第6話 猫に嫌われる呪い

「……俺は王家に生まれた身だ。子供の頃から様々な教育を施された。幼い身としては辛いと思った事もあったが、それでもミーコや他の猫たちと遊べる事を考えたら辛さも吹き飛んだものだ。そして……俺は洗礼の日を迎えた」

「洗礼?」

「一般的な洗礼とは異なるものだ。君も存じているだろうが……ベルリッツの王家は災厄に対抗出来る魔法が使える。王家が血を守ってきたからこそ特別な力が備わっているのだ、と」



私はアーサーの言葉に頷いた。

両親から王家の特別な力については聞いていた。子供が持って生まれる能力について、遺伝というのは重要な要素だ。例えば運動が得意で体格が良い人間の子供は、同様に運動能力を高く持って生まれる可能性が高い。魔力でも同様の事象が起きるのだろうと納得していた。



「実際、殿下はその力で私を助けてくれました。王家の方には頭が下がるばかりで……」

「……その事だ。実はだな……、王家はただで対災魔力を持って生まれてくる訳ではない。血筋に加えて、神との契約が必要なのだ」

「……神との……契約」

「そうだ。太古、人間は神と同じ存在だった。だが人間は神から分化してベルリッツという国を作った。ベルリッツを作ったシャルトルーズ王家は、最も神から遠い存在だとも言える。だから、対災魔力を得るためには神に伺いを立てないといけない。具体的に言うと――神と契約をする人間は、大切なものを一つ失って対災魔力を得る事になるんだ」

「……そうなのですか」


私は平民の出だ。簡単な魔法を使って農作業や家事をした事はあれど、専門知識はない。災厄に対抗する魔法がそういう仕組になっているとは想像もしていなかった。

私の驚きの表情を見て、アーサーが陰った表情になる。


「……この事は、他言無用にしてくれるよう願う。王家は特別な力を持っている――そういうバックボーンがあるからこそ平民を従えられる、父親や側近からはそう言い含められているからな」

「……わかりました」


アーサーの依頼を私は頷いて聞き入れた。

――心の中では納得出来ていなかったが。



私は私を助けてくれたアーサーに憧れたけれど、それはアーサーが私を助けて勇気づけてくれたからだ。その力がどこから出ているかは関係ない。

……でも、王家とか国とか、そういう大きな存在を相手にすると何も言えなくなる。私は考えた事を飲み込むことを決めた。



頷いた私を見て、アーサーは申し訳無さそうに礼をする。

「……ありがとう。それでだな……、幼い俺は神と契約をした。契約の結果、対災魔力を手にする事になった。驚くべき事に、子供の頃からでも充分に災厄を払えるだけの力を得た。神は即戦力になれる力をくれた訳だ。その代わりに、俺から猫を奪っていった……」

「……そんなに幼い頃から重大なご決断をなされたんですね。頭が下がるばかりです……」

「いや、そんな事はない。俺は強い力が貰えると言い含められていたから洗礼の場に行ったが、その代償に大事なものを奪われるとは聞かされていなかったからな」

「えっ」


アーサーの話を聞いて私は驚いた。

……そんな事ありなのか。子供相手とはいえど、人の意志を尊重しないその行いは問題になるのでは。

私のそんな気持ちが伝わったのか、アーサーはふっと笑みを浮かべた。


「ふふ、流石に酷い話だろう?俺もそう思うし、側近達もこの事については俺に頭が上がらないらしい。俺の今回の依頼が通ったのも、皆に後ろめたい気持ちがあったからだろう」

「そ、そうなんですか。それで……契約の後はどうなったんですか?」

アーサーは陰った顔をして、そして口を開いた。

「……俺が何を大事に思っているか、皆正確にはわかっていなかった。だから俺の様子を見ながら判断しようという事になったらしい。俺はそんな事になっているとは知らなかったから、普段どおりに生活するようにした訳だが……結果として、ミーコは王宮からいなくなった」

