第71話 シリウスの真実

 目が醒めると俺は自宅にいた。


「———?」


 オセロット邸のシリウスの部屋だ。

 胸に手を当てる。


「傷がない……」


 魔剣に貫かれたはずなのに……。

 窓の外を見てみると既に外は真っ暗になっていた。

 時間が———飛んでいた。

 俺の記憶は魔剣で貫かれてからはない。そのあと、誰かと会ったような……。


「そうだ……あの女の子……!」


 紫色の髪の毛の女の子。あの子と俺は現実世界の俺の部屋で会っていた。

 あの子は……もしかしたら、俺の思うとおりだったら、


 コンコンコン……。


 部屋をノックされる。


「入るぞ」


 返事を待たずに入ってきた人物は意外な人物だった。


「父上……」


 顔に深い皺を刻んだ壮年の男、ギガルト・オセロットだった。滅多に家に帰ることのないこの人物がこの部屋を訪ねてくると言うのは驚きだが、それよりも俺は昼間に何があったのか、ロザリオとの決闘はどうなったのかが気になった。


「何の用です?」 


 お呼びではないと少し、語気を強くしてしまう。どうせ、シリウスに対しては叱るか命令するかの二つしか彼は言葉を持ち合わせていない。既に俺はモンスターハント大会でミハエルとアリシアの婚約を滅茶苦茶にしたし、古代兵ゴーレムも勝手に顔を作り替えてモンスターハント大会と決闘に持ち出し、大衆の面前に晒している。

 ギガルトから叱られる心当たりがありすぎて、これからなにが起きるか簡単に想像がついて辟易する。

 そんなことよりも早くルーナの元へ行き、まず無事かどうか、そしてロザリオとの決闘で何があったのかを確かめたかった。


「ミハエル皇子とアリシア王女の婚約が正式に破棄されたと聞いた」

「———はぁ、そうですか」


 そのことか……。

 ミハエルは、俺からは叩きのめされ、あれだけアリシアから嫌われているとわかったのだ。そのうちくる必然のイベントだ。本来はロザリオがミハエルを倒して心を折るはずだったのだが……。

 ギガルトは元々、プロテスルカから魔法石を大量に仕入れさせてもらう代わりにミハエルとアリシアの仲を取り持つように言われていた。政略結婚を円滑に進めるようにプロテスルカから指示をされてたのだが、俺のせいでそれがメチャクチャになり怒り心頭のはず。

 「紺碧のロザリオ」ではギガルトの出番がないため、本来の流れではどうシリウスとのやり取りがあったのかはわからないが、婚約破棄の後、かなり怒られることになったのだろう。アリシア婚約破棄のイベントから、シリウスはロザリオをやたら目の敵にするようになり、とにかく妨害してくる嫌味なお邪魔キャラとかしていた。

 今かぁ……。

 今は考えることが多くて、余計なことに頭使いたくないんだけどなぁ……一番来てほしくないタイミングで父からのお叱りのイベントが来たなぁ……。

 まぁ、仕方がない。そう覚悟を決めたが、ギガルトから発せられた言葉は俺の予想と全く違う言葉だった。


「婚約は破棄された———だが、ミハエル皇子からオセロット家へ〝謝礼〟の魔法石が大量に送られてきた」

「へ?」


 謝礼? ミハエルから?


「それに、ミハエル皇子はアリシア王女との婚約がなくなったのならこの国にいる必要はない。だが、聖ブライトナイツ学園でまだ学びたいことがあると国に戻るのを拒否したそうだ」

「は?」

「プロテスルカ帝国王家からも、『あんな我がままで幼かったミハエルが、見違えた様に自分の意志を発し、成長させてくれた。学園には感謝をしている』……とわざわざ文がこのギガルトの元へと届けられている。シリウス……貴様一体何をした?」


 いや、知らん……俺が聞きたい。

 俺はただ、クズな性格のミハエルをぶっ飛ばしただけだ。


「ミハエル皇子はプロテスルカに戻らなかったので?」

「そう言っただろう。故郷から離れた地で、しばらく自分を見つめていたい、そう言ったそうだ」

「そう、なの……ですか……」


 ———あれ?

