が逆立つ。


「そんなことしていない! ボクは女である前に騎士だ! そんな軟弱な女みたいなマネ!」

「していましたよ。私たちがヴェノム・ナーガに追われていた時に」


 ヴェノム・ナーガ……ああ、あの黄昏の森にいた沼地の大蛇か。懐かしい。あの時には脚に毒牙を突き立てられて大変だったっけ……なんでそのことをミルカが知っているのかとよくよく思い返してみれば、一瞬だったがそこで顔を合わせていたんだった。そもそもあのときにヴェノム・ナーガに襲われたのはミルカのせいだったんだから。


「……ああ! あ、あの時は不安になるようなことがあって!」

「そんなに魔物が怖かったんですか? 勇敢な騎士を目指している王女様が」

「違……ッ! あの時は……ミハエルが……ッ!」


 そういえばあの時はミハエルがかなり暴走していたなぁ……戦うはめにもなったっけ懐かしい。あれから比べるとだいぶ変わったなぁあいつも……元気にしているかなぁ……今プロテスルカ帝国に帰っているらしいけど。


「ミハエル皇子ですか? アリシア殿下の許嫁の?」

「元! 許嫁だ! もう婚約は解消した! あんなことをしでかす男となんて付き合ってたまるか!」

「そうですか。ですがアリシア王女には客間そこで寝てもらいますよ」

「えぇ……」


 ミルカはその後驚きの行動にでた。


「だって、今は私たち・・・が許嫁なんですから」


 俺の腕に自らの腕を絡みつかせて、ぴったりと体をくっつけて寄り添わせた。


「はああああああ⁉」

「さっき父から聞いたんです。私をこの村に呼び寄せた理由は会長と私を婚約させるためだって。そして父の宗教の跡継ぎをしてもらうためだって」

「そんな話一言も———!」

「それよりも大変なことが起きていたんだから、話す暇がなかったんですよ。会長も私との婚約を受け入れたって話ですし」

「なっ⁉ そうなのか師匠!」


 まずい! 矛先が俺に向かった……!


「い、いやあの時は誰が嫁としてくるとか知らなかった上にこんな田舎では知り合いとも会わんだろうとタカをくくっていたというか、もうどうなってもいいやと考えることを放棄していた時の口約束で……!」

「それでも約束は約束です! 結婚はしてもらいますからね」


 グッとミルカが俺の腕を更に力を込めて握りしめる。


「結婚って……お前そんなキャラじゃないだろう? ピース教の跡を継ぐことも嫌がっていたし、オレとの婚約だって乗り気ではなかっただろう? 元々あまり関係性のない間柄だ」

「…………」


 ミルカはハッと気が付いたように腕を握りしめる力を抜いた。


「ミルカ。お前はそこまでオレのことが好きじゃないだろう? ほぼ今日が初対面なのはオレとて同じようなものだろ?」 


 ループした時の記憶は———彼女にはないはずだし。


「そんなよく知らない男と結婚なんて軽々しく言うもんじゃない」

「……そうでした」


 スッと彼女の顔から表情が消えて、俺から離れていった。

 そして、にっこりとした笑顔を再び貼り付けた。


「ごめんなさい。ずっと会長に弱弱しく寄り添っているアリシア殿下を見たらついつい意地悪をしたくなっちゃって。私、弱い女嫌いなんです」

「———何?」 


 スッと目を細めてアリシアが明らかに顔に怒りを表す。


「ごめんなさい。呪われているっていってもここも別に今まで取って食われて死んだ人がいるわけでもないし、気にしない人は泊まるんですよ。ただ、そこまでアリシア殿下が臆病ならちょっとうるさいですけど母屋の方の信者向けの宿泊部屋に……」

「いや! いい! ここでいい!」


 アリシアは肩を怒らせ、ずんずんと血まみれの鎧が飾られてある客間の中へと入って中央に敷かれた布団に胡坐をかいて座る。


「ここで寝る! ボクは臆病者なんかじゃあないってことを証明してやるよ!」


 そしてそのまま寝不足なのもあってか、俺達が戸を閉じる前に布団の中に入り、寝始めてしまう。


「……じゃあ、私たちは晩御飯の準備をしましょうか」

「おい、ミルカ。貴様ちょっとおかしいぞ? アリシアに対してあんな態度……」

「…………」


 ミルカは無視して客間の扉を閉めて、廊下を歩いて行ってしまう。

 戸惑ってその場にしばらくとどまっていた俺だが、やがて戸越とごしにアリシアの「スー……スー……」という寝息が聞こえてきたので、その場を後にすることに決めた。

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