加峰椿の三題噺まとめ

加峰椿

【1/18】僕が殺したアサ/犬・朝露・近未来

お題:『犬』、『朝露』、『近未来』

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 ペットショップで見知った顔を見つけた。

 かつて、同級生だったやつの顔に似ている気がする。まあ、かなりうろ覚えなので、気のせいかもしれない。


 しかも、ケース越しでよく見えないし。



 昨今、ペットは機械が主流となった。というか、表向き・・・では全部そうなった。生き物を飼うのは命を所有化し、非人道的な行為だとか何やらで、犬も、猫も、鳥も、爬虫類だって、みんなみんな機械に成り代わった。本物と同じ容姿、本物と同じ体温、本物と同じ手触り、本物と同じ行動原理。おまけに食費いらずの世話いらず。多少の電気代はかかるけど、壊れることだって滅多にないし、バックアップさえあればいくらでも復元できる。生き物ペットのメリットといえば、生きてるかどうかってだけで、本物が本物よりも出来の良い模倣品に取って代わるのは至極当然だったのだろう。

 それでもこの「生きてる」ってところの執念がどうも厄介で、導入の際はなかなか普及しなかったようだ。生きてなきゃダメだ、とか。機械じゃ愛着が湧かない、とか。昔は平気で家畜の肉を食ってたらしいのに、随分とおかしな話だと思う。……いや、だからこそなのかもしれない。

 ペットの機械化が進んだ時、飼い主は二分化したそうだ。多くの者は時代に流れ、それでもなお、「生きてる」ことにこだわった者が少なからずいた結果、


 こうして人間が犬のように売られることになったのだから。


 当然、犯罪なんだけど。

 前者の人間にとっては、自分が愛せて可愛らしい何かが傍にあれば生きてるかなんてどうでもよかったのだろう。ペットの人気が高かったのは、動いて自分に懐いた様子を見れるのが愛らしいってだけで、魔法かなんかで突然ぬいぐるみが動き出しても、彼らはきっとそれを同じように愛したはずだ。

 そして後者の人間にとっては、「生きてる」玩具であれば、犬でも猫でも、人間でも変わらないんだと思う。むしろ、こんな悪趣味な商品が並ぶようになったってことは、同じ形をしていた方が、何かが良かったのかもしれない。

 愛玩動物ってよくできた言葉だったんだなって考えていると、

「その子がお気に召しましたか?」

 店員兼監視役がごますりしながらそう聞いてきた。こんな職に就いているのだから、きっと彼は後者の人間なんだろう。

「いえ」

 僕は今日、彼は知ってるであろうその何かを知りにここに来たはずなのに、今のところは何一つわからなかった。



 アサの話をしよう。

 昔、我が家にいたゴールデンレトリバーだ。僕が生まれる前から家にいた、ちゃんと食事をし、排泄もするメスの犬だ。僕より五年先輩で、僕は彼女とともに幼少期を過ごした。

 非力ながらも幼い独占欲はかなりのもので、物心ついた時にはアサの世話役というポジションに執着していた。背伸びしてでも彼女の面倒を見ようとする僕には、両親も手に余らせただろう。それでも僕にとっての一番はアサだったし、アサにとっての一番は僕であって欲しかった。

 アサは犬だ。犬には約十五年という寿命がある。彼女はそれを遵守して、歳を経ていく事に弱っていった。

 やがてアサは動かなくなった。僕が十一歳の秋の、朝露が綺麗な日だったと思う。僕はそれはもう落ち込んだ。泣いて叫んで、その日は学校にも行かず、アサを看取ることもせずに、自室に引きこもった。


 次の日、アサが動いていた。夢かと思ったけど、そんな綺麗でロマンチックなものではなかった。



「やっぱりその子が……」

「ねえ、店員さん」

「はい! 何でしょう?」

 期待の目。僕がこうするだろう、こんなことを言うだろうと、勝手に思い込んでいる目。あの日、両親が僕に向けた目も、こんな感じだった気がする。

「機械と生き物の違いってなんだと思いますか?」

「……機械と生き物、ですか。それはペットのお話でしょうか?」

「ええ、まあ」

 男は笑った。僕の問いが、まるで秀逸なジョークに聞こえるぐらい、彼は大袈裟に笑った。

「そりゃあ、全然違うでしょう。説明するまでもなく。あなたも違うと思ったのだから、ここにいらっしゃったのでしょう?」

 そうか。彼にとって、後者の人間にとって、それは言葉にするのも無意味なほど、常識的なものなのか。

 僕は再び寝ていて動かない同級生似のペットを見た。そのケースに貼られたシールに書かれた数字は、人間にしてはかなり安い。いわゆる、売れ残り。最近、違法飼育の取り締まりが強化され、特にばれるリスクが高い人間はみるみる人気を落としているようだ。売れ残ったら、当然処分される。ペットとして売られるような人間は、戸籍上ではもう死んでるらしい。

 ここにいる多くの命は、いつか朝露のように呆気なく死んでいくのだろう。だって彼らは、「生きてる」んだから。


 やっぱり、僕にはわからなかった。彼らの中にある共通認識の何かも、僕がアサに求めていたのが何だったのかも。


 あの朝、僕は両親から、アサはずっと機械だったことを教えられた。食事もして、排泄もして、老衰する機能まで付いている、デメリットさえ完璧に模倣した偽物の犬だったのだと。犬を世話するという行為で僕の情緒を成長させる目的であり、それはもう達成したから、いらない機能は取り払ったのだと。

 アサは元気よくひとつ吠えて、グルグルと僕の周りを三周回って、最後に僕を押し倒して、顔を舐めてくる。それがあまりにもアサで、というか、身体は違えど頭は一緒なのだから、それはアサそのものであって。身体が違うなんてことは、むしろ来世でも出会えたんだね、みたいなロマンチックな感じであって。僕がアサに求めていたのは、食事する機能でも、排泄する機能でも、本物の犬みたいに死んでいく機能でもないはずであって。それなのに、なんだかどうしようもなく気持ち悪くて、


 気づけば近くのトロフィーで僕はアサを殴り殺していた。



「お客さま、何かペットを飼ったことがおありで?」

 あまりにも僕が静かだったからか、店員が話を振ってきた。

「ええ、まあ。犬を」

「それは生きてるものでしょうか? それとも機械?」

「……機械、ですね」

「ああ、なるほど」

 彼は合点がいったようにひとつ頷いて、

「結構いるんですよ。機械じゃ物足りなくなって、生き物に手を出す方は。そりゃまあ、当然ですよね。機械なんですから。いくら完璧に近いほど生き物をコピーしたって、機械なんですから」

 ぴちゃんという音が聞こえた気がした。

 アサだったものが飛び散っていて、冷却ファンは未だ回り続けて、唾液もどきの何かが、朝露のように、滴り落ちて。


 僕は瞼を閉じた。

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