第17話 目覚め
ヒストリカの朝は早い。
山の間から太陽が少しずつ姿を表す時間に、ぱちりとヒストリカは目を覚ました。
早朝に起きた方が勉強の効率が良いからと、幼少の頃から早寝早起きを義務付けられた賜物である。
「ん……」
上半身を起こしてググッと伸びをする。
頭はスッキリしていて、疲労感は無い。
家から持ってきたマイ枕おかげか、それとも、実家では勉強漬けでよく机で寝ていた事から修得した、どこでも睡眠できる能力のおかげか。
おそらく後者のような気がした。
横に視線を向ける。
この屋敷の当主にして昨日、旦那様になった男性──エリクが、すーすーと静かな寝息を立てていた。
寝相は良い方らしく、布団が乱れている様子はほとんどない。
しばらくじっと、エリクの顔を眺める。
(この人が、私の旦那様……)
そう思うと、妙な心持ちになった。
つい先週、衆人の前でこっぴどく婚約破棄を食らわされ、もう一生自分には貰い手がないだろうと諦めていた矢先の婚約の話だったので、まだ心も身体の追いついていないのだろう。
相変わらずエリクの目元のクマが濃いが、顔色は昨日よりも良くなっているように見えた。
頬はコケてげっそりしているが、これはおそらく栄養不足と疲労的なもので生活習慣を見直せば改善するものに思える。
ボーボーに伸ばしっぱな髭は剃ればいいし、髪もちゃんとセットすればなかなかの美丈夫になりそうな……。
(……って、朝っぱらから何を考えているの)
頭を振る。
とりあえず、エリクは並々ならない疲労を溜め込んでいると思うので、自然に目覚めるまで起こさない事に決めた。
静かにベッドから降りて、部屋を出る。
とりあえず身なりを整えなければと、自室へ足を向けた時。
「おはようございます、お嬢様!」
どこからともなく、メイド服をきちんと着こなしたソフィがやってきた。
「おはよう、ソフィ。いつも通りの時間ね」
「ヒストリカ様の起床時間はバッチリ把握してますので!」
朝陽にも負けない笑顔でソフィは言う。
しかし一転、ニヤニヤ顔を近づけ尋ねてきた。
「昨晩はお楽しみで?」
「そういうのは無いから」
「嘘だー。婚約を結んだ男女が夜に一つの部屋で二人きり! 何も起こらないわけじゃ無いですかー」
「本当に何も無いから。あ、でも……」
「なんですなんです?」
「強いて言えば、治療行為をしていたわ」
「チリョウコウイ?」
頭上にハテナを浮かべるソフィに、昨晩の一連の出来事を説明する。
説明するにつれて、ソフィの表情から能天気な色が消えていった。
「ははあ、なるほどそれはまた……思った以上に、エリク様のお身体の具合が芳しく無いようですね」
「廃人寸前よ。というわけで、しばらくは私がエリク様の生活の見直しをかける事にしたわ」
「なるほどですねー」
にこにこと、微笑ましいものでも見るようなソフィ。
「……何よ?」
「いや、なんだかんだでヒストリカ様って、エリク様の事を好いてらっしゃるんだなって。安心しました」
「好いてるかどうか……は、今の時点では判断つかないわ。兎にも角にも、このまま放っておいたらいつパッタリ逝ってしまわれるか、わかったもんじゃないから、やれる事をやろうと思っただけよ」
「婚約破棄の次いで未亡人になるのは流石に笑えないですからね……」
「そういうこと。ところで、朝食の準備は?」
「私は先に済ませております。ヒストリカ様の分も作っているかと」
「なるほど。エリク様の分は?」
「それなんですが……」
言いにくそうにソフィは口を開く。
「エリク様は朝食を食べないようでして、普段は特に作っていないようです」
「……なるほど」
ヒストリカはもう、それはそれは大きなため息をついた。
顎に手を添え少し考えてから、ソフィに尋ねる。
「エリク様の苦手なものは、把握してる?」
「はい! 調理担当さんに聞いて、一通りは」
「流石ね。それじゃあ……」
自室への歩みを再開して、ヒストリカはソフィに言った。
「身支度の後、調理場に案内してくれないかしら?」
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