「え……」

「正確にいえば、いなくなる事になった。俺がいつものようにミーコに会いに行くと、ミーコは快く迎えてくれたが、俺は激しく咳をして、震えが止まらなくなって倒れて……。病のような症状が出たといえば伝わるだろうか?」



私は頷いた。

ベルリッツでは浸透していない概念なのだろうが、恐らくアレルギーのような状態になったのだろう。動物の毛などに反応して身体が抵抗の反応を示すという事象があるという事を私は前世の知識で知っていた。

アーサーの場合は神との契約が関わっているから、単なる身体の反応とはまた事情が違うかもしれないけれど……。



私はアーサーに確認した。

「猫に会うと体調を崩すようになってしまったという事ですね……」

「俺の立場からすると、もっと深刻かもしれない。猫に会うと、俺は魔力が弱まってしまうのだ」

「……え!?それって……」



私は魔力の知識を思い起こしながら考える。

この世界では魔力は人々に生まれつき備わっているもので、能力を伸ばしたいと願う者は専用の訓練を受けてより強力な魔法を使えるように鍛錬する。だが、いつも同じ様に出力出来る訳ではない。体調が不安定な時に激しい運動は出来ないように、身体が万全の状態ではないときは魔法の出力も弱いものになるのだ。

だから、緊急時の対応が求められる警察などはいつでも万全な体調でいられるように準備する訳だが……。



「……殿下は災厄の討伐をする任務を命じられているのですよね。ですが、猫に会うと魔力が弱まってしまうと……」

「――そうだ。だから、俺は猫に会う事を断念した。神と契約出来る人間は世界に一人、今は俺しかいない。俺が災厄討伐の主力だ。その主力が力を出せないなんて事はあってはならないからな。そして、それに加えて……俺は猫に嫌われる運命を持つようになった」

「き、嫌われる運命……?」

「最初、俺の体質がどうなったのかはっきりわかっていなかった時の話だが……俺はまだ諦めていなかった。たまたまミーコに会うと体調を崩すが、他の猫ならば大丈夫ではないかと思っていたのだ。だから王都の猫を扱っているところや、野良猫がいるスポットで猫に会おうとした。だが、だが……!」



アーサーは美しい金糸の髪を振り、苦悩した表情で呟く。

「……いないんだ。猫がいないんだ!今まで猫がいた噴水近くや木陰になっているところを見に行っても、どこを見ても猫がいない。それならば確実に猫がいるとこに行けば平気だろうと猫のいる店にいってみたが、俺が訪問した瞬間に眠っていた猫たちが一斉に起き上がってシャーとかタンとか言ってくる。耳は吊り上がっていたし、尻尾はボワッとしていた。外敵に対する威嚇のリアクションをしてきたんだ。俺は猫のやる事なら何でもかわいくて愛らしいと思っていた、思っていたんだが、大勢の猫が一斉に敵意を向けてくるところを見ると……心が、折れてしまった……」



震える声で語ったアーサーはがくりと肩を落とした。……災厄に立ち向かっている時はあんなに勇ましい顔をしていたのに、今はあの時よりもダメージを受けているようだ。



「……大変でしたね。好きなものに嫌われる事になるというのは、辛いものですね……」

「……。ああ。そうだ。わかってもらえて嬉しいよ。だが――それも過去の事だ。これからの俺の過ごす日々は大きく変わってくる。ミーシャ――君に会えたのだから」

「……?どういう事なのですか?」



アーサーは私を見てぱっと明るい顔になった。私はそれを見て不気味な心地になる。だからアーサーに慎重に確認した。

「私自身は殿下のように特別な力はありません。例えば殿下の呪いを打ち消せるような力は無いと思います。なので、私と会えたといっても……」

「ミーシャ。呪いを解けなくても問題ないんだ。だって、君の髪の手触りは――紛うことなき、猫のそれだったのだから」

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