第13話 首領——グレイヴ・タルラント
グレイヴ・タルラント。
名うての実業家でありながら、ハルスベルク裏社会の頂点———『
『
———信頼。
それを掲げる一見誠実なマフィアのボス———それがグレイヴ・タルラントだ。
だが、マフィアはマフィア。一時も油断はできない。
それ相応の話し方がある。
「そうですね。初めからそう名乗ってくれた方が助かります。
ドカッ、と部屋にあったソファに腰を落とし足を組む。
部屋の主が許可をしてないのに。
「おい……お前……!」
あまりにも横柄な俺の態度を、流石にアンが咎める。
だが、グレイヴは、笑った。
「ハッハッハッハッ! 面白い男だ。アン、こいつとはどういう関係だ? どうしてここに連れてきた?」
言葉、声だけを聴くと、おじいちゃんが孫に級友のことを気軽に聞いているようなトーンだ。
だが、グレイヴの眼光は鋭い。
アンの心の奥の全てを見抜くような鷹の眼の眼光をしていた。
「それは……」
口ごもるアン。
「アン……儂はこの男とどんな関係だ———〝何で〟〝ここ〟に連れてきた、と聞いたんだぞ?」
知らないわけはないのだ。
アンがこの『
アンと俺は復讐をする者とされる者の関係なのだ。
それが一緒にマフィアの巣窟にやってくるのはどういうことなのか。
慣れ合っているのじゃないか?
グレイヴの瞳は暗にそう言っていた。
「それは……」
「グレイヴ・タルラント殿に人員を貸していただきたい。そのために
アンは助け舟を出されたと感じたのか、目を見張って俺を見た。
「ほぅ……人員、ねぇ。何に使う?」
「来週、『黄昏の森』に全校生徒を連れて行き、モンスターハント大会と称した訓練を行う」
「『黄昏の森』に? 生徒だけで行くつもりか?」
「ああ」
グレイヴがキョトンとした目をしたのち、
「アッハッハッハッハ! 面白い、オセロット家のお坊ちゃんはぶっ飛んでるな。これから騎士になろうという若い学徒どもを皆殺しにしようというのか? あの森には討伐ランクSの魔物がうようよしているぞ?」
「皆殺しにはならんさ。それにSランクの魔物が〝うようよ〟というのは
「変わらんだろう。お前がいうボス猿の中には、
「弱くて愚かな奴はな。だが死ななくていい奴も確かに存在する。
「その管理というのを、ウチの構成員たちにやらせると?」
「ああ」
「……ほぉ……なるほどなぁ」
グレイヴが顎を撫でる。
「ひとまず聞こうか。どうしてウチの可愛いファミリーをガキのお守に付けなきゃいけないのか」
「まずは裏の人間の中でも質がいい。魔法やスキルは言わずもがな———このガルデニア王国で一番と言っていい人材をそろえている。そのうえあなたの「信頼」を求めるマフィアらしからぬ方針のおかげでしっかりと統率されている。馬鹿も少ない。軍とさほどかわらぬいい人員をそろえている組織だ」
「なるほどなぁ……なら、ガルデニア王国軍に頼むんだな……」
グレイヴの雰囲気が変わる。
優しい温厚な
「儂らはこう見えても忙しい。ガキのお遊びに付き合っていられるほど暇ではないんだ。それに……」
グレイヴが視線を横にずらす。
彼の背後にはまた扉があった。ガチャリと開き、ぞろぞろ屈強な男たちが入ってくる。目の上に傷をつけていたり、大きな刺青を肩に入れていたりと明らかに
そんな荒くれ共たちが、俺を取り囲む。
シャッと大斧の切っ先が俺の首元に添えられる。
「…………」
大斧を構えるのは銀髪のロリだった。お人形さんみたいなぱっつんとした長髪に、感情のうかがえない表情。
「その程度の理由でガキがこのグレイヴ・タルラントに会えたとなっては、『
グレイヴの言葉に呼応するようにロリは切っ先を後一ミリで切っ先が触れる距離まで、近づけた。
