第11話 魔法のお勉強! ……を、するはずだったのになぁ。

 図書室の扉を開ける。

 ようやくだ。ようやくたどり着いた!


「し、シリウス生徒会長⁉ もうすぐ閉室の時間で……!」


 司書教諭が椅子から立ち上がるが、俺は構わず中を進んでいく。


「失礼! すぐに済む! 少し魔法の教本に目を通すだけだ!」


 日がもう沈みかけている。図書室が閉まるまであと一、二分もないだろう。早くお目当ての本を見つけなくては……。

 本棚の上のジャンルが書かれた案内板に目を光らせる。【歴史】【神話】【生物】……これじゃない。ただのギャルゲーである『紺碧のロザリオ』の世界で、歴史や生き物がどれほど詳細に設定されているのか気になるが、今はそれを確認している時間はない。


 【魔法】……【魔法】……【魔法】……!


 どこだ? どこにある⁉ 


 焦っていた。


 そして、遂に【魔法】と書かれた案内板を発見する。


 ———あった!


 その中で【バカでもわかる基礎魔法】と書かれた本が目に入る。


 良かった! 教科書よりもわかりやすく魔法の使い方を要約した本だ! この剣と魔法の世界にもそんな本があったなんてビックリだ!


 これを読めば何とかモンスターハント大会も……。


 ジャララ……。


「ん⁉」


 突然、伸ばした手に鎖が絡まり、本に指が届く寸前でストップさせられる。


「何者……だ⁉」


「あたしだ! アン・ビバレントだ!」


 振り返ると鎖の先を持った、小柄な暗殺者アン・ビバレントがいた。


「ハァ……何の用だ?」


 タイミングがあまりにも悪すぎて辟易する。

 俺は早く魔法の勉強をしたいというのに……


「決まってる! お前を殺しにだ! お前は昨日言ったな———殺してみろと! これがその答えだ!」


 ジャラジャラと俺の手に巻き付いた鎖が鳴る。


「確かに言った! だが——今じゃない!」


 今はタイミングが悪すぎる!


「黙れ! 炎のフレア……」


 ボッとアンの手に炎が宿った。


「は⁉」


 炎って———図書室こんなばしょでか?

 馬鹿馬鹿馬鹿バカバカバカバカ‼‼


 俺はツカツカと歩き、一気にアンとの距離を詰めた。


「この———阿呆あほうが!」


 ゴチンとその頭に拳骨げんこつを落とす。


「痛ったあああぁぁぁぁ⁉ 何をすんのよ⁉」

「図書室で炎魔法を使おうとするなんて正気か⁉ 火気厳禁と書いてあるだろう!」

「カキゲンキン? なんだその言葉は?」


 首をかしげるアン。

 確かにこの世界に【火気厳禁】という日本特有の四文字熟語はない。

 だが、図書室のガイドライン掲示板には「炎魔法は絶対に使わないで!」と太字で書いてある。

 俺が指さすそれを見て、アンは小さく「あぁ……」と声を出した。


「黙れ! 親の仇を取るための復讐は何よりも勝る! 親の無念を晴らすためなら本の一つや二つ燃えたところで構うものか!」


 ゴチンッ!


「痛ィッ⁉ 貴様ぁ! 何度もそうぶん殴れるとでもッッ!」


 二度目の拳骨を受けるも、彼女の眼から闘志は消えず、歯をむき出しにして吠える。

 だが、徐々にその闘志も……、


馬鹿ばか阿保あほ、たわけ! 本は過去の人間が残した貴重な知恵の遺産だ。どんな本であろうとも軽く扱っていいものではないわ!」

「は……? あんた……何を言っている……?」


 本気で、本を心配している俺に困惑している様子だ。

 命を狙って襲ったのにもかかわらず、自分の命よりも本を優先し、𠮟りつけている。

 その光景に、完全にあっけに取られてしまっていた。


「あのなぁ……本は大切なものなんだぞ? もしもオレを殺せるほどの炎をここで上げてみろ。図書室の本が全焼するほどの規模になる可能性もある。文献の消失と言うのは、知識の喪失であり、今まで積み上げてきた歴史の消失に繋がる。それは国力の発展の鈍化、最悪衰退する可能性にもつながる。だから———無暗に焼いていいものではないのだ。わかったか?」