 ゲームの展開では、これからミハエルはプロテスルカ帝国に戻り、恥をかかせてくれた聖ブライトナイツ学園に復讐するためのテロ計画を立て、学校をプロテスルカの息がかかったテロリストが占拠する展開だった。

 だから、モンスターハント大会を開いて生徒全員のレベルをアップさせたのだが、ミハエルが復讐しないのでは、レベルアップをさせた意味がなくなってしまう。

 いや、意味が全くないと言うわけではないのだが……それでもせっかく対策したのにと、という残念な気持ちはある。

 どうしてここまでルートが外れてしまったんだ……?


「どうしてなのですか?」

「それを、こっちが聞いとるんだ!」


 ギガルトに試しに聞いてみるが、彼にわかるわけがない。 

 まぁ、明日学校にいってミハエルの様子を確かめよう……それよりも今は今日の事だ。


「わかりませんが、まぁ彼は彼でいろいろ思うところがあったんでしょう……」

「そうか……まぁ若干腑に落ちんところはあるが、結果として我がオセロット家の利益につながったのだ。良しとはしよう」


 ギガルトは、むむむと唸り、納得はしていない様子だったが、一歩後ろに下がった。

 話しは終わったのか……?


「そのことだけですか?」

「む?」

「わざわざ父上が来たのはミハエル皇子の近況を伝えに? それだけなのですか?」


 暗に、古代兵ゴーレムを持ち出したことを知っているのかどうか尋ねたつもりだ。一応オセロット家の秘密兵器ではあるので、表に出たらまずい存在だ。それを俺は何も言わずに持ち出している。

 やっぱり叱られるのではないかと、藪蛇をつつくようないだったが———、


「ああ……シリウス、貴様魔剣と対峙したそうだな?」


 ———返ってきたのは全く予想もしていない問いかけだった。


「魔剣? え、ええ……」

「私が聞いた報告によると、貴様が魔剣を折り、その後魔剣は忽然と姿を消したらしい」

「そう……なのですか?」

「貴様、隠し持っているのではあるまいな?」

「いえ……知りません」 


 へぇ~……あれ折れた後、消えたんだ……今、知った。

 だったらまた人の手に渡り、悪さをするかもしれないなぁ……と呑気なことを考えながら首を横に振る。


「そうか……貴様が魔剣を回収し、何かしらの奇跡が起きれば良かったものを……」

「え?」


 問い詰められているかと思っていたのに、何故だかギガルトは残念そうに首を垂れ、その後チラリと哀れむような目線を俺に向けた。


「やはり、貴様は出来損ないのうつわか……あの方は宿らずじまいか……」


 ハァ……とため息を吐いた後、ギガルトは背を向け、扉へと向かう。


「あの、出来損ないの器とは……何のことでしょう?」


 何だか失望しているように彼は言っているが、知らない情報だった。それもすごく重要そうな言葉だ。

 ギガルトは説明するのがめんどくさいと言うように一つ舌打ちした後、


「チッ……以前にも言っただろう。貴様は魔王様をこの地に転生させるために、我が国の魔導技術の粋を集めて生み出した———〝魔導生命体〟なのだ、と。そうであったというのに貴様は、あの方の魂は内包せず、姿かたちは全く別物———とても魔王様の復活など望めない。とんだ無駄遣いをしてしまった……あの方を復活の器と成れないのなら、せめてオセロット家の役に立ってみせろ。以前もそう言ったはずだがな……貴様にはそれだけの価値しかないのだ。忘れるな、シリウス」

「あ、はい」


 釘を刺すように俺の胸を指さし、ギガルトは、ぱたんと扉を閉じて、部屋を出ていった。


「……あぁ~だからかぁ……だからあんなにスペックがチートなのねぇ……」


 自らの体を見下ろしペタペタと触る。

 シリウスってそんな奴だったの?

 いや、さらっと言われたが、メチャクチャ衝撃の真実を一気に教えられた。

 衝撃過ぎて、ただただ俺は変なリアクションを取ることしかできなかった。


「マジかよ。知らんぞ、そんな設定……」


 これも没設定や裏設定か何かか……?

 「紺碧のロザリオ」のゲーム知識があると言うのに、全然知らない情報がポンポン出てきて、全くその知識が役に立たってくれなかった。

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