第101話 修行二日目、落ち着いた朝。

 14時間前———。


 そんなこんなとゴタゴタがあって、結局俺はアリシアの修行に付き合わなければならなくなった。簡単な着替えとランプを持って既に『黄昏の森』の入口にいるアリシア・フォン・ガルデニアに追い付く。


 半月ほど前。ここにはテントを張って祭り会場のように飾り付けをしたものだが、モンスターハント大会が終了するとともに煙のように消え失せてしまった。

 ただの殺風景な森と平原の境目。

 そこに瞳を伏せ、大きな大きなリュックサックを背負ったアリシアがいた。

 とても第三王女とは思えない、寂しそうな横顔だった。


「…………おい! アリシア!」


 本当のところ、もっと優しい言葉をかけてやりたかったがシリウス・オセロットらしくないと乱暴なワードを選ぶ。

 それでもアリシアは、


「————ッ⁉ ししょー!」


 パアッと顔を明るくして、こちらへ向かってブンブンと手を振ってくれる。

 

 こうして、俺とアリシアの修行は始まった。


「な、なんで私まで~……」

 

 まったく事情を知らないナミ・オフィリアを伴って———。


 ◆


 修行二日目の朝———。


 朝日がテントの幕をほんのりと照らし、木の葉の影を映し出す。

 澄んだ空気が肺に入ってきたので、もぞもぞと体を動かし、寝袋から出る。


「あ……起きたのか、師匠……」


 隣で寝ていたアリシアが衣擦れの音共に体をわずかに起こす。


「すまん……起こしたか?」


 寝起きで水分を失ったガラガラ声で尋ねる。


「うぅ~……大丈夫……もう起きようと思っていたから……」


 ゴソゴソとアリシアも寝袋から出ようとする。

 動きやすそうな麻でできた臙脂えんじ色の寝間着姿の彼女は、林間学校でジャージを着ていた女子生徒を思い出させた。

 俺は全く起きる気配がないナミ・オフィリアをまたいで外へと出る。


 太陽は丁度木々の上に頭を出している頃だった。

 早朝だ。

 泉にその光が反射し、俺の顔を照らしている。

 その水を鉄の水筒に汲み、木を組んで簡単な焚火たきびを作る。


「火よ、灯れ———炎の珠フレアボール


 火炎魔法の基礎中の基礎を詠唱付きで発動させる。

 すると手に平にほんのりと暖かみを感じ、火の玉が出現する。それをちょいと前に押し出すイメージをすると、組み上げたまきの中心に落ちて炎となる。

 【バカでもわかる基礎魔法】で学んだ知識だ。

 これは幼児でもできる魔法であり、シリウスぐらいの歳になると無詠唱で出来て当然の魔法であるが、俺にはそのシリウスとして生きてきた知識がないので詠唱が必要となる。


「あぁ……水を沸かしてくれたのか……」


 眠気まなこをこすり、アリシアがテントから出て来る。

 そして、俺の対面に腰を落としコップを二つ取り出す。その一つを「はい」と俺に突き出してきたので礼を言って受け取る。

 湖面を二人でボーっと眺めながら、水が沸騰するのを待つ。

 やがてゴポゴポと音がしてきたので俺は手袋をつけて水筒を焚火の上から取り除く。

 沸騰した水を冷やそうと、逆の掌を水筒に向けてかざすと、


冷風コールディ……」


 アリシアがすっと基礎氷結魔法を発動させて水筒の周囲を冷たい風で覆わせる。


「すまんな」

「ん……」


 まだ眠たいのか、目を閉じながら頷くアリシア。

 沸騰したお湯がちょうどいい感じに冷める間で、俺はリュックからろ紙と砕けたコーヒー豆を取り出して、漏斗ろうとの上に乗せる。それをアリシアと俺、お互いのコップの上にセットし、お湯を流し込む。

 コーヒーだ。

 この剣と魔法の世界でも、飲めるとは思わなかった。

 魔法や魔物がいる世界だとしても、自然環境や物理法則は似たようなものがあるので、俺のいた世界と同じ飲み物があってもおかしくはない。


「ありがと」

「うむ……」


 コップ一杯にコーヒーが満ちると、アリシアが礼を言い、ずず……とすする。

 彼女の渇いた唇が潤い、頬がほんのりと桜色になる。

 そして、ほうと白い息を吐くのを見届けた後、俺もコーヒーに口を付ける。


「おはよう。師匠」

「うむ、おはよう。アリシア」


 共に言葉を交わし、遠くに朝もやが立ち込める水面を眺める。

 穏やかな時間だ。

 互いに口を開こうとせず、澄んだ空気を静かに感じている。

 手に伝わるのは、コーヒーのほんのりとしたぬくもり。同じものを飲み、同じ時間を共有しているからか、身体だけではなく心までポカポカしてくる。

 いいものだ。

 先日のモンスターハント大会と違って、今回は十分な娯楽も持ってきている。

 このコーヒーもその一つだ。

 アリシアが持ってきた。

 そういうと、この『黄昏の森』へと遊びに来たように聞こえるが、そうではない。これは重要な〝息抜き〟だ。

 厳しい修行の合間には適度な休息が必要なのだ。

 それは心も同様に、癒される必要がある。


 ザザ~………ッ。


 水面が盛り上がる。


「あぁ……もう時間か……」


 アリシアがコーヒーを地面に置いて、腰を上げて近くに置いてあった剣を手に取る。


 彼女が見据える視線の先には、半透明の水色のゼリーのような山が水面から伸びていた。

 ―――ウォータースライムだ。

 ゼリーの山の中心には丸い石のような物体———魔物のコアが見える。


「これで何体目だ?」


 ここは以前のモンスターハント大会での第二チェックポイントで訪れた場所と同じ場所だった。


「6体目だ」


 アリシアが答える。


「まだまだ、遠いな」

「ああ、だけどナミさんの修行メニューだやるしかない。リサさんの妹が、学園最強から仰せつかったメニューだ———」


 やれば強くなることに間違いはないだろうとアリシアは腰を落とした。

 彼女へ向けて、ウォータースライムが四方八方から触手を飛ばしてくる。


「一週間でウォータースライム100体討伐! それが———ボクがアリサさんに勝つための唯一の方法!」


 迫る触手を切り落としながら、アリシアは全身にあおいオーラ。創王気そうおうきまとっていく。

 それにしても———100体か。


 本当にあの剣聖王は100という数字が好きらしい……。

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