第13話 首領——グレイヴ・タルラント

 グレイヴ・タルラント。


 名うての実業家でありながら、ハルスベルク裏社会の頂点———『スコルポス』の首領ドン


 『スコルポス』は密輸、恐喝、暗殺……いろいろな闇の家業を営んでいるが麻薬だけはやっていない。人を堕落させ、養分としてただ吸い上げるだけの麻薬は一時の利益につながるが、やがてはこちらも破滅をする。全てはバランスなのだという。


 ———信頼。


 それを掲げる一見誠実なマフィアのボス———それがグレイヴ・タルラントだ。

 だが、マフィアはマフィア。一時も油断はできない。

 それ相応の話し方がある。


「そうですね。初めからそう名乗ってくれた方が助かります。オレはタルラント商会のオーナーに話があるのではなく、裏の社会を動かせる『スコルポス』のボスと話に来ているのですから」


 ドカッ、と部屋にあったソファに腰を落とし足を組む。

 部屋の主が許可をしてないのに。


「おい……お前……!」


 あまりにも横柄な俺の態度を、流石にアンが咎める。

 だが、グレイヴは、笑った。


「ハッハッハッハッ! 面白い男だ。アン、こいつとはどういう関係だ? どうしてここに連れてきた?」


 言葉、声だけを聴くと、おじいちゃんが孫に級友のことを気軽に聞いているようなトーンだ。

 だが、グレイヴの眼光は鋭い。

 アンの心の奥の全てを見抜くような鷹の眼の眼光をしていた。


「それは……」


 口ごもるアン。


「アン……儂はこの男とどんな関係だ———〝何で〟〝ここ〟に連れてきた、と聞いたんだぞ?」


 知らないわけはないのだ。


 アンがこの『スコルポス』を頼ることになった、原因の男が———このシリウス・オセロットなのだから。 


 アンと俺は復讐をする者とされる者の関係なのだ。

 それが一緒にマフィアの巣窟にやってくるのはどういうことなのか。

 慣れ合っているのじゃないか?

 グレイヴの瞳は暗にそう言っていた。


「それは……」

「グレイヴ・タルラント殿に人員を貸していただきたい。そのためにオレがアンに取り次ぐように頼んだ。それだけだ」


 アンは助け舟を出されたと感じたのか、目を見張って俺を見た。


「ほぅ……人員、ねぇ。何に使う?」

「来週、『黄昏の森』に全校生徒を連れて行き、モンスターハント大会と称した訓練を行う」

「『黄昏の森』に? 生徒だけで行くつもりか?」

「ああ」


 グレイヴがキョトンとした目をしたのち、


「アッハッハッハッハ! 面白い、オセロット家のお坊ちゃんはぶっ飛んでるな。これから騎士になろうという若い学徒どもを皆殺しにしようというのか? あの森には討伐ランクSの魔物がうようよしているぞ?」

「皆殺しにはならんさ。それにSランクの魔物が〝うようよ〟というのは語弊ごへいがある。何体かのSランク魔物がそれぞれの縄張りでボス猿面をしているだけで、個体の数は決して多くはない。せいぜい十体がいいところ。そしてそのSランク以外の魔物はがくっとレベルが落ちる、せいぜいDランクがせいぜいのもの。そういったものが〝うようよ〟しているのだ」

「変わらんだろう。お前がいうボス猿の中には、人食い魔物マンイーターもいる。餌がそこら中にいると知れば、次々と縄張りを出て襲い掛かる。そういうもんんさ。未来ある若者を魔物の餌にしたいのか?」

「弱くて愚かな奴はな。だが死ななくていい奴も確かに存在する。オレもそういう奴は生かしたい。だから、Sランクの魔物を運営側で管理したい。人食い魔物マンイーターが次々と生徒を襲わないような。そのために『スコルポス』の力を借りたい」

「その管理というのを、ウチの構成員たちにやらせると?」

「ああ」

「……ほぉ……なるほどなぁ」


 グレイヴが顎を撫でる。


「ひとまず聞こうか。どうしてウチの可愛いファミリーをガキのお守に付けなきゃいけないのか」

「まずは裏の人間の中でも質がいい。魔法やスキルは言わずもがな———このガルデニア王国で一番と言っていい人材をそろえている。そのうえあなたの「信頼」を求めるマフィアらしからぬ方針のおかげでしっかりと統率されている。馬鹿も少ない。軍とさほどかわらぬいい人員をそろえている組織だ」


「なるほどなぁ……なら、ガルデニア王国軍に頼むんだな……」


 グレイヴの雰囲気が変わる。 

 優しい温厚な好々翁こうこうやから、どう猛な猛獣のような緊張感が彼から発せられる。


「儂らはこう見えても忙しい。ガキのお遊びに付き合っていられるほど暇ではないんだ。それに……」


 グレイヴが視線を横にずらす。

 彼の背後にはまた扉があった。ガチャリと開き、ぞろぞろ屈強な男たちが入ってくる。目の上に傷をつけていたり、大きな刺青を肩に入れていたりと明らかに堅気カタギの人間ではない。