「な、何を偉そうに! シリウス・オセロットの分際で……!」

「わ・か・っ・た・か⁉」

「………………」


 アンはキョロキョロと周囲を見渡し、司書教諭が心配そうに見つめていることに気が付く。


「わ……わかったわよ……」


 他人に今の自分の姿を見られていたことで恥じの感情が生まれたようだ。


「確かに……場所を選ばな過ぎたわ……」


 ここはおとなしく引きさがってやる、とナイフをしまう。


「フゥ……全くだ。オレを仇と思い狙うのはいいが、時間と場所はちゃんと選べ」

「な、貴様……自分がどんな男か……わかっているのか⁉」


 憎しみのこもった目で睨みつけられる。

 女の子からそんな激しい目を向けられると、昔の自分だったら怯えて竦んでしまうところだが———今の俺はシリウス・オセロット。

 ちょっとやそっとで怯んだりはしない。

 そういう男なのだ。

 そんな目を向けられて当然の男で、転生した時点でとっくに腹をくくっている。


「わかっているさ。貴様の父親を殺し、母を犯した男だ。その罪はいずれ償わねばならん」


 諦めたようにそう言うと、アンは目を見開き、


「……は?」


 と言った。

 その胸にうちまく感情は驚愕なのか、怒りなのかわからない。

 ただ、目を全開にして俺を見つめ、顔から感情を消していた。


 ———こえぇぇ。


 でも仕方ねぇよな……。


「覚悟はあるさ」

「—————ッ!」


 アンの顎がピクリと動いた。


「お前の、貴様の復讐の刃はいつか甘んじて受けよう。だが、今ではない。その時が来たら、貴様がオレを殺せるようになったら、甘んじて受けるさ」

「な……なに、その言い方?」

 

 アンの唇が震える。

 そして———、


「———あんた本当にシリウス・オセロット?」

「————ッ⁉」


 まずい……!


 今までシリウスの言動と違い過ぎたか⁉

 転生した今の俺の人格と、元々のシリウスの人格が入れ替わっているとバレたらマズい。いや、特に問題ないのだが事情を説明するとなると非常にメンドクサイことになる。


「ンンッ……当然だろう! オレはシリウス・オセロット以外ありえない……ところで貴様、どうして一人で来ている?」

「は?」


 俺は強引に話題を変えた。


オレは先日仲間を連れてこいと言ったぞ? 一人では貴様はオレに勝つことなどできん———と。なのになぜまた一人でオレに挑んでいる……? ドMなのか?」

「な———! これは私の復讐だ! 私の個人的な事情に他の人を巻き込めるか!」

「あ、まぁ確かに……」


 復讐というものはどう言葉を取り繕おうが、結局は殺人だ。

 それに彼女も言っているが、復讐など個人的なもので個人の感情を晴らすためのものだ。

 そこに他人の介入する余地は本来ない。

 

 その上、アンはシリウスの前では敵意をむき出しにするキャラだが、普段は優しい優等生キャラを演じている。学園が設定している戦闘力を表す騎士ランクも平均よりも少し上のBランクであり、優秀な彼女を慕う生徒は多い。


 そんな本当が優しい彼女が他人を巻き込むことなどするはずがないのだ。


「ハァ……ロザリオと一緒に復讐の刃をオレに向ければいいものと思ったが、上手くはいかないものだな……」

「は? 何をブツブツと……」

「まぁだが丁度良い。実はオレは貴様に話があったのだ」

「……貴様が? アタシに?」


 訝し気な目を向けるアン。


「貴様はオレのモンスターハント大会の告知はもう見たな?」

「ああ、知っているよ。人のことを何とも思っていないあんたが考えそうな、穴だらけなひどいイベントだ。絶対にうまくいかない。行きっこない」


 ハッと心底こ馬鹿にしているように鼻で笑うアン。


「ほう……上手くいかない……それは何故だ?」

「何故って……生徒が大怪我する可能性が高いからだよ。あんたは生徒がレベルアップするために『黄昏の森』で合宿させると言うけれども……魔物のレベルが高すぎる。あんな場所に連れて行かれたら皆、特に一年生は死んじゃうわよ」


 彼女の言う通り、『黄昏の森』での適正ランクはB以上だろう。

 ちなみに学園に入学したばかりの1年生の騎士ランクはE。

 まだ剣術も魔法も、基礎中の基礎しか知らない段階。火を灯したり、そよ風を吹かせたりできる程度の普通の人間と大差ない程度の魔法騎士なのだ。

 そんな普通の人間レベルの奴を、強力な魔物がいる『黄昏の森』に放り込むなど正気の沙汰とは思えないだろう。


「ふむ……正しい分析ができているな」


 わざとらしく感心した態度を示す。


「誰でも普通は考えることだと思うけど……」

 

 と、アンは呆れる。

 それに対して———、


「だが、それはあくまで死ぬ危険性だけがある場合だ。死なない可能性もあるとわかっていれば、参加者たちは隠れることもなく戦い、格上の相手に勝つことで自信をつけるだろう」


 俺は反論を重ねる。


「はぁ?」


 俺の言葉の意味が分からないと、アンの右眉尻が更につり上がった。

 顔を歪め、呆れと怒りがこもった表情を作る。


 何をいっているかわからない、とでも言いたげな……。


 まぁ、わからないでもいい。

 

 すぐにわかるからな。


 俺は未だに手に巻き付いている鎖をジャララ……と鳴らし、


「———貴様に〝暗殺術をさずけた男〟の元にオレを連れて行け」


「ハァ⁉」


 彼女のルートの———ラスボスの元に連れて行くよう要求した。


 そして———、


 ゴォ~~~~ンッ、ゴォ~~~~ンッ!


 学園の鐘の音が鳴る。


「あのぉ~……閉室ですぅ……」


 司書教諭が恐る恐る俺たちに声をかける。


「フッ……」


 俺は意味深に笑い、棚から本を抜き取り、


「———とりあえず、この本の貸し出しを要求する」


 【バカでもわかる基礎魔法】を司書に突き出した。

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