第44話 誕生日プレゼント
その後、ヒストリカとエリクは、いつもより豪華な誕生日ディナーを堪能した。
シェフが腕によりをかけて作った夕食は、今までの食事の中でヒストリカが好物だと言ったものばかりのラインナップだった。
いつもの無表情に戻ったヒストリカだったが、食事の感想として「どれも美味しかった」と評していたあたり、満足していたようだった。
そして、あとはケーキが運ばれてくるのを待つばかりという時。
「今のうちに、渡した方がいいんじゃないんですか?」
ソフィがこそっと、エリクに言った。
「ちょっ……ソフィ!」
ぎょっとした様子のエリクが、慌てた様子で声を上げる。
「それは、もっとこう……タイミングというものがあるだろう?」
「タイミングって……放っておいたらエリク様、そのまま切り出せず終わる未来が見えるのですが」
「うっ……それは否定出来ない、かもしれない……」
「なんのお話ですか?」
首を傾げるヒストリカに、エリクはぐしゃぐしゃっと頭を掻く。
「本当は、もう少し後に渡そうと思ってたんだけど……」
エリクが合図をすると、使用人が大きめの紙袋を持ってやってきた。
その中からエリクは、手のひらサイズの箱を取り出す。
綺麗にラッピングされたそれを、エリクは緊張した面持ちでヒストリカに差し出した。
「これは……?」
「いつも、お世話になっているお礼の品、かな」
ヒストリカが目を丸める。
「そんな、いいですのに。むしろ、お気を遣わしてしまい……申し訳ございません」
「謝るような事じゃないよ。これだけ良くして貰ってて、むしろ何も贈らないのは僕の気が済まない」
「……エリク様が、そう仰るのでしたら……」
迷った様子のヒストリカだったが、エリクの泰然とした態度におずおずとプレゼントを受け取った。
「開けてみても?」
「もちろん」
ラッピングを丁寧に外して、ヒストリカは中の物を手に取る。
ピンクゴールドの宝石がついた、イヤリング。
ヒストリカの透き通るような白い肌や、美しい銀髪の繊細な魅力を打ち消してしまわないよう、小ぶりなデザインかつ色味も控えめなイヤリングだった。
「綺麗、ですね……」
主張し過ぎないデザインを気に入ったのか、ヒストリカが前向きな感想を口にする。
「ギラギラしたものは好みじゃないって聞いたから、選んでみた。そんな、大した物じゃなくて申し訳ないけど……」
「いいえ」
微かに緊張を纏った表情のエリクに。
「ありがとうございます」
ほんのりと、ヒストリカは口を緩めて頭を下げた。
「大切に、使わせていただきます」
お気に召した様子のヒストリカに、ほっと安堵の息をついてからエリクが言う。
「それと、もう一つあるんだ」
「もう一つ?」
がさがさと紙袋を漁って、エリクは『もう一つ』をヒストリカに差し出した。
今度は、両手で抱えるくらいのサイズで、ラッピングはされていないそのままだった。
「……ねこ?」
受け取ってから、ヒストリカは呟く。
可愛らしくデフォルメされた、白くてふわふわしているぬいぐるみ。
このシルエットには、見覚えがあった。
「こっちは誕生日プレゼント、かな。子供っぽいかなって思って迷ったんだけど……前に散歩の時、猫と楽しそうに戯れていたから……好きなのかな、って思って」
そうだ。
『くも』だ。
エリクと初めて散歩に行った時に遭遇した、ヒストリカが『くも』と名付けた迷い猫そっくりだった。
思考が行き着いた途端、ヒストリカの感情が大きく揺れた。
イヤリングにしろ、この猫のぬいぐるみにしろ、どっちもそうだ。
エリクが、自分の事をちゃんと見てくれた。
自分が何を好きなのかを、ちゃんと考えてくれた。
その上で、プレゼントを選んでくれた。
しかも、二つも。
そう思うと、胸がきゅうっと音を立てた。
心臓がどきどきと変な鼓動を刻み始める。
顔もみるみるうちに温度を上昇させた。
「ヒストリカ?」
ヒストリカに到来した異変に気づいて、エリクが声を掛ける。
「どうしたんだい、なんだか顔が赤いような……」
「な、なんでもありませんっ」
ほんのり声を荒げてから、ヒストリカはふいっと顔を逸らした。
胸にぎゅうっと抱きしめたぬいぐるみに、顔をぽふんと伏せる。
そんなヒストリカの一連の挙動を見て、ソフィが「おやおや、これは……」と、何やら意味深げな笑顔を浮かべている。
ふたりのやりとりを見守る使用人たちも、どこか微笑ましげな表情をしていた。
「なんでもない、ようには見えないのだけど」
「なんでもないものは、なんでもないんですっ……」
ほんのりと声を荒げてヒストリカが言う。
いつものヒストリカらしくない、理屈ゼロの返答であった。
少し落ち着いてから。
「……その、とても可愛くて、嬉しいです……ありがとう、ございました」
こそっとぬいぐるみから顔を伺わせて、呟くようにヒストリカが言う。
あどけなくて愛らしいその仕草に、エリクの心臓が大きく跳ねてしまって。
「う、うん……喜んでもらえたのなら、何よりだよ……」
エリクの方も、その言葉を最後に頭を掻いて押し黙ってしまう。
(うう……なんなの、一体……)
思いながら、ヒストリカはぬいぐるみを一層強く抱きしめる。
誕生日会が始まったあたりから、自分の情緒が安定していない。
こんなの、エスパニア帝国の医学書にも記載されていない症状だ。
貴族学校首席の頭脳を持ってしてもわからない事態が、ヒストリカに起こっていた。
(しっかりしなさい……こんなの、私らしくない……)
そう思って何度も深呼吸をするも、元の調子に戻らない。
普段は自分の心に固く蓋を閉めている分、一度溢れ出してしまった感情の制御が出来ず、ヒストリカは大いに戸惑うのであった。
そんなこんなしているうちに、ケーキが運ばれてきて自然と食べる流れになる。
ヒストリカの好みを知っているであろう、ソフィ考案の甘さ控えめなクリームケーキのはずなのに。
何故だか今まで食べてきたケーキの中で、一番甘く感じてしまうのであった。
こうして、ヒストリカの二十歳の誕生日は幕を閉じた。
紆余曲折あったものの、なんにせよ今日この日がヒストリカにとって一生忘れられない日になった事は、間違いのない事実であった。
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