 そんな荒くれ共たちが、俺を取り囲む。

 シャッと大斧の切っ先が俺の首元に添えられる。


「…………」


 大斧を構えるのは銀髪のロリだった。お人形さんみたいなぱっつんとした長髪に、感情のうかがえない表情。


「その程度の理由でガキがこのグレイヴ・タルラントに会えたとなっては、『スコルポス 』の面子に関わる」


 グレイヴの言葉に呼応するようにロリは切っ先を後一ミリで切っ先が触れる距離まで、近づけた。


「…………」

 ロリは何の感情も持たない瞳で、ボスの命令を待っている。グレイブがやれといったら躊躇なく俺の首を吹き飛ばすだろう。


「フッ……オセロット家のお坊ちゃん。命までは取ろうとは思わん。どこか体の一部を差し出せ。それでその舐めた態度を取った事の手打ちとしてやる」


 グレイブはそう言いながら、アンに向けて手のひらを見せる。


「?」


 アンの行動を制止するように。だが、アンは特に何か行動を起こす予兆はなく、グレイブのハンドサインの意味が分からず眉をひそめた。


 グレイブは———「この場は自分に任せて、お前は何もするな」とアンに言っているのだ。


 シリウスはアンのかたきだ。

 なら、彼を一番痛めつけたいのはアンだろう。「ボスがこいつを痛めつけるのなら、自分が!」と言い出してもおかしくないし、事情を知っているボスなら、アンに〝体の一部を切り取る役目〟を任せるはずだ。

 ところが———アンに対して何もさせる気がない。


 つまりは———これはただの単なる脅しだ。


 体の一部を切り取るつもりも、俺に何か害を与えるつもりもないだろう。

 ちゃんとわかっているのだ。ここで『スコルポス』がカタギのガキに対して大人げなく危害を加えたとあってはデメリットしかないのだと。生意気な口を聞いた餓鬼に対して本当に指を詰めさせるヤクザなんて、確かに怖いがカッコ悪い。

 面子というのは舐められないような〝怖さ〟も大事だが、慕われる〝カッコ良さ〟も大事なのだ。


「フッ……」


 ちゃんと理解わかっている。そう思ってつい笑みをこぼしてしまった。

荒くれの一人がその笑みに怒ったように「この餓鬼! 何を笑っていやがる⁉ とっととオヤジの質問に答えんかい!」と怒号を俺に浴びせ、顔を間近に近づけてガンを付けてくる。

 それを俺は無視し、


「グレイヴ・タルラント殿。やはりあなたの家族は質がいい。これだけオレが舐めた口を利いても、誰一人暴走して殴りかかろうとしてこない。他の組織はこうはいかない。我先われさきにとオレを殴り飛ばしに来るだろう。だが———ここはあなたの命令がなければオレに指一本触れようとしない。ちゃんと統制がとれているいい部下、いや息子たちだ」


 俺の言葉に荒くれ共は動揺する。

 脅している餓鬼に突然絶賛されてどう言う感情を抱けばいいのかわからず、互いに顔を見合わせている。


「これこそが、オレが『スコルポス』を頼ろうと思った、いや、頼らざるを得なくなった理由だ。はっきりいう。あなた方は軍隊よりも質がいい。軍は一見統率されているように見えるが、所詮は金と権力で支配された組織だ。やれと言われないとやらない。その上汚職を働き、信用に欠ける。だが、あなた方は違う。何故なら〝情〟でつながっているからだ。親父に受けた恩を返すため、家族のためにと思って常に行動し、強い絆で繋がり互いを思いやりるあなた方は軍よりも信頼ができる」


 ざわざわと荒くれ共が更に動揺する。混乱していると言ってもいい。

 なぜ俺がこんなに褒めているのか理解ができない様子だ。


「お褒めに預かり光栄だが……それは、褒めれば儂がお前に協力するとでも思っている浅知恵からくる言葉か?」


 言葉自体は厳しいが、グレイヴの雰囲気が明らかに変わった。

 再び好々翁こうこうやの雰囲気に戻っている。


「もちろん違う。今のはただのオレが軍を頼りたくない理由の説明だ。ここからは仕事の報酬の話だ」

「報酬?」

「もちろん、オセロット家として大金を払う、武器も供給する。オセロット家が今後軍に売りつけようとしている最新の武器だ。その〝試し〟としてモンスターハント大会を利用してもらっても構わない」

「…………」


 グレイヴが指先をトントンと合わせ続ける。

 こちらを値踏みしている顔だ。

 俺の提示している条件はかなりのメリットがある。グレイヴにとって〝戦力〟というのは何よりも求めているものだからだ。


 もう一押しだな。


「それに———この大会にはガルデニア王国第三王女———アリシア・フォン・ドナ・ガルデニア殿下も参加される」

「何だと……?」


 グレイヴの両まぶたがゆっくりと見開いていく。

 驚愕している。

 今日一番、彼の表情に感情が乗っている。


「王女の身が危険にさらされるのです。それを護衛するのは国民として誉ではないですか? 当然、王女は公に『スコルポス』を称えることはできませんが、恩は売ることができます。そして、その恩はこのオセロット家の男を使えば、『スコルポス』に返ってくることもあるでしょう」

「…………」


 ジロリとグレイヴはアンを睨む。俺の言葉の審議を確かめるように。

 アンは戸惑っていたが、頷いた。


「……なるほどなぁ」

「『スコルポス』の偉大な首領ドン、グレイヴ・タルラント殿。裏社会を支配するものとして、表社会に恩を売っておくことは悪くないとは思いますが?」

「うぅむ……」

「グレイヴ・タルラント殿、このオセロット家次期当主のシリウス・オセロットが願い乞う。あなたの家族たちをお貸しいただきたい。『黄昏の森』のSランク魔物の管理のために」


 最後にそう言うと、グレイヴは、


「面白い」


 ニヤリと笑い、頷いた。


「シリウス・オセロット。お前の話に———乗ってやろう」

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