第30話 夕食
「凄い、これまた美味しそうだ……!」
食堂にて。
テーブルの上に並べられた夕食を前に、エリクが弾んだ声をあげる。
野菜たっぷりミネストローネに、ほくほくと湯気立つロールキャベツ、チーズの匂いがとても香ばしいグラタン、柔らかそうなパンなど……。
決して豪華絢爛というわけではないが、家庭的で美味しそうな夕食たちだった。
「朝や昼に比べて量は増やしましたが、あまり重たくなくて胃腸に負担をかけないメニューを考案いたしました」
隣にちょこんと座って解説するヒストリカに、エリクが感嘆の息を漏らす。
普段出てくる夕食といえば、ドデカいローストビーフや油をふんだんに絡めたシュリンプ炒め、ゴロゴロお肉を絡めたミートソースパスタなど。
それはそれで美味しいのだが明らかに量が多すぎだし、食べた後に胸焼けが凄いし、残してしまう罪悪感で徐々に夕食が億劫になっていった。
という経緯もあって、仕事を理由に夕食も抜きがちになっていた。
「シェフの方に聞いたところ、エリク様は夕食も抜きがちだと仰っていました。それでは身体から元気が失われてしまうので、これからはきちんと夕食も摂って頂きます」
「さ、流石、把握していたようだね」
「食が及ぼす健康への影響は計り知れませんから」
淡々とヒストリカが言う。
改めて聞くと当たり前のことだが、ヒストリカが言うと凄まじい説得力があった。
昼にヒストリカが話してくれた、自身の知識の源がエスパニア帝国由来だという事実がそう思わせているのだろう。
「ちなみにこの夕食も……?」
「はい。暇でしたので」
「なんでも作れるね、ヒストリカは」
「なんでもは作れません、頭の中に入ってるレシピだけです」
「それでも充分だよ。むしろ、うちのシェフがすまないね。本来であれば妻を台所に入れるなんて、あってはならない事なのに」
「お気になさらず。私こそ、エリク様の健康改善のためだと無理を言って作らせていただいているので。とはいえ、私がずっと作り続けるのは見え方的にも宜しくないでしょうから、ある程度レシピを伝授したら身を引こうかと思います」
「なるほど。でも、それはそれで残念だな……」
言葉の通り残念そうにするエリクを見て、ヒストリカは言う。
「では今後も、たまにでしたら……私が作ろうかと思います」
「お、それは嬉しい。作った時は、教えてね」
「はい、お伝えします。……会話はこのくらいにして、冷めないうちにどうぞ」
「うん、いただき……って、ヒストリカは、食べないのか?」
ヒストリカの前には何もない様を見て、エリクが純粋な疑問を投げかける。
「私は大丈夫です。エリク様が食べ終えた後に、頂こうかと」
「まだお腹すいてないとか?」
「そういうわけではありません。人間の体内時計は夕方から夜にかけて食欲を増幅させる機能を持っているので、昼食の時間を間違えない限り、空腹感を覚えるのは避けられない事なのです」
「お腹が空いているということね。なのに、どうして一緒に食べないの?」
「そのほうが、身を引いてる感じがあるから、でしょうか」
「う、うん……?」
腕を組んで考えてからエリクは尋ねる。
「要するに、特に深い意味は無いってこと?」
「深い意味があるわけでは、無いですね」
「よし、じゃあ一緒に食べよう」
「……わかりました」
エリクが食堂に控えていた使用人に指示を出す。
指示を受けてほどなく、ヒストリカの分の夕食もテーブルに並べられた。
「申し訳ございません、お待たせしてしまって」
「気にしないで。でもこれからはなるべく、一緒に食事を摂ろう」
「それが、エリク様のご要望であれば……」
ヒストリカの返答に、エリクは満足げに頷いた。
会話もそこそこに、食前の祈りを捧げてから夕食が始まる。
まずはミネストローネから、エリクは口に運んだ。
「うん、美味しい」
空っぽの胃袋にじんわりと染み渡るミネストローネは、トマトの酸味と出汁の塩見が程よい塩梅でするする行けてしまう。
具の野菜たちはじっくりコトコト煮込まれているのか柔らかく、苦味やエグみは感じられずむしろ甘みがあった。
「トマトは栄養と身体に良い成分が満点なんですよ。『トマトが赤くなれば医者が青くなる』ということわざがあるくらいです」
「あ、それは聞いた事ある。トマトがたくさん売れてしまうと、それを食べて元気になる人が増えて、医者の仕事がなくなってしまう、みたいな意味だっけ?」
「その通りです」
そんなやりとりをしながら、次はロールキャベツへ。
「うん、これも美味しい」
歯を立てた途端、中からじゅわりと合い挽き肉の旨味と刻み玉ねぎの甘みが溢れ出して思わず頬が綻んだ。
味つけはシンプルなコンソメ風味なので、食いでがあるがさっぱりと頂ける。
二口三口と止まらず食べていると、ヒストリカがじっとこちらを見ている事に気づく。
「どうしたの?」
「あ、申し訳ございません。大したことではありませんが……エリク様は本当に、美味しそうに召し上がるなと」
「ご、ごめんよ、煩かったよね。本当に美味しくて、つい出ちゃって……」
「いえ……」
小さく頭を振って、ヒストリカは言う。
「煩くは、ないです。美味しい、と言われると……私も、作った甲斐があります」
妙にカタコトなのは、希薄で汲み取りずらい自分の気持ちを言葉にしているからだ。
「そっか、なら良かった」
仄かに微笑んで、エリクはグラタンにフォークを伸ばした。
引き続き美味しい美味しいと言いながら夕食を食べてくれるエリクを見て、お昼ご飯の時にも感じた温かい感覚を、ヒストリカは覚える。
(……これからも、ちょくちょく作りましょうか)
そんな事を考えるヒストリカであった。
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