「…………」
ロリは何の感情も持たない瞳で、ボスの命令を待っている。グレイブがやれといったら躊躇なく俺の首を吹き飛ばすだろう。
「フッ……オセロット家のお坊ちゃん。命までは取ろうとは思わん。どこか体の一部を差し出せ。それでその舐めた態度を取った事の手打ちとしてやる」
グレイブはそう言いながら、アンに向けて手のひらを見せる。
「?」
アンの行動を制止するように。だが、アンは特に何か行動を起こす予兆はなく、グレイブのハンドサインの意味が分からず眉をひそめた。
グレイブは———「この場は自分に任せて、お前は何もするな」とアンに言っているのだ。
シリウスはアンの
なら、彼を一番痛めつけたいのはアンだろう。「ボスがこいつを痛めつけるのなら、自分が!」と言い出してもおかしくないし、事情を知っているボスなら、アンに〝体の一部を切り取る役目〟を任せるはずだ。
ところが———アンに対して何もさせる気がない。
つまりは———これはただの単なる脅しだ。
体の一部を切り取るつもりも、俺に何か害を与えるつもりもないだろう。
ちゃんとわかっているのだ。ここで『
面子というのは舐められないような〝怖さ〟も大事だが、慕われる〝カッコ良さ〟も大事なのだ。
「フッ……」
ちゃんと
荒くれの一人がその笑みに怒ったように「この餓鬼! 何を笑っていやがる⁉ とっととオヤジの質問に答えんかい!」と怒号を俺に浴びせ、顔を間近に近づけてガンを付けてくる。
それを俺は無視し、
「グレイヴ・タルラント殿。やはりあなたの家族は質がいい。これだけ
俺の言葉に荒くれ共は動揺する。
脅している餓鬼に突然絶賛されてどう言う感情を抱けばいいのかわからず、互いに顔を見合わせている。
「これこそが、
ざわざわと荒くれ共が更に動揺する。混乱していると言ってもいい。
なぜ俺がこんなに褒めているのか理解ができない様子だ。
「お褒めに預かり光栄だが……それは、褒めれば儂がお前に協力するとでも思っている浅知恵からくる言葉か?」
言葉自体は厳しいが、グレイヴの雰囲気が明らかに変わった。
再び
「もちろん違う。今のはただの
「報酬?」
「もちろん、オセロット家として大金を払う、武器も供給する。オセロット家が今後軍に売りつけようとしている最新の武器だ。その〝試し〟としてモンスターハント大会を利用してもらっても構わない」
「…………」
グレイヴが指先をトントンと合わせ続ける。
こちらを値踏みしている顔だ。
俺の提示している条件はかなりのメリットがある。グレイヴにとって〝戦力〟というのは何よりも求めているものだからだ。
もう一押しだな。
「それに———この大会にはガルデニア王国第三王女———アリシア・フォン・ドナ・ガルデニア殿下も参加される」
「何だと……?」
グレイヴの両まぶたがゆっくりと見開いていく。
驚愕している。
今日一番、彼の表情に感情が乗っている。
「王女の身が危険にさらされるのです。それを護衛するのは国民として誉ではないですか? 当然、王女は公に『
「…………」
ジロリとグレイヴはアンを睨む。俺の言葉の審議を確かめるように。
アンは戸惑っていたが、頷いた。
「……なるほどなぁ」
「『
「うぅむ……」
「グレイヴ・タルラント殿、このオセロット家次期当主のシリウス・オセロットが願い乞う。あなたの家族たちをお貸しいただきたい。『黄昏の森』のSランク魔物の管理のために」
最後にそう言うと、グレイヴは、
「面白い」
ニヤリと笑い、頷いた。
「シリウス・オセロット。お前の話に———乗ってやろう」
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